2004年09月30日

no title

 昨日の夜のこと!
詩音ちゃんがわたしのためにお祈りしてくれた!!
こんどは寝ぼけていない。はっきりと聞いた!
夜寝ようとしていて、「お母さん、詩音ちゃんのためにお祈りしようっと!」といって、詩音ちゃんのためにお祈りをして、詩音ちゃんにもお祈りをさせようかと思ったけど、なんとなく、今日はまあいいか…って気になってしまって(こんなことでいいのか?!)、そのまま寝かせようとした。
 で、寝返りを打ったり、なんだかんだしていると、背中がまた痛み出し、「いたたたた…」とつぶやいてしまった。
そうしたらいきなり、詩音ちゃんが
「かみさま、きょうもまもってくれてありがとうございます。おかーさんがびょうきで、はやくよくなりますように。いえすさまのおなまえによっておいのりします」
って、お祈りしてくれた!
「詩音ちゃん、お母さんのためにお祈りしてくれたの?嬉しいぃぃっ!!!ありがとう!お母さん、元気になったよ!!!」
って、抱きついたら、こんどは詩音ちゃんが「しおんちゃんのためにうたって」と言う。
詩音ちゃんは、なぜかお祈りのことを「うたう」と言う。
詩音ちゃんがもっと小さい頃よく、食事の時に、♪日々の糧をとか、歌ってからお祈りしていたからかもしれない。
とにかく、「うたって」と言うので「さっきもうお祈りしたんだけどな…」と思いながら「今日も一日詩音ちゃんを守ってくださってありがとうございます」まで言うと、「コンコンは?」と言う。
詩音ちゃんは、朝夕まだ咳が取れないのでわたしが「コンコン早くよくなるといいねぇ」とか言っていたから…。それで「続けて、「詩音ちゃんのコンコンが早くよくなりますように。イエス様のお名前によってお祈りします」
と言うと、しおんちゃんもわたしのまねをして「ありがとう!!!(^◇^)」と大喜びで抱きついてきてくれた。
すごく嬉しい夜だった。
 大体、詩音ちゃんは一日に何回「おかあさんだいすき」って言ってくれるだろうか。こんなに、何回も何回も言ってもらえる幸せなお母さんは、わたしくらいじゃないか、と思うほど、何十回も、言ってくれる。

 今日も、お祈りしてくれたけど、今日は何を言っていたのかさっぱりわからなかった(^_^;) で、一通り言い終わって、「おかーさんうれしい!っていって」と言うので、「『いえすさまのおなまえによっておいのりします』って、言ってないよ」と言うと、頑張って言ってた。わたしの喜ぶ顔が見たかったんだね…。
それでも嬉しかった…!

 詩音ちゃんの優しさは、不思議な優しさ。
先日は、自分が足の爪で傷付けてしまったトイレの壁紙を「なおれ〜なおれ〜」と撫でていたので、「詩音ちゃん優しいね」と言うと、壁に向かって「だいすきだよ〜、あいしてるよ〜」と話しかけていた。なんだか、ものすごく可愛かった。

 今日は、久しぶりに日本語のレッスン。でもC先生は2ヶ月も休まれていたわりには、心配したほど後退されていなかった。教会でも、牧師夫人と週に一度練習しておられるようだし、子供さんの幼稚園の関係でも、日本語を使う機会がふえているとの事。
一生懸命流暢に話そうと勤めておられるのがわかり、熱意を感じた。わたしもきちんと準備しなくちゃ!

 夜は、新宿興譲教会のチャットに参加。いろんなクリスチャンの方が入り乱れての、忙しい会話だった。
長らくチャットに参加していなかったので、久しぶりに楽しかった。最近、チャットは疲れるのであまり出かけないようにしていたのだけど。

 BBSは着々と、頭の中で計画中。
このサイトを作ったとき、とにかく、イエス様のことを伝えたいと思った、あの気持ちをもう一度思い出したら、と大切な友達が気付かせてくれた。
 サイトでは、肩肘張らない、自然体のクリスチャンライフを伝えたかった。
 BBSも、クリスチャンの輪が広がれば嬉しいと思ったし、励ましや祈りの輪が広がればいいと思った。
 誰でも歓迎するサイトを目指していた。
でも、いつの間にか、守りの姿勢に入ってしまったために、BBSに入りたくても入れない人もおられたのかもしれない。
こんど始める時は、リセットして、やり直し。
コンセプトも、基本的には変えないけれど、それでも、もう少しきちんと管理したいと思っている。そのために何をどうすればいいのか、まだわからないけど、祈りの中で、少しずつ何かが見えてきている…。
 今は、自分の中で、もう一度掲示板を始めることが楽しみになってきた。
きっと素敵な掲示板になるだろう…いや、神様がそうしてくださると、主に期待している。それはわたしが素晴らしいからではなくて、イエス様の恵みの故…。
本当に楽しみ。新しい掲示板の名前は何にしようかな?

あの方(イエス・キリスト)は盛んになり
私は衰えなければなりません。」
ヨハネ 3:30
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2004年09月29日

祈りの中で〔途中経過〕

 昨日から、掲示板を一旦閉じて丸1日が過ぎた。
すごく淋しい。
でも反面、これが当たり前の生活だったような気がする。
サイトを訪れてくださっていた皆さんの生活も、きっと何一つ変わってはいないだろう…、と思う。
 結局のところ「みんなで語るページ」なんて、あってもなくてもいいものなのだ。
と思ってみる。
 確かにね…。でもそんなこと言ったら、この世に本当に必要なものなんてただひとつを除いて何もありはしない。
わたしの存在すら、あってもなくてもよいものなのだ。
 こんなことを書くと、わたしがやけになっているかのような印象を受ける方もあるかもしれない。事実、最初はちょっとばかりやけくそ気味だったかもしれない。
 自分のやっていることがとても愚かしく見え、いっそのこと掲示板なんてやめてしまおうか、とも思った。
けれど…、祈りの中で、自分の愚かさの別の面が見えてきた。
 わたしは今まで何を求めていたのだろう。
いつの間にか、神様に喜んでいただくことではなく、人に喜んでもらうことを考え始めていたのではないか。
神様に愛されることではなく、人々に愛されることを求めていたのではないか。
「みこころの時に、みこころの人が来るだろうと思ったら気が楽になりました。」と書いておられたTさんの掲示板で、
「これ、すごくわかります。」なんて書いたけど、わかっていなかったのかもしれない。
 多くの人が「語るページ」でのわたしの対応を誉めてくださっていた。わたしは、人の誉め言葉に、気をよくしてのぼせ上がっていた。
人一倍、自己表現欲求、自分をわかってほしい、認めてほしいという欲求の強いわたしの、一番陥りやすい穴だ。
 今までに何度も、悔い改めたはずなのに…。

 八方美人の上を行く、マルチ方向美人でやってきて、それでも、最近少しずつ、自分の意見をはっきり言うようにしてきた。
でも、そうすると、なんとなく掲示板上でギクシャクしたやり取りが増えてきたような気がした。
 自分では、これで訪問者が減ってもかまわない、と思っていた。…つもりだった。
でも、本当は、自分で思っていた以上に、神経質になっていたような気がする。
 結局、その背後に祈りがなかったのだ…。

 大切なことが何か、見失っていたような気がする…。
Vさんは、「優先順位を間違えていた」と書いておられた。
わたしも、ある意味で同じようなものかもしれない。

 今、少しずつ気付きが与えられて、再開に向けて、もう一度、このサイトを神様におささげすること、そして明け渡すこと、また、第一にすべきことを第一にすることができるように、祈っている…。
 優先順位をハッキリさせること、自己管理をきちんとすること、今はそこのところを整え、確立していくこと。
わかりきっているはずのことなのに、いつの間にかなあなあになっていた…。
 わかったからといってすぐにできる訳じゃない。
はやく掲示板を復活したい、という思いはあるけれど、今は、「今やらなければならないこと」のために、あえて、もうしばらく、休みの時をもつことにする。

 それと、こんど始める時は、掲示板をリセットして、名前も変えて、新たに始めよう、と思う。
当初の予定では、過去の発言は消さないつもりだったけど…。と言っても、過去ログの保存件数に限りがあるので、いずれは消えていくものだし…ね。
 かと言って、コンセプトが今までと変わるわけでもないのだけど…。
 それから「みんなで語るページ辞典」も廃止。
常連さんと、新人さん(?)の線引きをしないことにした。だって何にも基準なんかないものね。
それに、書込みしなくても、開始以来変わらずに読んでくださっている人もおられるのだし。
だから、新掲示板は、みんなに開かれたページにしたいと願っている。
 なんだかね、少し楽しみになってきたよ、掲示板の再開。
それまでに、まだまだ祈り、自分自身が整えられなくてはならない。そしてすべきことをきちんと片付けていくこと。今目の前にあることをきちんとできないなら、再開してもまた同じ事の繰り返しになるような気がする…。

 詩音ちゃんはね、ホント、可愛いよ。
叱るとすぐに「わーん」って泣くけどね、少したつと、「抱っこ〜」って来るの、何度も書いているけどね。でね、食事中などで抱っこできないときは、手を出してやると、わたしの手のひらを、自分のほっぺにおしつけて、抱きしめて、「おかーさんだぃしゅき!」と言うの。
 昨日はね、夫がセミナーで神戸に行って、夜は留守だったのだけど、詩音ちゃんとお風呂に入りながら「わたしって幸せだな〜」って思えたよ。夫は優しいし、誠実で一生懸命だし、詩音ちゃんは可愛いし、すごーく、幸せだと思えた。
(今日夫にそのことを話したら「いないときは『幸せ』って思えるんでしょ」って言われたけど(^_^;))

 そうそう、今朝、背中の痛みで朝5時過ぎに目が覚めた。
昨日の朝も、うんうん唸るほど痛かったんだけど、やっぱり、鈍痛で、うんうん、思わず唸ってしまう…。
しばらくしたら眠気の方が勝って、また寝たけど、朝、起きたらやっぱり、うんうん唸ってしまうほど痛い。夫もさすがに「変だ」と思ったようで、「医者に行きなさい」と言われた。
 実は、一昨日の夜、夫に背中を踏んでもらったんだよね。
背骨に側湾のあるわたしは、時々、ものすごく背骨が「詰まった」感じになって、結婚前はよく姉に乗ってもらっていた(姉も同じだったので乗りあいっこしていた)。すると、「ボキボキッ」ってすごい音がして、とても気持ちよかった。これは、下手すると危ないからやめたほうがいいとは言われていたんだけどね。
 で、一昨日、背中の感じが耐えられなくなって、夫に「踏んで」って頼んだんだけど、要領のわかっている姉とは違い、なかなかうまくいかない。その上に体重をかけすぎてちょっと苦しすぎたほど。あとで、「そうじゃなくて…」って説明したら、まあまあうまくいったのだけど…。翌日起きたら背中が痛かったという訳。
 昨日に引き続いて今日も痛かったので(昼間はそれほど痛くないのだけど)、さすがに今日は、祈祷会を休んで近所の整形外科に行った。
 でもね、結局のところ、骨はなんともなくて、多分夫に踏んでもらった時に(先生には恥ずかしいから「押してもらった」って言った。足でとは言わずにね(^_^;))筋を少し痛めたのだろう、ということ。炎症を抑える薬を出してもいいけど、膠原病の薬も飲んでいるので、どうしましょうか、と言われたので、まあ、たいしたことないのなら様子を見ます、といって帰ってきた。
 起きている間は大した事なくて、明け方とかだけだからね、何とかなるでしょう。

 詩音ちゃんも、相変わらず朝夕だけ咳が出る。
どうしようかなぁ…、病院…。
まあ、今日は水曜だから夕食を早くしないといけないし、明日は病院が休みだから、週末まで待つことにしよう…。
また一度耳を見せにいかないといけないしね。

こういうわけで、あなたがたは、
食べるにも、飲むにも、何をするにも、
ただ神の栄光を現わすためにしなさい。
Tコリント 10:31
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2004年09月28日

no title

 今日は、10月のコンサートのためにPRISMのお二人が教会に来てくださった。
 コンサートの打ち合わせをし、共に祈りの時を持った。
当日のことを思い、胸が一杯になった。
遠い道のりを、わざわざ来てくださったお二人に本当に感謝!
神様はこのコンサートを祝してくださる!確信を持って感謝した。

 昨日はたくさん泣いた。
なんだかとても辛かった。
サイトを始めてから、この11ヶ月、わたしは何をしてきたのだろう。
自分なりに一生懸命やってきた。
ここにも神様がさせてくださる何かがあると信じてやってきた。
でも、楽しさにかまけて、振り回されていたのではないだろうか。

 ちょっと、色々なことが重なって疲れていることもあるのかもしれない。
一旦、BBSを閉じることにした。
ものすごく淋しいけれど、ものすごく辛いけれど、もう一度、祈るところからやり直そうと思う。
すでに、サイトを通してのネットワークはできているので、交わりが切れるることはないし、改めてはじめるのを待っていてくださる方もある。
 もう一度、一から始める、といっても実は一からではない。
すでに背後で祈ってくださっている方々がいてくださるのだから。 

 昨日から今日にかけて、詩音ちゃんもたくさん泣いた。
詩音ちゃんは、最近なんだかわからないけど、甘えることが多く、怒っても泣いて、その場だけごめんなさいを言うことが多かったので、少し厳しく叱った。ワンワン泣いていた。
こちらが泣きたかった。
 でも、詩音ちゃんは泣くと必ず抱きついてきて、「おかーさんだいしゅき」と言う。この「おかーさんだいしゅき」にほだされて、ついつい甘やかしてしまうのだけど、昨日は心を鬼にした。
今、何でもかんでも自分の思い通りになると思うようになったら大変だ。
 未来に対して悲観的には育てたくない。「あれをしてはダメ」「これをしてはダメ」と言って育てたくはない。
「世界は自分に対して開かれている」と信じていてほしい。
だからと言って、わがまま放題に育てるわけにもいかない。
少しは厳しくしないと…とも思う。
 筋を通したいと思いつつ、そのときの気分によっても、流されてしまう。
昨日は少し悲しい気持ちだったために、余計に厳しく当たってしまったかもしれない。
神様、子供を育てるための知恵と忍耐を与えてください。

 掲示板を閉じるこの1週間、詩音ちゃんとの時間も大切にしたい。
神様のための時間も大切にしたい。
祈りと御言葉、学び…。奉仕の準備…。やることはたくさんある。
第一にすべきことを第一にすることができますように…。
 もちろん、これまでの間、詩音ちゃんとの時間や神様との時間をないがしろにしてきたつもりはない。
つもりはないけど、結果としてそうなっていなかったか、しっかり見つめなおそう…。
 体調もしっかり整えていただけますように…。
≪3:15am≫

 今日は、朝起きたとき、背中の痛さに唸ってしまった。
真剣に整形に行こうと思った。
でも、午後は、まあまあましだった。
でも、いずれ、整形には行った方がいいんだろうなぁ。

 病院といえば、詩音ちゃんも、この1週間、なんとなくタンが絡んだり、咳が出たり…。
 家で、咳などがよく出ていて、「今日こそ耳鼻科にいこう」と思っていても、保育園で聞くと「全然…」。家で全然出ていないから、少しよくなったかな?と思っていると保育園で「咳が出ていましたよ…」。
 病院に行くとよくなるだろう、と思いながら、自力で直るものなら自力で直した方がよいし、できるだけ薬を飲ませたくない…。
でも、ずっとずるずる続いているのもかわいそうな気がするのだけど…。

 今日、PRISMのお二人と、共に祈れて、またお交わりできて、本当に良かった。
 しゃべりすぎて時間が足りなくなってしまい、予定していたより遅れてしまって、申し訳なかった。
でも、本当によい交わりができたと思うし、夫もすごく喜んでいた。
 アマチュアの賛美者を呼ぶのは、教会としても、初めての試み。
全てが祝福の内に導かれますように、と心から願っている。
 そうそう、昨夜、お二人のために焼いたカボチャのケーキは失敗寸前(^_^;)。卵白を泡立てすぎて、泡が消え始めてしまった。
でも、何とか持ちこたえて、まずまずの出来だったと思うけど…。

 今日は朝から、姉にもらったハーブの植え替えもした。
といっても、本当は川砂とか赤玉とか、入れなきゃいけないんだろうけど、100均で買ってきた土を入れただけなので、ちょっと心配。まあ、ミントは強いし、これでも育つだろう…と、いい加減なわたし。
姉に怒られるかな?
≪6:55pm≫

まことに、御怒りはつかの間、
いのちは恩寵のうちにある。
夕暮れには涙が宿っても、
朝明けには喜びの叫びがある。
詩篇 30:5
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2004年09月27日

殉教

 昨日、死ぬのは怖くないけど、痛いのは恐い、と書いた。
しかし、今朝になって、イエス様との交わりの中で語られた気がする。
 もちろん、肉にあって、痛いのは恐い。できることなら苦しみたくない。
けれども、わたしが献身した時にイエス様が招いてくださった御言葉は、Uテモテ 2:3だった。
今朝、そのことを思い起こし、くわえて、ステパノの事が心に止まった。
 わたしが殉教することなど、ありえない、と思っているし、ないと信じたい。
でも、もし、そういう時がくるとしたら、もし、イエス・キリストの御名のために、迫害や苦しみを受けるとしたら、それは、幸いな時であり、最も、イエス様が身近にいてくださるときなのだろうと思う。
 そりゃやっぱり、できることなら殉教などしたくないけど、拷問なんか嫌だけど、それをも恐れない信仰を与えていただきたい、と今朝、願わされた。
≪9:45am≫

 昨日の、クレジットカードの請求の件は、結婚前に契約していた10円メールの契約が残っていて2年毎の更新料だったらしい。
今回引き落とされたものはもう戻ってこないけれども、事情がわかったのでほっとしたし、確認できたことで解約もできたので、良かった。
≪10:35am≫

 体が重い。
先日病院に行ったときはなんともなかったのに、帰ってきた頃から、どうにも体が重い。
 少し前に、しんどい時が続き、日記に「しんどいしんどい」って書いていたら情けなくなってきて、あんまり「しんどい」って書くのはよそうと思った。だけどやっぱりしんどい…。
 心は「殉教してもいい」ってくらい燃えているのに、体はさっぱり動かない。その上、背中と、左側の股関節(?)の痛みも、久しぶりにひどくなっている。歩けないほどじゃないけどね。
 ここ2,3日、家事もろくにしていなくて、外食、弁当、今日の昼は夫が焼き飯を作ってくれた。(茹で落花生入り焼き飯、美味しかった!(^^))
無理をしないでマイペースでいこう…。
イエス様は、したことではなくて、心を見てくださるよね。もちろんだから何もしなくていいということではないけど。
 今回のだいたいの原因はわかっているけどね。ひとつ何かを終えると、どっと疲れが出る…。その上、父の入院など重なったから…。
 でも、病気があることは感謝だよね。しんどくなるたびに、イエス様の癒しを体験できるのだもの。
そう、どんなにしんどい肉体も、癒えるように神様は作ってくださっている。どんな薬も人の体を癒すことはできない。ただ、神様の癒しの手伝いをしてくれるだけ。癒し主は神様以外におられない。
 神様の癒しを度々体験できるように造ってくださったことを、感謝しよう…。
≪4:30pm≫

キリスト・イエスのりっぱな兵士として、
私と苦しみをともにしてください。
Uテモテ 2:3
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2004年09月26日

聖日

 どんなに疲れていても、やはり、礼拝に出席すると「良かった!」って思えるから不思議。
 今までに、自分の体のことで礼拝を休んだこともあるけれど、周りの方に迷惑がかからない限り、出席したいと思うこの頃。子供が小さいと、子供の病気で出席できない、ということはあって、それは仕方がないのだけれど…。

 今日のメッセージは、詩音ちゃんの邪魔(?)があったりして、なかなか集中できなかったのだけど、なかでひとつ心に残ったのは、「聖書で言っている『救い』とは、一時的な、精神的救いではなく、恒久的な魂の救いであり、クリスチャンであるわたしたちはその『救い』を頂いている」と言うこと。
まあ、言葉遣いは違ったと思うけれども、そういうことが語られていて、確かに…と頷けるものがあった。
 昔、わたしがクリスチャンになった頃、聖書の考えに基づいて、何かの話をしていたら母が「それを聞いて救われたわ」と言ったことがあり、それを聞いたわたしは「え?お母さん救われたの?」と思ったことがあった。
でも、よく考えたら母のいっているのは「一時的精神的慰め」のことだった。
今でも時々は母、そういう意味で「救い」という言葉をつかうので、教会では、「救い」とは魂がただ一度救われる時につかうので、安易に使うとややこしい、と話しているのだけれど…。
 いずれにしても、わたしは、どんなことがあっても、魂に救いを頂いているので、少々のことで揺らぐことがない、と思う。それは本当に感謝している。
 父が倒れた時にも「わたしは冷たいのかな?」と書いたと思うけれど、実際、母に関しても、父に関しても、いや、自分自身に関しても、いのちのことで思い煩ったことはない。
 前に友人に「今日死んでも悔いはない」って話をした時に、友人は「わたしもそう思っていたけど、子供を産んでから少し変わった」と言っていた。わたしは、自分も子供を産んだら変わるのだろうか、と思ったけど、やっぱり今でも変わらない。もし、今母親がいなくなったら確かに詩音ちゃんは辛いだろう、淋しいだろう。
でも、必ず神様が守ってくださる、と信じられる。もし、それがわたしに与えられた「寿命」であるなら、詩音ちゃんにも与えられた「環境」なのだろうと思う。
 もちろん、わたしはある意味で子供を守るために、自分のいのちを賭けることはできると思う。ただ、自分のいのちを、子供のためには生きていない、と思う。
子供のために死ねるけれども、子供のために生きていない。
 もし、わたしが誰かのために生きているとすれば、それは神様のため、だけだと思う。あとは、わたしは自分に与えられた命を、ただひたすらに生きているだけだ。
 ただね、こんな偉そうなことを言っていても、じゃあ自分が殉教できるかと言うと、それだけは恐い。銃殺とかで、一発で殺してくれるのならいいけれど、残酷な、じわじわ痛めつけられるような拷問や、うんと時間をかけて死ぬようなやり方に耐えられるか?と思うと、それは…?、だ。
死ぬのは怖くないけど、痛いのは怖い。
うーん、とにかく、そういう事態にならないことを祈ろう。

 詩音ちゃんは本当に可愛い。毎日毎日、本当になんでこんなに可愛いのだろう、と思うくらいに可愛い。
 今、うちのビデオの充電器が、引越し以来行方不明で、ビデオが取れないのが残念で仕方がない。まあ、元々、ビデオに関してはあまりマメじゃないのだけど…。
 それにビデオなんかじゃなく、この詩音ちゃんをそのまま保存できないものか、と思ってしまう。SF映画的発想だと、将来的には、3D画像とか、立体ホログラムとかで、保存できたりするようになるのかなぁ。
 わがままで、お行儀が悪くて、ちっとも言うことを聞いてくれないけど、本当に、可愛いなぁ、と思う。
いつか、自分の手元を離れて、親の知らない世界に巣立っていくのかと思うと、ちょっぴり淋しいけど、子供は自分のペットじゃないものね。今から子離れする覚悟を持って育てなくちゃいけないなぁ、と思う次第…。

 昨日来たクレジットカードの支払い明細書に、絶対に自分に身に覚えのない請求が含まれている。
今のところ金額が大きくないのでまだいいけれど、とにかく明日、確認しなければ…。
嫌なことの多い時代だ…。
何かの間違いであってくれればいいけれど。

もし生きるなら、主のために生き、
もし死ぬなら、主のために死ぬのです。
ですから、生きるにしても、死ぬにしても、
私たちは主のものです。
ローマ 14:8
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2004年09月25日

no title

 たくさんのことが、押し寄せてくる。
自分の上にも、周りの人にも。

 周りの人のことはともかく、自分のこと、これは試練ではない。少しばかり訓練は必要であるかもしれないけれども、決して試練と呼べるほどのものではない。ましてや、サタンの試みであるはずなどさらさらないのだから、神に期待し、ただイエス様を見上げていこう。

 父のことも、イエス様に委ねている。
父の命は神様の物だ。
神様が取られる時に速やかにとって下さればいい。なぜか、「少しでも長く生きさせてください」という祈りはおこらない。わたしは冷たいのだろうか…。
ただ、わたしは、父がなすべき働きを終えるまでは、神様は生かしてくださると信じているので、今、恐れや不安はない。
 わたしは、父が生かされている間、喜んで神様の御用ができるように、また砕かれた魂として、用いられる器になってくれることを願っている。
 何よりも、父が平安でいられるように、父が、感謝に溢れることができるように、そのことを願っている。
また、母も平安でいられるように、母が心身ともに守られるように、願っている…。
 クリスチャン本位な考え方かもしれないけれど、父の、今予定されている証しやゴスペル・イン・文楽の仕事に支障が出ないように、もちろん、それ以外の仕事にも、支障がないように、祈っている…。

 また、身の回りの色々な方の上にある困難や、問題を、神様が取り除いてくださいますように…。
今は、祈るしかできないけれど…。祈りによって、勝利させていただこう!
今日も一日感謝して過ごせますように…。
≪7:30am記≫

 さっき、気がついたのだけど、父は、この前6月から7月にかけて、証しのご奉仕が続いた時も、その1週間ほど前に入院し、その最初のT教会のご奉仕は病院から出かけたのだった。
 今回も、レディースランチョンの約1週間前…。
何でもかんでもサタンのせいにするのはどうかと思うが、偶然だとも思い難い。
 サタンのせいではなくても、あるいは神様が何かを教えようとして訓練を与えておられるのかもしれない。父のご奉仕のために、祈りが必要であることは確かだ。
 サタンからのものであっても、神様からのものであっても、父が用いられようとしているからこそ、起こっている事柄だとわかった。わたしたちに求められていることは「祈り」だ。
 今日、午後から父のところに行ってこよう。
夫が、「孫の顔を見せてあげるのは何よりの見舞いじゃないか」と言ってくれているし、詩音ちゃんも行きたがっている。行って、父のために、祈ってこよう。
≪9:50am記≫

 父は思ったより元気だった。
薬が効いて熱も下がっていたようだし、詩音ちゃんの顔を見てとても喜んでくれた。
 父に、神様が使命を与えてくださっていることを確認し、祈りの必要性を確認しあえた。
 夕方から、母と共に実家に。
詩音ちゃんは、グランマと遊ぶのが楽しみで楽しみで仕方がなかったみたい。
ちょっとお任せして、わたしは横にならせてもらう。
今日の午前中、出かける前は、結局家事などで、横になる時間が取れなかった。
居眠り運転に近い状態で、運転中にドキッとしたことも1度じゃなかった。
 途中、吹田のSAで5分か10分仮眠を取ったけど、すっきりしないし、熟睡できる訳でもなかったので、結局、単調な高速よりも、むしろ信号などで返歌のある一般道の方がよいかも、と判断し豊中で高速を降りた。
ある意味、正解だったのは、そこがどこだか、はっきりはわからなかったため、少しばかり緊張感があった。
道路標識(?)を見ながら、心当たりの方向に車を走らせたら、まあ、ちゃんと思っていたところに出られたので、安心したけど。
 そんな状態だったので、詩音ちゃんに隠れてお昼寝…。
夜、父と落語会に出演するはずだった姉が、父の代演のお弟子さんと共に実家に寄った。
 結局母と、姉と、詩音ちゃんとわたしの4人で外食。
母は、いつも糖尿病食の父と食事しているので、結構気を使うことも多いようで、父のいないところで、気を遣わなくていい家族との久しぶりの食事は、少しばかり、ストレスの発散になったよう。
 少しは母の励ましにもなっただろうか…。
 いずれにしても、父の病状は、月曜日でなければ詳しい検査はできないようで、引き続き祈りが必要。
神様が父を用いてくださることを信じて祈る。

 寝不足や、色々なことが重なって、どうも体が重い。
気持ちはそれほど重いつもりはないのだけど、心は熱していても、肉体は弱いということか…。
めまい、頭痛、倦怠感、食欲不振…と言っても、夜の回転寿司はしこたま食べたけど。
 神様、明日は聖日です。どうか守ってください…。
≪1:50am記≫

どうか、望みの神が、あなたがたを
信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、
聖霊の力によって望みにあふれさせてくださいますように。
ローマ 15:13
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2004年09月24日

no title

 今日は、病院。
とにかく明るい先生なので話しやすいし、データもきちんと説明してくださるので随分いい感じ。
結局、まあ数値的には安定しているので、薬は現状維持。
紫外線は、特にSLEでなくてもわたしの病気でも悪影響を及ぼすことは十分考えられるとの事、「あー、やっぱりそうだったのか」と納得。
紫外線に当たると、あとでてきめんに疲れるので…。気をつけなくちゃね。

 昨日、講演会場で、講演終了後に、詩音ちゃんを抱っこしていたら寝てしまい、かなりの時間抱っこしていたら今日は腕が痛い。
病院から帰ってきたくらいから、体も随分だるい。
夜は夫に謝ってまた外食…。
今月はせっかく月の前半、頑張って食費を節約していたのにな…。
しかし、今日届いたクレジットカードの請求書を見て愕然。
今月もなんでこんなに多いの?
たまたま色んなものが重なってしまっただけなんだけど、まだまだ節約に励みなさい、と言うことね。
また、気を引き締めて頑張ろう。

 でもね、今日は詩音ちゃんの笑顔を見たらちょっとだけ泣けてきたよ。
 もっともっと、お母さんの愛情料理を食べさせてあげたいのに、もっともっとたくさん詩音ちゃんと遊んであげたいのに、色んなことに追われて、「しんどいしんどい」で、わたしって、ものすごくダメなお母さんに思えてきてしまった。
妻としても、あまりよいほうではないけど、夫は、ある程度病気のことも覚悟して結婚してくれたと思うので、まだね、大人だし…、と思えるのだけど、子供は可哀想だな、って。
親は選べないしね。
まあ、子供は子供なりに、だんだんわかるようになって、受け入れていってくれるのだろうけど。
 わたしも、もう少し時間のコントロールを上手くして行かなくちゃね…。

 父が、また今日から入院したらしい。
でも、夜遅くになってからのことみたいで、母は遠慮したのか、こちらには連絡がなく、姉から聞いた。
詳しいことがわからないので心配。
夫と祈って、また独りになっても思わず祈ってしまう…。
これから証しのスケジュールも色々あるし、仕事も忙しくなってきたところだったのに…。
 速やかに的確な処置がなされ、また神様の御手が伸ばされ、1日も早く癒されますように…。

それから、イエスは百人隊長に言われた。
「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」
すると、ちょうどその時、そのしもべはいやされた。
マタイ 8:13
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2004年09月23日

いのちを生きる

 柏木先生の講演会、イヤ〜、本当に良かった!
「いのちを生きる」と言うタイトルで90分ピッタリ。
すごく奥が深くて、色んなことを教えられた。
「人は生きたように死んでいく」よく聞く言葉だけど、何人も、いや何千人もの死に立ち会った医師の口から聞くとまた、重みが違う。
また、「誕生日には死について考えなさい」「結婚記念日には癌について語りなさい」とのお言葉も、やはり普通の方が言われるのとは重みが違う…。
でも、その言葉を聞いて、わたしが「遺書」をしょっちゅう書いて感動して泣いているわたしも、そう変ではないかも、と思った。
 だってね、いつ死が訪れてもいいように、夫や家族に感謝の気持ちをきちんと伝える準備をしておきたいし、詩音ちゃんにも色んなことを伝えたいんだもの…。でね、自分で書いた遺書に、自分で感動して泣いちゃうの…これはやっぱり変かな?f(^_^;)

 しかし、今日は午後からの講演会だったのだけど、会場準備の関係で、午前から行って、最後の清算までいたので、少し疲れた。といってもたいしたことは何もしていないのだけど。
 それと、午前中から講演会の間にかけては、夫が子守を引き受けてくれたので、随分助かったけど。
 今日の講演の内容は、たくさんメモを取ったので、忘れないうちにまとめて、きちんと自分の物にしたいと思う。
それにしても、講演の冒頭で、「60歳を過ぎたころからことばに対してこだわりが強くなって、ちょっと変だと思う表現を聞き逃すことができなくなってしまった」と言っておられたけど、今でも、夫の言葉遣いにごちゃごちゃイチャモンをつけて嫌がられているわたしは、60過ぎたら、メチャクチャ嫌がられるんだろうな。
気をつけないと…(^_^;)

あなたがたには、あすのことはわからないのです。
あなたがたのいのちは、いったいどのようなものですか。
あなたがたは、しばらくの間現われて、
それから消えてしまう霧にすぎません。
ヤコブ 4:14
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2004年09月22日

記録!

 20,21,22日と、3日間連続でトップページのカウンターが100を越えた。こんなことは初めて。
 IP別に見ると、やはりだいたい約半分の50くらいのIPアドレスからのアクセスがある。
 先日から、「みんなで語るページ辞典」を作って、常連さんを振り返っていたけど、現時点で、「辞典」に登録している常連さんは20名ほど。まだこのほかにも、準常連さんのような方もおられるので、リストにくわえるかどうか、迷っているけのだけれど、それにしても、BBSの常連さん以外にこんなにも訪れてくださっている方があることに、びっくり感謝。
 最近、コンテンツの更新ができていないのでそろそろ…と思うのだけど、ちょっと精神的な余裕がなくて、できずにいる。
 伝道集会の説教奉仕、教会の特伝、N教会でのミニコンサートが終わるまでは、更新できないかな。
まあいっか(詩音ちゃん風)、焦らずにぼちぼちマイペースでいこう。

 面白い詩音ちゃんの続編。
 これも昨日のことなのだけど、詩音ちゃん、新聞をくくる紐を「きって〜」と言って持ってくる。適当な長さに切ってやるとこんどは「つかまえてこうして〜(足を縛って)」と言う。
え゛?なんじゃらほい?と思いながら、足を縛ってやると「たすけてくれ〜」と言っている。ほったからかして見ていると蝶々結びにしたので、簡単にほどけたみたい。しばらくすると、こんどは同じように「つかまえてこうして〜」と言って今度は後ろ手に縛るようにと言う。つかまえようとすると、抵抗して逃げる「たすけて〜」で、がんばって捕まえて、手を後にしてくくるとまた、「たすけてくれ〜」こんどはゆるく縛ったのですっぽり抜けちゃったんだけどね(^^;)
 うーん、詩音ちゃん、こんなことどこで覚えたんだ?
昨日はわからなくて、「縛られて喜んでるなんてちょっとやばいんじゃないかい?」と思っていたんだけど、今日、保育園の先生と話していて思い出した。
この間から、昔のアニメ「宝島」のビデオを引っ張り出してみていたのだけど、そのなかで、少年が人質になったシーンとかで、そういうのがあったかも。
うーん、子供って何でも見てまねするんだなぁ。
本当に見せるものに気をつけなくては、と思った。

 今日は祈祷会。
そのあと、銀行に行ったり、なんだかかんだかで、あっという間に午後も過ぎてしまった。
1日1日が過ぎるのが早い。
今日という日を大切に、悔いのない日を送りたいと願いつつ…。

私のたましいが私のうちに衰え果てたとき、
私は主を思い出しました。
私の祈りはあなたに、
あなたの聖なる宮に届きました。
ヨナ 2:7
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2004年09月21日

面白い詩音ちゃん

 今朝、朝ごはんにバナナを食べていて、何を思ったのか、バナナに呼びかけている。
詩「でてこいでてこい、ポケモンでてこーい。トイストーリー2でてこーい、えーとそれからおばけでてこーい。あとは〜、おさるさんでてこーい。こわくないよ、かしこいから」
S「へー、賢いから怖くないの?」
詩「ウン。おかあさんも『でてこい』っていって」
S「でてこーい」
詩「トイストーリー2っていって」
S「トイストーリー出てこーい」
詩「おさるさんも」
S「お猿さん出てこーい」
詩「えーと、ぞうさん」
S「ぞうさんでてこーい」
詩「それから〜」
S「もういいから食べなさい!」
うーん、何でバナナに向かって呼びかけていたんだろう??

 詩音ちゃんは、「離さない〜ごっこ」が好き。
わたしがたまにぎゅーって抱きしめると、詩音ちゃんが「はなしてくれ〜」って言うので、「大好きだからはなさない〜」と言ったのが嬉しかったのか、とても気に入ってしまった。
 自分から、「だっこ〜」と言ってきておいて、抱っこしてやると「はなさないー、っていって」と言うので「離さない〜」と言うと「はなしてくれ〜」って手足をバタバタさせる。わたしが、黙っていると「もっと〜」と言う。
「大好きだから離さない〜」と言うと、大喜びで、手足をバタバタさせて「はなしてくれ〜」と言っている。
しばらくすると、交代で「こんどはしおんちゃん」と言って、わたしの手や足を抱きしめて、「はなさない〜」と言う。
ここでは私が「離してくれ〜」と言わなければならない。
うーん、面倒くさいんだけど、これがとっても可愛いんだな。

 詩音ちゃんは、とにかく何かしなさいというと、「ちょっと間ってな」とワンクッションおきたがる癖がある。
「ちょっとこれもっていくわ」とおもちゃを取りにいったり、何かを片付けにいったり。
なんだかわからないけど、ワンクッション置く。別に反抗的というのでもないけどなんだか不思議な子。

 昨日の夜、可愛かったのは、食事を食べに行って、「お行儀よくしなさい!ほらくねくねしないでしゃきっとして!」と言うと口で「しゃき!」と言って一時的に、てを体の横につけ、しゃきっとする。でもそのすぐあとからくねくね、くねくね。
思い出したように自分で「しゃき!」とは言っているものの、一向にしゃきっとしている様子がない。
それでも、自分で「しゃき!」と言いながら、親の顔を見ている詩音ちゃんは健気に感じる。わたしって甘いかなぁ…。f(^_^;)

 今日は、朝からメールがあり、Mさんが「会いたい」とのこと。
 午前中は特に予定もなかったから、教会に来ていただいてお話した。
 色々大変な状況を聞いていたので、何を言って良いものやら、と思いながら、取りとめもなく、自分の子育て観や、自分が親にしてもらったことを話した。
 「来てよかった」って言ってくださったので、少しはお役に立てたのかなぁ…と思いながら、お別れした。
 Mさんのご家庭が引き続き、主に導かれますように…。
主が共にいてくださいますように…。

 今日はちょっと寝不足のせいか、頭痛がする。
多分夜は、詩音ちゃんと一緒に寝てしまうだろうな…。
サイトの更新もしたいのだけど…。
今は、まとまった文章を書いたり読んだりする集中力がない。
10月17日の説教主題と聖書箇所が導かれたので、時間があれば、その箇所をくり返して読んでいる。

主はあなたに告げられた。
人よ。何が良いことなのか。
主は何をあなたに求めておられるのか。
それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、
へりくだって
あなたの神とともに歩むことではないか。
ミカ 6:8
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2004年09月20日

ジンギスカンパーティー

 今日は、先月、わたしたちの教会に転入会されたSさんご家族のお宅で、ジンギスカンパーティー。
 先月、夫が北海道に行ったときに買ってきた肉、5キロ。
教会員の方は、急なお知らせだったので、お2人しか参加できず残念だった。
 でも、たらふく食べて、楽しく交わることができて、本当に楽しく過ごせた。
今度は、特伝が終わったらボーリング大会でもしましょう、と盛り上がった。
今度はたくさん参加できればいいなぁ…。

 詩音ちゃんは、わたしの古いビデオや、お気に入りのアニメの歌を覚えて一生懸命うたっている。
 ♪いきることはたたかいさ〜、だからーまたきょーもー、さああるきはじめよー〜♪なんて、2歳半の子が歌う歌じゃないよね(^_^;)
今は、「家なき子」のテーマソングと「宝島」のテーマソングがお気に入りで、毎日何度も歌わされている。
わたしの好きな歌を気に入ってくれるのは嬉しいけどね…。

 今日の夜も、「お祈りして寝よっか」と言って「愛する天のお父様、ハイ詩音ちゃんも」と言うと「おかーさんもてつだってー」
でも、途中まで一緒にお祈りして(主に私が祈って)「詩音ちゃんは?」と言うと、「あしたもげんきにあそべますように。きょうもグランマと、グランパと、おとうさんと、しおんちゃんと、おかあさんと、いっぱいできてありがとうございます。」
「イエス様の?」「いえすさまのおなまえによっておいのりします!」
「いっぱいできて」って何ができたのかわからないけど(^_^;)、とにかく、自分から、自分の親だけじゃなくて、グランマやグランパのことまで祈っていたのが嬉しい!

しかし、あなたがたこそ強くあってほしいのです。
力を落としてはなりません。
あなたがたの働きには報いが伴っているからです。」
U歴代誌 15:7
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2004年09月19日

no title

今日、両親は、初めて二人だけで、遠方の教会に証しのご奉仕に出かけた。
少し心配だったけど、昨夜も、無事に先方が取ってくださったホテルについたと連絡を受け、今日も、とてもよく聞いてくださり、喜んでいただけた、と聞いた。
一緒に行けなかったのは残念だけど、これからは少しずつ、こういう機会も増えていくことだろうと思う。
祈っていこう。

 わたしは、やはり少し疲れている。
昨日も詩音ちゃんとお風呂に入りながらふと見ると、ずいぶん足が浮腫んでいる。
 自分で自分の生活を律しなければ、と思う。
 精神的なものも色々あるからだろう。
自分自身のまわりには問題がなくても、わたしを取り巻く様々なところに問題が起こる。
他人事としてとらえられないので、いつの間にか自分のストレスにしてしまっていたりする。
 もっと神様に信頼し、神様に委ね、神様に近く歩みたい。
もっともっと、透明になって、神様だけを映す者になりたい。
でも、神様は、わたしに個性を与えられた。自分が無くなる様にとは望んでおられない。
何がわたしらしいことか、何が神様がわたしに与えられたものか、神様が何を、わたしにさせようとしておられるのか、ただ、神様の御心の成るように、歩みたい。
まだまだ足りない者だけど…。

 詩音ちゃんは、今日は教会のOさんの家に遊びに行った。
引越しのときに一度一人で、Oさんのところに預かっていただいたのだけど、Oさんの娘さんや息子さんが詩音ちゃんのことをとっても気に入ってくださり、「今度いつ来てくれるの?」とずっと言ってくださっていた。
 最近はOさんが「おばちゃんち来る?」といっても「イヤ〜」と言っていたそうなのだけど、今日はグランマとグランパがいなかったせいか、どうも自分からOさんのお宅に行くと言ったよう…。
Oさんは、ご自身も夕方から用があるのに、引き受けてくださって、詩音ちゃんはわたしのことなんか見向きもしないで、Oさんの車に乗っていった…。
今日は、愛餐会、各会と午後も予定が入っていたので、Oさんは帰るのが遅れて、家事もお忙しかっただろうに、前回と同じように、お風呂も食事もさせてくださって、感謝、感謝!
 教会では、少し模様替えがあって、婦人たちが帰られたあとも、壮年の方々とMさんが片付けてくださっていたので、わたしもすこーしはお手伝いができてよかった。
その後、家に帰って、少しばかり休息をとることもできたので助かった。
 詩音ちゃんも楽しそうだったし、Oさんの娘さんの大きなTシャツを着て、嬉しそうに帰ってきた。
お昼寝をしなかったせいか、帰りの車で寝てしまった詩音ちゃん。明日の朝、早く起きるのかなぁ。
わたしも今日は早く寝よう…。

順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ。
これもあれも神のなさること。
それは後の事を人にわからせないためである。
伝道者の書 7:14
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2004年09月18日

祝福

 手放すこと…祝福を受けるために必要なことかもしれない、と思う。
 神様は、時々、わたしたちに「ささげなさい」「明け渡しなさい」と言われる。
わたしたちが何より大切に思っているものを…。そして、どうしても手放したくないものを…。
でも、実は、神様がそうおっしゃるときは、すでに、より素晴らしい祝福を神様は用意してくださっている。
でも、わたし自身が今握り締めているものを話さない限り、それを受け取ることができない…。
 また、わたしたちは自分の器に、神様の恵みに比べたら取るに足りないものを一生懸命詰め込んで、神様が与えようとしておられる、類まれな恵みを入れるところを塞いでしまっていることがあるのではないか。
 そんなことを、考えさせられた。いや、思い出した、と言うべきだろう。
わたしが救われて間もない頃に同様のことを教えられた。この前の礼拝メッセージでも、似たようなことが語られた。
でも、自分の力ではできない…。
神様が、わたしの中の邪魔なもの、神様とわたしの間を隔てようとするものを取り除いてくださいますように。
もっともっと、神様に心が満たされますように…。

あなたがたはわたしの羊、わたしの牧場の羊である。
あなたがたは人で、わたしはあなたがたの神である。
――神である主の御告げ――」
エゼキエル 34:31
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2004年09月17日

ペトラストリート!

 今日は岩渕さんのペトラストリートのコンサートが、甲西であり、家族で出かけた。
 うちの教会には甲西地区からこられている方も結構おられるので、うちの教会の方が多数来られていた(*^_^*)
 ペトラストリートは、すごくよかった〜!!
わたしは岩渕さんのライブは何度か出かけたけど、今までいつもギター1本で岩渕さんお1人か、奥様とお2人か…だったので、ペトラストリートのライブはすごく新鮮で、よかった。
もちろん岩渕さん1人もよいけれど…。
 それと、「ふたつのJ」はやっぱり名曲だ〜。
日本人として、信仰者として、心に語られるものがある。

 詩音ちゃんは、結構ごそごそしていて、時々声を発したりもして、少し気を遣ったけど、母子室に駆け込むほどのこともなく、何とか最後まで客席で聞くことができた。
 手拍子をしたり、拍手もしていて、音楽好きな詩音ちゃんだから、まあまあ、忍耐できたのかな?
子供のときからいい音楽に触れることは大切だよね。

 いつもサイトで交わらせていただいているヨセフさんの転職が決まったとのこと。良かった。
まだすぐにご家族一緒の生活は難しいようだけれど、神様が、主導権をとって導いておられる…。希望を持って決断されたご家族のために、これからも祈っていきたい。

 最近、ネットでお出会いした皆さんの賛美をCDやMDで送っていただいたものをよく聞かせていただいている。
 believeさん、PRISMさん、ぶどうの実さん…。
皆さんそれぞれの個性があって、皆さんの賛美の心が伝わってきていつも恵まれている。
 こうした出会いも、本当に神様の恵みだと思う…。
サイトを始めてよかったなー、と思うひと時だ。

 10月の神戸中央教会でのご奉仕まであと1ヶ月。
他教会での説教奉仕は初めてなのでやっぱり少し緊張する。
11月のミニコンサートの準備も遅れている。
教会や団体関係の行事もあるし、色々とやらなくてはならないこともある…。
 ただただ、主に依り頼むしかない。
でも、主に期待して、なんだかワクワクもしている。
自分の力では何もできない。ただ主がさせてくださることを通りよきくだになって成し遂げられますように。
内にあるイエス様の灯火が光り輝くように、もっともっと自分が透明になっていくことができますように…。

主よ。私は知っています。
人間の道は、その人によるのでなく、
歩くことも、その歩みを確かにすることも、
人によるのではないことを。
エレミヤ 10:23
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2004年09月16日

取材!

 取材と言っても、わたしのではなく、父の…。
来年、出版予定の父の本のための取材。
いのちのことば社の方とクリスチャン新聞の方が実家の方に来られるので、例によってサポート訳として、出席。
 西宮北口の駅で待ち合わせて家まで車で実家に行った。
実家についても、実は肝心の父が病院の検査日に当たってしまい、まだ戻っていなかったのでしばらく雑談をする。

わたし「あのー、さっき車でかけていた曲、この前クリスチャン新聞に載ったたかはしさんたちの歌なんです」
Fさん「え?あの空手の?」
わたし「そうです、空手の」
Fさん「何かつながりがおありなんですか?」
わたし「お友達なんです、ネットの(ちょっと自慢げ)。
実は、春太郎さんともお友達で、実はこんど、教会で春太郎さんと、PRISMさんをお招きするんです(更に自慢げ(*^_^*)」
Fさん「へえ〜。たかはしさんてすごく楽しい方ですよね」
などなどという話から、実はうちのサイトには賛美好きの人が集まっていて…と、believeさんやぶどうの実さんのことも紹介する。
believeさんの曲は、丁度車に積んでいたので、取ってきて聞いた頂く。ぶどうの実さんのは、ピアスがGlassぶどうの実の作品だったので、「これもそうなんですけど、今ライフセンターとかにネックレスとかも出ていて…」とサイトを開いて商品を紹介。
Fさんはすっかり気に入られた様子。
 そこへ母が登場して、話を持っていかれてしまった。
え、まだ、ぶどうの実さんの話し途中だし、ZIONさんとカナンさんの話もしていないし、masaya-samaの話だって…。
みんなのこと自慢したかったし、紹介したかったのに…。
 今回紹介できなかった皆様、ごめんなさい。またいつか機会があったら…。
 いつか皆さんのことももっともっと広く紹介されるといいなぁ、なんて願っています。

 上手く表現できないけれど、わたしはまだまだ足りない者だなぁ、と思う。
裁いてはいけない、と言いつつ、では自分は裁いていないか、と言うと、必ずしもそうではない。
 まず自分が変わらなければ、と思う。
 また、同様に、自分自身の言葉にもっともっと注意を払わなくてはならないと教えられている。
 人を励ますつもりで発言した言葉が、むしろ人を追い詰めたり、傷つけたりしていることはないか。余計な差し出口ではなかったか。
神様とその人の間に割り込むようなことはしていないか…。
わたしは無責任な発言をしていないか…。

「言葉、危険な玩具であり、あてにならない暗号だ。」
「人を斬るための言葉はたやすい。己を守るための言葉もたやすい。」
「黙っていても愛し合える自信がないから、もう少しだけ、私はまだ詞を書くつもりでいる。」
 …中島みゆきがもう18年も前に書いた文章だけど、いまだ、わたしの中では色褪せていない。
 わたしもまた、黙っていても分かり合える自信がないから、こうやって自分の言葉を発信し続けるのだろう…。

 どうか神様、わたしが、人にとって有益な言葉を発する者となりますように。
 わたしの言葉によって傷ついたりがっかりした人がいるなら、神様が癒し、慰め、励ましてくださいますように。

私たちはみな、多くの点で失敗をするものです。
もし、ことばで失敗をしない人がいたら、
その人は、からだ全体もりっぱに制御できる完全な人です。
ヤコブ 3:2
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2004年09月15日

no title

 体調がよくない。
朝は、どうしても祈祷会に出たかったので、何とか起きたけれど、午後、ベッドに横になってから夕方近くまでどうしても起きられなかった。
 季節の変わり目にはいつも体調が悪いけれど、特に夏から秋にかけては、夏の疲れも出るのか、一番調子がよくない。
にもかかわらず、この季節が一番忙しい。
特に今年は、父の証しの講演会、わたし自身も説教や賛美の奉仕がある。
 主が、どうぞこの土の器を支えてくださいますように。

私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。
それは、この測り知れない力が神のものであって、
私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。
Uコリント 4:7
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2004年09月14日

参観日&予防接種

 今日、朝は詩音ちゃんの参観。
昨日なかなか眠れずに、遅くまでPCの前に座ったりしていたので、朝起きた時は最悪の状態。
それでも、とにかく参観だけは参加。
ついたときにはすでにプログラムが始まっていたけど何とか間に合って、運動会の親子プログラムの練習をすることができた。
 以前は、体操というのかお遊戯というのか、さっぱりだった詩音ちゃんだけど、今日は、結構一緒に、上手にできたので、すごく嬉しかった。
 おやつの時間なども、お母さんがいるとべったり横にいないと泣いてしまう子もいたけど、詩音ちゃんは結構、一人でちゃんとできていて、自立(?)していたよ。
家ではものすごく甘えんぼさんなのにねぇ…。

 今日は体調が昨日に引き続きイマイチだったので、参観の後の講演会は失礼してしまった。
 サイトの書込みなどを一通り済ませてから横になる。
最近、わたしが昼食を作れないときは、いつも夫が自分で焼き飯を作る。
これが結構は待っているらしく、自分で悦に入りながら食べている。
わたしが見て「?」と思うものでも、自分で喜んで食べているし、何より妻の怠慢に文句ひとつ言わないでいてくれるので助かる。

 夕方から、夫は神戸のバイブルハウスで行われるセミナーに。
わたしは詩音ちゃんと2人。
夕食の前に、耳鼻科に行って、遅れていた3種混合の1期追加を接種してもらう。
 いつものことだけど詩音ちゃんは、一人でいすに座り、先に耳などの診察をしてもらい、検査もして、予防接種。
全部一人で座り、予防接種のときも、全然泣かずに終えることができ、先生も思わずニコニコびっくり。いやー、これだけは本当に楽ちんな子で助かるわ。

 最近、自分のことでは悩みは詩音ちゃんのことぐらいで、ほとんど何もないのだけど、周りの方に色んな問題があり、悩み、というか、祈りの課題が増えている。
神様、どうか、それぞれの方の問題を、あなたが解決してください。
わたしがその邪魔をすることのないように、ことばで人を煩わせることのないように、どうか助けてください。
悩みのあまりの大きさに、クリスチャンである友人たちが、あなたを見失うことがありませんように、問題があまりにのしかかる故に、あなたの御声が聞こえなくなることのありませんように。
全知全能、万物の造り主であるあなたが、主権を持って、導いてくださいますように。


あなたがたの会った試練は
みな人の知らないものではありません。
神は真実な方ですから、あなたがたを、
耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。
むしろ、耐えられるように、
試練とともに脱出の道も備えてくださいます。
Tコリント 10:13
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2004年09月13日

Birthday!

 今日は、わたしと姉と母の誕生日だった。
12時を回ったとたん、掲示板に続々とお祝いのメッセージが寄せられ、またネットでグリーティングカードを送ってくださった方もあった。
 それらは夫の「おめでとう」よりも早く、また、こんなにも沢山の方から、本当の祝福を頂いた誕生日はなかったので、本当に驚き、また嬉しかった。
 誕生日だからといって、何も特別なことはない。
でも、今まで神様がわたしにしてくださったことを覚えるよい機会。
もういちど、改めて、様々なことを主に感謝した。
 特にこの1年は、わたしにとって大きな大きな1年だった。
両親のバプテスマ、サイトの立ち上げ、多くの方との出会い。
人生のなかで、今までにいくつかの転機があったけれど、間違いなく2003年から4年にかけては、わたしの大きな転機のひとつだったし、主によって、大いに地境を広げていただいた1年だった。
 特に、サイトを通して出会った方々には、大きな励ましを頂いている。真実に祈りあえる信仰の友が増し加えられたことは、何ものにもかえられない宝だと思う。
 夫が、信仰が長続きする秘訣は「最低3人、祈りの友をもつこと」とよく言う。
 わたしには救われた頃から、その時代時代に、どんなに離れていても、また普段連絡を取っていなくても、祈りあえる友が与えられてきた。
今、なかなか会うことも、連絡を取ることもできなくても、それらの人々は、変わらずに信仰の友だ。
 その上更に、この年になって、また、深く祈りあえる友が与えられたことは大きな大きな恵みだ。
わたしという人間は、それだけ祈られなくては立っていけない者であることを、神様が憐れんでくださってのことだろう…。
ただただ感謝するほかはない。

 ロマンチックなことのおよそ苦手な夫は、誕生日だからといって特に変わった様子もなく、過ごしていた。
 それでも昼前から2人で映画に出かけた。
見てきた映画は「スウィングガールズ」
 JAZZ好きのわたしたちには見逃せない映画だった。
まあ、映画独特のご都合主義的なところもあったけど、というか元々リアリズム映画じゃないんだし、娯楽として、大いに楽しめた。役者も揃っていたし、渡辺えり子、木野花といった同じ演劇学校の先輩に当たる人たちを始め、舞台で活躍する人も多数出演していて、やっぱり舞台出身の人は違う…、なんて感心したり。
小日向文世さんなんか、自分たちが「上海バンスキング」で、一生懸命楽器を練習したのを懐かしく思い出したんじゃないだろうか、なんて勝手に想像したり。
 とにかく、演奏も全部吹き替えなしで、出演者がやった、と言うのをきいて、ちょっと感心。でも、役者ってすごいよね。プロ根性と言うか…。もちろん録音技術なんかもあるのだろうけど、短期集中である程度のことはこなしてしまうのだもの…。
 JAZZ、それもSWING好きのわたしたち夫婦には、全編にちりばめられた音楽も好きなものばかりで嬉しい映画だった。
 そうそう、夕食に出かけたレストラン「サンマルク」ではピアノの生演奏があり、ちょうどわたしたちの席はピアノの真横で、演奏も堪能できたのだけど、映画で使われた「この素晴らしき世界」が演奏された時には思わず夫とニンマリ。だって、映画中では、サッチモの歌に合わせて、最高におかしいシーンが展開されていたんだもの。
 
 本当に楽しい、そして感謝な一日だった。
神様、この新しい1年も、豊かに祝してくださいますように…。
何よりも、貴方様のご栄光を、豊かにあらわす器となっていくことが出来ますように…。
また、このサイトを、主が更に豊かに用いてくださいますように…。


わがたましいよ。主をほめたたえよ。
私のうちにあるすべてのものよ。
聖なる御名をほめたたえよ。
わがたましいよ。主をほめたたえよ。
主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。
詩篇 103:1,2
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2004年09月12日

賛美集会

 今日、初めて、賛美集会を持った。
教会の役員でもあるH兄の発案で今月から始まった。
昼食も用意してくださっていて、思ったより沢山の方が残ってくださり、スタートとしてはよかったのでは…。
 何よりもH兄がとても熱心に準備して、計画されていたことが印象に残った。兄の霊性が更に更に整えられ、主の器となっていかれるようにと願う。
 賛美集会そのものは、年配の方も多いし、リードする方も、されるほうも、まだ余りなれていない、という感じが拭えなかった。でも、とにかく、初めての試みにチャレンジできたことがよかったと思う。
 これから毎月第2週の午後に催されるとのこと。
多くの方が集い、賛美を通して、主を礼拝し、賛美の喜び、賛美の楽しさを体験してゆけたらいいなあ、と願っている。

 今日は、詩音ちゃんが、どうしても「グランマのおうち行く」といってきかないので、両親を送ってゆきかたがた、西宮まで出かける。
といっても夫は、教会を空けることはできないし、わたしと詩音ちゃんとで出かける。詩音ちゃんは「チョコ」を買ってもらえるというので、それだけでもうワクワク!
 選んだチョコは、といえば「ミッキーとミニー」のぺロティチョコと、「もうひとついいよ」と言うと、選んだのはお徳用のアルファベットチョコの袋詰め。きのこのかたちのや、カラフルな包み紙のアソートチョコもあったのに、一番実質的に多いものを選んだ。ちゃっかりしている。
 実家についたらわたしはほぼ3階に直行。寝不足で眠かったので、詩音ちゃんが遊んでいるうちに一眠り…と思ったのだけど、姉から電話。結局、30分ほど姉と話し、30分ほど眠った。
 夕食を食べて、少ししてから帰ってきたけど、詩音ちゃんは、グランマ、グランパとたっぷり遊んでもらい、ビデオも見てご満悦。楽しい1日だったようだ。
 今日も一緒にお祈りをして寝た。

 実は、父は昨日、仕事上でちょっとばかり失敗したことがあり、落ち込んでいたらしい。でも、今日のメッセージでとても励まされたとのこと。父がそんなことを言ったのは初めてだったので、びっくりしつつ、嬉しかった。

 それから今日はもうひとつ、ヤフオクであるものを落札した。
 今まで、最後の最後でもっていかれることが多かったので、今回は、終了時間15分前にアラームをセット。
実はその時点でまだ家についていなかったのだけど、それから5分後に家に到着。着くなりPCの電源を入れ、チェックすると、最後に見たときより更に値が上がっている…。
 迷ったけど、今後手に入る可能性も少ないし、思い切って値を吊り上げた。自動入札で結構高値まで更新しなければならなかったけど、何とか落札できた。
 終了間際の駆け引きって初めてだったからドキドキだったけど、ちょっと嬉しい。

 今日も盛り沢山の1日だった。
主の恵みに感謝、感謝!

主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。
主は、私のいのちのとりで。だれを私はこわがろう。
詩篇 27:1
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2004年09月11日

あびなかった〜!

 昨晩、ご飯を作っていたときは「明日のお弁当」のことを考えていたのに、寝る前にはすっかり忘れてた。
朝、早くから何度も目が覚めたのだけど、「まだ早い、まだ早い」と言い聞かせて寝ていたんだけど、何度目かに目覚めた時はっとした。「今日、土曜日じゃん!」
「千代子と計樹(チョコとケーキ)の恋物語」(千代子=チョコと、ホントはかずきなんだけどケーキと呼ばれている男性の恋)というロマンチックコメディ(まるで一昔前の少女漫画のようなお話だ…(^_^;))のお芝居の練習風景、という、なんだか訳のわからない夢の途中だった!
 ご飯炊いてない!あ、でも炊いてすぐ冷凍にしたご飯があるから、アレならお弁当に入れても大丈夫、とか、階段を降りながら頭をぐるぐる働かせて、何とか無事にお弁当を作った。
 いや〜「あびなかった〜!」(詩音ちゃん語で「あぶなかった」)

 昨日も、詩音ちゃんとお祈りをした。
 日がたつにつれ、この前の夜中のお祈りはわたしの夢だったのかな〜、と思うほど、「おいのりしよっか」「できな〜いぃ」の詩音ちゃん。
 でも、昨日は「愛する天の神様、今日も一日守ってくださってありがとうございます。ほら詩音ちゃんも言ってみて、はい『あいする』」と言うと、「あいするてんのおとうさま」って言い始めて、自分で「きょうもほいくえんでたのしくあそべますように」って言った(^^)。
わたしがいつも、朝ごはんの時に、そういうからだと思うけど。
可愛くておかしかったけど笑うのをこらえて普通に「『あそべてありがとうございます』でしょ?」詩音「ありがとうございます。いえすさまのおままえによって、おいのりします」
「おままえ」…でも、まあいいか。すごいすごい!
 やっぱりこの前のお祈りは夢だったのかもしれない。嬉しくて、みんなに「詩音ちゃんがお祈りしたんです」って言ったけど。でも、どっちにしても、そのおかげで詩音ちゃんがお祈りできる、って気がついたし、こうやって、少しずつ自分でお祈りできるようになってきたもんね。今までも、わたしたちがお祈りすると部分的に「ありがとうございます」とか「します」とか、一緒にことばを合わせていたけど、最近「くつやのマルチン」を読んでいて、詩音ちゃんがもっと長い文章を覚えられることに気がついた。だから、お祈りもちゃんとできるはず、と思った。
今朝も、ちゃんと、朝ごはんの時、お祈りできたし。
 あの、夜中の詩音ちゃんのお祈りは、もしかしたら、夢ではなくて、主が見せてくださった幻なのかな。あるいは、全く御聖霊様に動かされた本当の祈りだったのか…。
今となってはわからないけど、ハッキリしていることは、あの夜の祈りから、わたしは、詩音ちゃんに本当に祈ることを期待できるようになったこと。詩音ちゃんが自分の口で祈るように導き始めたこと。
 今は、詩音ちゃんの救いを、前にもまして強く確信して祈っている…。

あなたがたは喜びながら
救いの泉から水を汲む。
その日、あなたがたは言う。
「主に感謝せよ。
その御名を呼び求めよ。
そのみわざを、国々の民の中に知らせよ。
御名があがめられていることを語り告げよ。
イザヤ 12:3,4
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