2004年10月30日

コンサート

 いやー、本当に良いコンサートだった。
イヤ、良いとか、悪いとか、そんなコンサートじゃなかった。
本当に感動した。神様の、イエス様の愛に溢れていた。
 9時ごろ、PAのフェイスサウンドサービスのお二人が搬入に来られた。と言ってもわたしはその時は、まだ家にいて、詩音ちゃんとあたふた準備中。夫が、手伝いに…。
 フェイスサウンドサービスのTさん夫妻は、特に奥様のほうは、夫がこの団体に来て以来のお付き合いだし、ご主人も、結婚されてからのお付き合いだけれど、昨年の岩渕さんのコンサートの時にもお願いしているので、旧知の仲。仕事をまわしてあげたい、と言うよりも、ほとんどボランティアに近い安い料金でお願いしているので、申し訳ないながらも、同じ団体内の教会にPAを生業としておられる、しかも友人がいるのはありがたい。
 10時ごろ、たかはしさんから近くまで来ているのだけど…と電話をもらう。話しているところへ春太郎さん到着。結局たかはしさんも「わかった!」とのことで、無事到着。
たかはしさんとtanemakiさんの両ご主人もご一緒で、すごく嬉しかったです。それぞれ次男君も一緒に、遠路はるばる来てくださった。
 わたしは入れ違いに、ちょっと買い物などで教会を出たり入ったり。切れ切れに聞く、リハーサルの歌で期待感が高まる。
 途中、GOCHA WESTのドン、関太朗さんも息子さんと共に到着。
 余裕を持って12時前頃から食事。
でも…そのころには到着するはずのお二人が…と思っていると、丁度昼食の準備中に到着!believeのお二人!
玄関で思わずプレイズさんとハグハグ!ちょっぴりウルウルするほど、感動のご対面だった。
 実は、わたしはお二人が来て下さることを聞いてはいた。でも、プレイズさんの希望で、PRISMさんや、春太郎さんには内緒。驚かせたいから…って。でも、春太郎さんは、鋭い勘と、細かいチェックで、前日から、believeサイトの掲示板が休止になっていることで、「もしかして?」と思っておられたみたい。
でも、とっても喜んでくださったけどね。
 お昼ごはんは、わたしには初めての、守山の「ぶうらんじぇ」というお店のランチパック。このお店は草津にもあって、とにかく行列ができるお店なのだそう。予約しておいて、教会員の方にとりにいってもらったのだけど、早めに行ってもすでに行列ができていたとのこと。
もちろんお味もボリュームも、文句なし。パン屋さんのランチパックと言うことで、男性とか、どうかな?と思ったら、女性は残すほどあり、男性でも、残しておられた方も…。
うちの教会ではクリスマスもこれにするとか。これなら文句なしだね。
 開演まで余裕を持って、食べ終わるように、と思ったけど、余裕がありすぎたほどだった。でもリラックスできてよかったかな。
 開演前に、わたし、夫、出演者、それにbelieveのお二人も加わっていただいて、祈りの時を持つ。
神様が、このコンサートを祝してくださる、という確信が平安となって、わたし自身の祈りを閉じさせていただいた。
 コンサートは牧師の挨拶、春太郎 with ファニー、そしてPRISMの順。
 本当に本当に、ステキな時間が流れた。春太郎さんはステキな歌詞カードを作ってきてくださり、OHP用の歌詞も用意してくださった。PRISMさんも、家に帰ってからも歌詞を見てもらうことができるように、と歌詞カードを用意してくださっていた。
わたしも、実はコンサートの時には必ず歌詞カードを用意する。
コンサートの時にみてもらう、というよりは、帰ってからその日のコンサートの歌詞をもう一度味わっていただけたら、と思うから。皆心は同じようだ。
 本当はね、believeのお二人にも歌ってもらいたかったんだけどね、その時間が取れなくて残念だった。
いつかきっと…。
 実は、このコンサート、絶対に成功させたい、という思いで一杯だった。最初に教会で紹介しても、やはり知名度がないことで、それほど皆の反応が良かった訳じゃない。
最初は、どちらかというとわたしたち夫婦ばかりが一生懸命になってアピールしていた印象があった。
聞いてもらえば、絶対にわかってもらえる、と思ってはいたけど、やっぱり、少しばかり悔しさもあった。
 でも進めていくうちに、婦人会の協力も得られ、だんだん形になってきた。音響も、専門家を入れられるということで、期待感もどんどん大きくなっていった。
 そして、期待通り、イヤ、期待以上に素晴らしいコンサートが実現した。
 全くの新来者は、出演者の関係者を除けば1人。でも、求道者の方も来られていたし、教会員も、とても恵まれていた。
 終わってから、PRISMさんのCDや春太郎さんのCDが欲しいと言う教会員もいた。自分たちの知らないところで、こんな風に賜物のある人が活躍しておられる、ということに感動しておられた方もおられた。
 歌が良かった、証しが良かった、色々な声があり、トータルに、コンサートが用いられたことが感じられた。
 わたし自身も、春太郎さん、PRISMさん、どちらの賛美も、それぞれに胸に迫るものがあった。今までGOCHAで聞いても、「いい!」と思っていたけど、教会という場所もあってか、全体の雰囲気か、なんだかよくわからないけど、今迄で一番いい春太郎Withファニー&PRISMだったと思う。(勝手なこと言ってごめんなさい)
 PAのお二人にも、本当に感謝。実際の作業はほとんどご主人がされるのだけど、そばで祈りとりなしておられる夫人との素晴らしい共同作業だと感じた。正直に言うけれど、PAのあるなしは、コンサートのような場合は、かなり差が出てくる。うまく表現できないけれど、歌をごまかしたり実際以上にうまく聞かせる、というのではなく、ちゃんと伝えるために、PAも必要だと、つくづく思う。(実は、いつかちゃんとしたPA付きで賛美するのがわたしのささやかな夢だったりする)

 コンサートの後の手作りお菓子のお茶会も、大好評だった。
わたしも、もっと皆さんのお菓子を食べたかったけど、お昼の食事を食べ過ぎたので、思ったほど食べられず残念だった。
 わたしは昨日のお昼に2つ焼いておいた。いつものカボチャのパウンドケーキと、レモンのカトルカール。まず失敗のないケーキで、売れ行きもまずまずだったので、一安心。

 コンサートを聴きながら、ぼんやり思ったことは、ネット仲間、まだ会った事のない人たちも含めて、皆で賛美する集会がもてたら良いな、と言うこと。
大きなイベントでなくても良いから、とにかく皆で集まって、皆の賛美に溺れるくらい、1日中、皆で交代にステージに立って、賛美を聞いたり、一緒に歌ったり、また自分自身も賛美してみたい。そんな時が与えられたら…。夢みたいなことを考えていた。
それって贅沢すぎるよね…。
 でもいつか、いつか実現できたら…。

 今日は、詩音ちゃんも保育園を休んで参加。
最初、詩音ちゃんがいないほうが、色々な用事もスムーズにできるかな、と思ったのだけど、教会の行事も味わっていて欲しいこと、プレイズさんたちも来てくれるので、ぜひ会って欲しい、という思いがあったこと(春太郎さん、PRISMさんには前に会っていたけど)、などなどもろもろの思いもあって、結局保育園を朝から休ませた。
 結局、本番前は、教会のOさんが、「ワッフル焼くの手伝って〜」と声をかけてくださって、大喜びでついていき、大喜びでてつだっていた。本番中は、いつも教会に来ている別のOさんたちの子供さんも来られたので、一緒に遊んだり、先のOさんに遊んでもらったり。
 1度、会場のほうへ出てきたけど、向こうで遊んでいなさい、と言うと、すごすごと引き上げて行った。
 トータル的には、最後までとっても賢くできたと思う。
 そうそう、その賢くしていた詩音ちゃんに最高のプレゼントがあったのだ。
 わたしの大切な友達が、詩音ちゃんにと持ってきてくれたプレゼント。集会が終わって、皆さんが帰った後、「そうそう」と思い出して開けて見るとなんと!リュックサック!!
 前の遠足で、詩音ちゃんだけリュックサックがなかったことを読んでくださっていたのだろう。すごく可愛いピンクのリュック!わたしは飛び上がるほど嬉しかった。
 なぜなら、実は来週の火曜日にもまた遠足があって(多分こちらの遠足の方が本格的な遠足で、前のは予行演習のようなものだったのかもしれない。何せ、この前のが初めての遠足だったのだけど、わりに近くの公園みたいなところだったらしいので〔わたしは良く知らないところだった〕)、火曜までにリュックが必要だったのだ。
 明日、買いに行こうと思ってはいたけど、午後から、京都の教会で賛美集会があって、ぜひ行きたいし、月曜に買いに行ってもいいけど、どうせ行くなら詩音ちゃんと一緒に行きたいし…。と迷っていたのだ。
友人は、来週の遠足のことは知らなかった。でもあまりにもいいタイミングでプレゼントしてくださったことに、本当に感謝。神様は全てのことをご存知だと実感!
 これで詩音ちゃんも、遠足にリュックを持っていける。
ためしに背負ってみて「火曜日の遠足に持っていこうね」と言ったら「ヤッターヤッター!」と喜んでいた詩音ちゃんだ。

 本当に、何もかもが素晴らしい1日だった。ひとコマひとコマ、思い出すたびに胸が一杯になる。
思いの全てを言葉にすることができないほど、恵みの多い1日だった。ただただ、感謝…。
本当はもっと素敵な日記を書きたかったのだけど、言葉にならない…。
 神様、今日、コンサートに関わった全ての人、来てくださったお一人お一人の心に神様の愛と恵み、そして祝福を溢れさせてください!

けれども、あなたは聖であられ、
イスラエルの賛美を住まいとしておられます。
詩篇 22:3
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2004年10月29日

no title

 今日も朝から詩音ちゃんは可愛かったよ!
朝起きて、お布団の上で、「詩音ちゃんは今日も可愛い!」と言うと、「おかあさんはきょうもかわいい!」だって!(^◇^)
可愛いという言葉の意味がわかってるんかいな?と思いつつ、素直に喜ぶ。
「嬉しいぃっ!」って言ったら、詩音ちゃんも「うれしい!」って。
それからしばらく、「おかあさんかわいい」「嬉しい!詩音ちゃん可愛い」「うれしい」のやり取り。何を思ったか詩音ちゃん、「おとうさんかわいい」とまで言い出した。
仕方がないから「お父さんも、『嬉しい』って言って」と言ったら寝ぼけた夫は「おとーさんもうれしい」とボヨンと答えた。
 詩音ちゃんは、朝、こうやってお布団の上でごろごろしながら、わたしたちとじゃれるのが大好き。でもね、それで毎日遅刻してるのよ〜。
もっと早く起こさなくちゃと思うのだけど、わたしもついつい、目覚まし止めて寝ちゃうしね。
 ま、これも同じ部屋で、一緒に寝ている間しかできないものね。しっかり楽しみましょう。
≪11:45am≫

 さあ、ケーキ作り!ときもちは張り切っているのだけど、少し微熱があるようだ…。
 喉の痛みは大分取れてきたんだけど。軽い咳がまだ出ている。
神様、来週は、毎日予定が詰まっています。
神様のためにはずせない予定ばかりです。
どうか、この風邪を速やかに癒してください。
≪2:00pm≫

見よ。主の御手が短くて救えないのではない。
その耳が遠くて、聞こえないのではない。
あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、
あなたがたの罪が御顔を隠させ、
聞いてくださらないようにしたのだ。
イザヤ 59:1、2
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2004年10月28日

優先順位

 今日は朝から夫と喧嘩、と言うより叱られた。わたしの優先順位のつけ方が間違っていると。
 確かにそのとおり、ごもっとも。なんだけど、なんだかわたしの内面にまでイチャモンつけられたみたいで、ちょっぴり気分を害してしまった。
 でも、どこまでいっても夫がいうことのほうが正しくて、わたしが間違っているのだから仕方がないのだけど。
おかげで、今日は色々と仕事をしました。
でも夫のほうがもっと働いていました。うーん、申し訳ない…。

 昨日のことで、ちょっと書き忘れていたこと一つ。
すごーくどうでもいいことなんだけどさ、詩音ちゃんも成長したなー、と思ったの。おトイレのこと。前は和式だと、そのままそこに座ってしまいそうだったので、親がかかえてやらないといけなかったのに、いつの間にか、和式でもちゃんとできるようになっていたよ。
 スーパーに買い物に行っててね、「いい子にしていたらお菓子をひとつだけ買ってあげる」と約束して、他の買い物を大体終わり、いよいよお菓子を選んでいた詩音ちゃん。これがまた悩んで悩んで時間がかかる。そのうちに考えながら、ちょっと股のところを気にしだした。「おしっこ?」と何回か聞いて、やっと認めた詩音ちゃん。「お菓子はちゃんと買ってあげるから先におトイレ行こう!」と走っていった。
一番近いトイレは、和式しかなかった。一瞬迷ったけど、2回まで行くより、ここでしたほうが良い、と判断。
かかえてやろうとしたら、「しおんちゃん、おねえちゃんになったから、だいじょうぶ」と言う。「ほんまかいな」と思いつつ、いつでも抱えられる心積もりをしながら見守っていると、ちゃんとできた!うーん、こんなところも着実に成長…。
 そういえば、詩音ちゃん、おねしょってしたことないもんね。
病気のときに一度だけ、布団の上で出てしまったけど、それ以外にオムツをはずして以来、お布団の上でしたことはない。
遊んでいて、いきそびれることはあってもね。
おねしょシーツを買わずにすんだ分だけ、安上がりな子だったわ〜、と感謝。それに、洗濯物もふえなくてすむしね。
 食事の面では、落ち着きがなく、未だに食べさせないとダメなこともあるけど、ま、人それぞれ、発達する領域が違うものね。
(いつもこればっかりだけど)
 詩音ちゃんは、トイレトレーニングが、早く済んだし、あと、大人の心をつかむのが上手いね。言い訳も(^_^;)
 このまま、このまま、愛されて大きくなーれ!

神である主の霊が、わたしの上にある。
主はわたしに油をそそぎ、
貧しい者に良い知らせを伝え、
心の傷ついた者をいやすために、
わたしを遣わされた。
捕らわれ人には解放を、囚人には釈放を告げ、
イザヤ 61:1
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2004年10月27日

昨日、今日

 昨日は、大阪のS学園に、父のマネージャーとして同行した。父が、証しなど、キリスト教関係の仕事をするとき、バックアップする、という働きをさせて頂いている。それで、父の、クリスチャン部門のマネージャーというわけ。
 伺ったS学園はその建学の精神に
   「神なき教育は 知恵ある悪魔をつくり
    神ある教育は 愛ある知恵に人を導く」
という言葉を掲げておられる。
実際にはクリスチャンの教師も、生徒も、それほど多くはないとおっしゃっておられたが、この建学の精神を受け入れて、奉職しておられる先生方も、入学してくる生徒も、しっかりと種を蒔かれていると確信する。
 昨日のご依頼は、最初、文化講演会のような形で…ということだと理解していたけれど、結局証しと落語。
 父の証しはどちらかというと年配の人向けなのだけれど、時間的制約もあったので、かえって刈り込んでコンパクトにまとめ、最後には若い人の相応しい勧めも盛り込まれていて、よかったのではないかと思う。
 最初ざわついていた生徒たちも、先生の一喝で静かになり、後はよく聞いてくれていたように思う。寝ていた人もいたようだけど、騒ぐよりは(人に迷惑をかけないだけ)ずっといい。

 終わってからは、詩音ちゃんの待つ、西宮の実家へ。
というのも、昨日は、夫が夜、神戸のセミナーに出る日なので、保育園を早退させ、夫が電車で実家に連れてきて、そこで合流する手はずになっていたのだ。
 が、母が5時ごろ電話をしてみたら、なんと、そのころ家を出たと言う。3時過ぎに迎えに行って、何をしていたんだろう…と、不思議に思ったら、詩音ちゃんに長靴を買ってやっていたらしい。
でもその長靴、丁度よいサイズのがなくて、少し大きめのを買ったら、やっぱり大きすぎて脱げてしまうとの事。詩音ちゃんは普通の靴を履いていた。
 詩音ちゃんは、甲が高いと見えて、普通の靴を選ぶのも一苦労。まあ、長靴は、サイズ的に小さくなったから、仕方がないのだけど。

 まあ、すったもんだしたけど、結局詩音ちゃんと夫は随分遅くに連絡があって、駅まで迎えに行ったら、時間がないので、そのまま車で神戸に行くとのこと。結局夫はセミナーに少し遅れたけど、出席はすることができた。
 それから実家に戻り、詩音ちゃんは、賢くご飯をたべてグランマと機嫌よく遊び、夫の帰りを待って、一路滋賀へ。

 今日は特に何ごともなく…というか、昨日、学校で冷えたのか、荷物を運ぶのに少し雨に濡れたからか、とても頭が痛く、風邪がぶり返してしまったみたいなので、とにかく、のんびりして過ごす。
 昨日の日記も、ついにお休み。
ま、仕方がない、こんな日もあるよね。

主を恐れることは知識の初めである。
愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。
箴言 1:7
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2004年10月25日

賛美練習

 今日は、11月6日の賛美練習に行ってきた。
声も全然でないし、練習不足で、こんな状態で行っても、帰って迷惑かもしれない、という思いもよぎったが、T姉妹と交わって祈るだけでも良い、という思いで、出かけた。
 結果的に、よき神様の導きだったと思う。
子育てのことも含めて、色んなことを分かち合うことができた。そして何より、共に神様を賛美で来てよかった。
 わたしって、人間的に、というかクリスチャンとして、伝道者として、まだまだ練られていないところが多々ある。だもんで、T姉妹の話を聞いて「わたしもそうよ〜」って話していると、「え?Sさんでもそうなん?ちょっと安心したわ」っておっしゃってくださる。
わたしの足りないところも、ちょっとは人の励ましになってるって、感謝よね!?

 で、家庭のことや子供のことやら、色々はなしていて、そのときも話したのだけど、昨日、詩音ちゃんとお風呂に入っていながら考えたこと…。
 詩音ちゃんの言動を見ていて「いつそんな言葉覚えたの?」とびっくりすることがある。でもよく考えたら、わたしや夫、またわたしの両親など、身近な大人がどこかで口にしたり、行動したりしていることなんだよね。
 昨日もお風呂でちょっとそんなことがあって、「子供は親のいうことを素直に受け止める…。あー親って、責任重大だな」って思った。思いながら、「責任重大、ということは責任を取らなくてはならないと言うこと。でも、確かに親は、子供を愛しているから、育児に対する責任を取らなくちゃいけないし、またできる限り〔責任を〕とろうとするよね…。人間でもそうなんだもの、神様はどんなことでも絶対に責任を取ってくださる…。わたしたちは、神様〔親〕のいうことを素直に信じていればいいんだ…、神様は、どんな親より素晴らしい親なんだもんね…」
 もうひとつ、詩音ちゃんが、お風呂で色んなことをして遊んでいるのを見て、つくづく幸せな気分になった。
「叱らないといけない時はいやだし辛いけど、こうして、叱ることなしに、詩音ちゃんの遊んでいる姿をただ見ているだけの時って、なんて幸せなんだろう…。
待てよ、きっと神様も同じなんじゃないかな?わたしたちを叱ったり、訓練したりしなければならないときは神様も辛くって、わたしたちが神様のルールの範囲内で、喜んで、人生を楽しんでいる時、神様が戒める必要がない時、きっと神様も幸せな気持ちで眺めて下さっているんだろうな…。」
 そんなことをつらつら思った。
本当に信仰生活、神様と人間の関係って、幼子と親みたいなもんだな、って…。
 神様は、子供を産んでいない人には、それなりに、きっとその人にわかるような教え方をしてくださるのだろうと思う。
子供が5人いる人にもそれなりの教え方があるだろう。
わたしは子供が1人…。この1人を通して神様がたくさんのことを教えてくださっていることに感謝…。
 それに何より、可愛い詩音ちゃんを与えてくださったことに感謝…。

 その可愛い詩音ちゃんと今日は離れ離れ…。
明日の、父の仕事に同行するため、今日から西宮に泊まりこみ。
詩音ちゃんは、顔を見たら別れ辛いだろうから、と夫がお迎えに行き、詩音ちゃんが帰ってくる前にわたしは出かけた。
 今日は、夫が詩音ちゃんの子守。
いままで夜、子守をして寝かしつけてもらったことはあるけど、朝、わたしがいなかったことはない。
あ、7ヶ月の時(ほとんど8ヶ月前だったけど)わたしが入院した時はあったけど、あの時はまだ、小さくて保育園にも行っていなかったからね…。保育園に行き始めてから、初めて、わたしと離れて朝を迎える詩音ちゃん。ちょっぴり心配だけど、夫に委ねたい上は夫を信頼するほかはない。
 明日、夫は夕方から、また神戸に出かけるので、その前に、詩音ちゃんを実家に連れてきてくれる(保育園は早退)。
わたしが仕事から戻ったら、詩音ちゃんはグランマのお家で待っているという訳。
 詩音ちゃんは賢い子だから、きっと状況を理解できるに違いない…。淋しい思いをしないで、お父さん(夫)と楽しく過ごしてくれますように…。
夫にしたら、詩音ちゃんの歓心を買う大いなるチャンス!詩音ちゃんを独占できるので、大変だけど、それなりに楽しんでくれていることだと思う。
 でも、わたしの仕事を理解して、ちゃんと子供を見てくれる夫に感謝しなくちゃね!

 今日、新潟の震災のことを思いながら祈っていた。
来月、父の証しに新潟に行く予定だった。
まだ先方と連絡は取れない…。実現可能なのか…?
 開催地は、被害の最もひどい地域には入っていないようだけれど、協力教会などの状況もわからない…。
でも、今日いのりのなかで起こされた願いは、こんな時だからこそ、いってイエス様のことを伝えたい、ということ。
 もし、許されるなら、わたしも「遠き国や」を賛美させていただきたい。
 阪神淡路大震災の時、皆がどれほどあの歌に励まされたか…。
正直なところ、この歌は、今でも、歌っていると涙が出てくることがある。
でも、あの時、たくさんの人に祈られ、助けられたわたしたちだからこそ、行って、イエス様のことを語り、賛美させていただきたい…。
 神様、新潟に、どうかわたしたちを遣わしてください…。

まことに、あなたがたに告げます。
子どものように神の国を受け入れる者でなければ、
決してそこに、入ることはできません。」
ルカ 18:17
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2004年10月24日

no title

 昨日も、詩音ちゃん可愛かったんだ。
 夕方、保育園にお迎えに行ったら、もう月が出ていた。
それを見た詩音ちゃん「あ、おひさま〜」
「あれはお月様だよ」
「おつきさまとって〜」
「え?」
「おつきさまとって〜」
そのあと詩音ちゃんは、ジャングルジムじゃないのだけど、そんな感じのループジムというのにのぼってお月様を取ろうとした。
でも、ループジムに登ると、まだ低いところにあった月は隣の幼稚園の建物に隠れて見えなくなってしまった。
あわてて「おつきさまどこ?」と探す詩音ちゃん。
可愛かった〜(^◇^)

 今日はね、お昼寝起きに、「ぶどうたべる」
実はこれも昨日、保育園で散歩に行ったとき、木の実を取ってきたらしい。ズボンのポケットに入れてあったのを、昨日見せてくれた。
詩音ちゃんはそれをぶどうだと思い込んでいたのだ。確かに、色も大きさも、種無しぶどうのような大きさ。もちろんぶどうじゃなかったけど。
 それで、「あれはぶどうじゃないから、たべられないんだよ」といったら詩音ちゃんは泣いた泣いた。そんなに泣かなくてもいいんじゃない?と思うくらい、大泣きした。
床を拳で叩いたり、わたしの胸を押したり(叩こうとしたけど、それは思いとどまったようだった)しながら、泣き、怒っていた。
 結局、「ぶどうはない」ということを証明するために、冷蔵庫を見に行って、チョコを発見した詩音ちゃんは、それで納得したみたい。
 それまで「チョコは?チーズは?ゼリーは?」と何を聞いても「いらん!もうしらない!」と怒っていたのにね。
 結局、そのあと、「おかあさんだいすき」の連発。
 あー、今日もこの言葉に丸め込まれてしまうのね(^^;)

 今日は、久しぶりにHさんがこられた。忙しいこと、ご主人の病気、色々なことが重なって、自分の信仰が試されている、試練だとおっしゃっていた。なかなか教会に来られないけど、そのなかでもいつも神様を仰ぎ見ているHさんの姿に励まされる。
 今週の土曜日には、特別コンサート。色々打ち合わせをして備える。主がどうかこのコンサートを用いてくださいますように。

しかしイエスは、幼子たちを呼び寄せて、こう言われた。
「子どもたちをわたしのところに来させなさい。
止めてはいけません。
神の国は、このような者たちのものです。
ルカ 18:16
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2004年10月23日

no title

 今朝のこと、わたしがお弁当を作ってから、掲示板のレスをしていると、珍しく早く目を覚ましてしまった詩音ちゃんが起きてきた。
でも、結局は、座っているわたしの腕の中でまた、うつらうつら…。
 いい加減、時間も遅くなったので、起こすと、ご機嫌悪く、まだ寝ていたそう。
「お母さんお弁当作ったよ。保育園、行かないの?」
「おべんとうつくった?ブッシュバックは?」
「ブッシュバック?」
「うん、ブッシュバックは?」
「リュックサックのこと?」
「うん」
「リュックサックないのよー」
「ブッシュバックないねー、こまってるの」
「今度買ってあげるね、そのかわり、詩音ちゃん、お母さん、お弁当ちっさいカバンに入れたから、これもってね」
今朝、いつものお弁当袋が見当たらなかったので、その辺にあった、以前教会のOさんに頂いた小さなカバンに入れたのだ。
そうしたら、詩音ちゃん、それを持って大喜び!
「ちょっとみていい?(いっしょうけんめいかばんをあけて)わーい、おべんとうだ、やったー!!」
すごく可愛らしい喜び方で、こちらが嬉しくなっちゃう。
それから詩音ちゃん、「きがえる」「はやくいこうよー」と、保育園に行く気満々。げつようびからまた、まいにち「おべんとうつくった〜?」って聞かれるんだろうな(^_^;)
 しかし、詩音ちゃん、この前の遠足が余程楽しかったのか、お弁当を作った、と言ったら「バスのっていくの?」「しおんちゃんのおちゃもった?」と、どうも遠足気分。
 まあ、すぐに遠足じゃないということは分かったと思うけど…。
 それにしても、子供が大きくなるのは早いね…。やっぱりちょっと淋しい…。

 そういえば、先日、先聖日に御奉仕させていただいた神戸中央教会のF先生からお手紙を頂いた。
 父の集会には220名もの方が集われ、中でも30名は新来者だったそう…。
大きく用いていただけたことに感謝…。どうかどうか、続けて教会に来られる方も起こされますように…。
 午前の礼拝は200名、とのことだったけど、これって第2礼拝のことかな?第1礼拝とあわせて?
いずれにしても、たくさんの方とイエス様を礼拝できたことは感謝だった…!
日本において、もっともっとたくさんの方がイエス様の元へ導かれますように…。栗東でも、あんなにたくさんの方と礼拝できる日が来るといいな!

イエスはこれを聞いて、彼らにこう言われた。
「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、
病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、
罪人を招くために来たのです。」
マルコ 2:17
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2004年10月22日

忙しい1日

 今日は、午前中は家庭集会だった。
でもね、恒例のお菓子、作れなかった。
やっぱり風邪ひきだし、昨日も色々あって、作れなかった。
こういうこともあるよね。
Oさんの美味しいクレームブリュレもあったし、Iさんのおいしいアップルケーキもあったので、満足満足!
家庭集会は人は少なかったけど、有意義なひと時でした。

 午後は、久しぶりに日本語の学び。宣教師のK先生は、子供さんがたくさんおられるせいもあって、なかなか日本語の勉強の時間もままならないみたい。以前、過去にやったテキストを見せてもらって、そのテキストの次のステップのテキストを選んだけれど、勧めていくほどに、その前のステップも、不十分であることがわかってきた。
 今回から、少しペースを落として、初級レベルの文法についてのフォローをすることに。
I先生の宣教のお働きを少しでも助けられるようにと願いつつ…。

 夕方は、詩音ちゃんを早めに迎えに行って、4月から火曜保育園への申し込み手続きに行った。
 その前に、詩音ちゃんが園庭で遊んでいた時に、子供に足に泥水を引っ掛けられる、という出来事があった。
きちんと子供に謝ることを教えない親に、情けない思いがした。
 その後、詩音ちゃんと、学区の保育園に4月からの保育の申し込みに。
 今の園舎から見ると古くて職員室も狭く、なんだか…という感じ。今の園舎は、一昨年火事で焼け、昨年新しくたったばかりだから、そりゃ綺麗で当たり前なんだけどね。
 園長先生が出てきてくださったので一通り説明をした。
わたしの場合、仕事が特殊である上に病気もあって、しかもその病気の関係で、勤務形態も少し特殊なので、色々説明させていただいた。
 でも、保育園も認可のところはある意味でお役所仕事なのでややこしいね。
 ちょっとした言葉遣いで、認められたり認められなかったり。
不正に子供を預けて遊んでいるお母さんもいたりするらしいこと、また、保育園の空きを待ち望んでいるお母さんも多いこと(わたしもかつてはそうだった)、などなどによって、規制も厳しくせざるを得ないのだろうけど…。
 姉の地域の話などを聞くと、わたしたちの地域はとりわけ厳しいような気がするけど…。しかも、その割に保育料が高い。
 わたしが知っている限りでは、一般に幼稚園より保育園のほうが保育料は安いところが多いように思うが、滋賀県はその逆だ。
 滋賀で保育料を何万円も払っていた人が、同じ収入で他府県に行って、無料になったという話も聞く。
 まあ、園長先生が、説明に対して一応納得して受け取ってくださったので、入園できないと言うことはないと思うけど…。
 詩音ちゃんは、早速園庭にあった遊戯具で遊んでいて帰りたくなさそうだった。
「詩音ちゃん、来年から新しい保育園行くんだよ?」
「あたらしいほくえん?」
「うん、詩音ちゃん大きくなったから、小学校のとなりの保育園に行くんだよ」
そう説明したら、帰ってきて、嬉しそうに
「しおんちゃん、おおきくなったからしょうがっこういくの」
と話していた。
 この詩音ちゃんなら、新しい保育園(建物は古いけど(^_^;))にも、すぐに慣れることができるね!

 掲示板で、1人の兄弟と、すれ違いができてしまった。
たくさんの兄弟姉妹が、それぞれのことばでフォローしてくださった。
とても嬉しかった。皆さんに祈られていることを実感した。

あなたがたに言うが、この人が、
義と認められて家に帰りました。
パリサイ人ではありません。
なぜなら、だれでも自分を高くする者は低くされ、
自分を低くする者は高くされるからです。」
ルカ 18:14
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2004年10月21日

出会い

 今日は、朝から11月6日のコンサートの練習の予定だった。
でも、咳も収まらないし、喉の状態もひどいので延期してもらった。咳をしていると吐き気までしてくる。
早くすっきりしたい…。

 今日は午後から、詩音ちゃんも早退して家族で大阪へ。
北浜のアイル・モレ・コタで、K先生の書道展。K先生は鹿児島の長島という島で牧師をしておられる、わたしの神学校の先輩で、ステキな先生。牧師になられる前は、高校で漢文や書道を教えておられ、その教え子を何人もキリストに導かれた。息子さんや娘さんとも親しくさせていただいている。
 去年から、その息子さんがプロデュースされて、大阪で開かれるようになった。
 特に今年は、先生のお証しが語られる時間がもうけられ、息子さんのM君のピアノ伴奏もあるという。
K先生には、わたしたちの教会の40周年記念誌の表紙も書いていただいたりしたし、これはもう行くっきゃないよね、と家族で出かけた。
 今日のお証しのタイトルは「出会い」先生の「書」との出会い、「キリストとの出会い」についてのお証しだったけど、まさしく、人生における出会い、って不思議…。
 で、まあ、その会場で、懐かしい友人に出会えたこともびっくり。台湾に宣教に行っている友達で、帰ってきているって知らなかったから、本当にびっくり…。
 それから、古くからの知り合いにも合えたし、K先生の娘さんご夫妻にもお会いできた。実は彼女のご主人とも古い付き合い。彼が小学生のころから知っているものね。彼が、勤めで広島から神戸に出てきた時は、同じ教会に通っていたので、彼が献身の決心をする前後、本当に良く話した。不思議に弟みたいに思える兄弟で、今年の春生まれた赤ちゃんともご対面できて嬉しかった!
 という訳で、嬉しい出会いがたくさんあって、出かけて本当に良かった!と思える1日だった。
 帰りに、大阪のライフセンタ(オアシス)によって、「バウンダリーズ」をGet。
忙しいけど、早く読みたくてウズウズ。
 明日から少しずつ…ね。楽しみ!

 最近詩音ちゃんはよく叱られる。
あまり厳しく叱り過ぎないように、と思うけれど、悪いことは悪い、と今のうちにはっきりとした基準を植えつけることが必要、とつくづく感じている。
 特に、お父さんのことを好きなんだけど、ちょっかい出されるとつい叩いてしまうのは良くない。
「叩いたらダメでしょ?」と言うと「だって〜おとーさんがこうしたから〜」と言い訳する。「だったら口でやめてっていったら良いでしょ?蹴ったら痛いよ」
お父さんが悪くなくても「お父さんがいじわるした〜」とか。
時には、夫のちょっかいが行きすぎだと感じたら「お父さんもごめんなさいといって」と言うけど、叩いた詩音ちゃんも絶対に謝るまで、説得する。
 今日は、オアシスでパズルを買ったのに、次に行った外食先でも売店のおもちゃを「かって〜、ひとつだけ、おねがい」としつこい。
 あまりの可愛さに買ってあげたいきもちは山々。でも、今日はもうひとつおもちゃ(パズル)を買ったのだから、絶対にこれ以上は買わない。泣いて「もう知らない!」と怒っていたけど、「じゃあもうお母さんのこと嫌いなの?」と聞くと「首をふっていた。
 そういえば、最近「バカ」という言葉を時々言う。
それは、わたしたち(親)が耳にしたら、絶対に言ってはいけない、と言い聞かせ、謝らせているので最近「おかあさんのバ…」で止まることがある。少しはわかっているのだな、と思う。
 詩音ちゃんの悪いことばかり書いたので、ちょっと可愛いことをひとつ。といってもすごく変なこと。こんなことどこで覚えたの?という…。
 それは最近、帰ってきたときとか、靴を脱ぐと、足を鼻先へ持ってきて「くんくん」して「くっさ〜」と言うのだ。
 「そんな変なことやめなさい」と言うと「だって〜くつはいたからあし、くさくなっちゃった〜」だって。
誰がそんなことしてるのかなぁ?保育園で男の子とかがやってるのかな?ちょっとおかしいけど、可愛い詩音ちゃんではある…(爆)

あなたがたの会った試練はみな
人の知らないものではありません。
神は真実な方ですから、あなたがたを、
耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。
むしろ、耐えられるように、
試練とともに脱出の道も備えてくださいます。
Tコリント 10:13
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2004年10月20日

嬉しいことと悲しいこと

 昨日の詩音ちゃんのことなんだけど、とても嬉しいことがあった。
 昨日、PCの前に座っているわたしのところにやってきて、一生懸命話しかけたりしている詩音ちゃんがあんまり可愛くて、
「もう〜〜!!可愛い〜!!どうして詩音ちゃんはそんなに可愛いのっ?!」
とほっぺをうにゅうにゅしながら言ってしまった。
 そうしたらね
「だって〜、おかーさんだいすきなんだもーん」
だって!!(^◇^)
まあ、なんて嬉しいことを言ってくれるのよ〜〜〜!
と涙ちょちょぎれるほど喜んだわたし。

 だったのだけど…。
 昨日は、保育園にお迎えに行った時、すでに台風の影響が感じられる雨風だったので、慌てて家に帰り、家に帰っても、なんだかんだとバタバタしていた。
 いつも連絡帳に書いてあるコメントが楽しみで、お迎えの帰り道で、連絡帳を見るのに、昨日に限ってみていなかった…。
 今朝、今日の連絡事項を書こうとして、昨日のところを読んでいないのに気がついて読んでみると、昨日、詩音ちゃんはおトイレで、間に合わず、おしっこで足が濡れてしまったらしい。
で、先生に「いそいでいこうとおもったけどまにあわなかったの〜」と言ったらしい。先生は、そういわれたら、何も言えなかったのだそうだけど、実は、おトイレで遊んでいたとのこと。
つまり、詩音ちゃんは、「こういえばおこられない」ということを見越して嘘をついたのだ…。
 それを読んだ時、とても悲しい気持ちになった。
 実は、詩音ちゃんは、最近そういうことが時々ある。
「おこらないで〜、しおんちゃんがんばってるの〜」
そう言われれば、何も言えない。「頑張っている」のにできないのなら、それを無理強いすることはできないから。
 また食事の時に「頑張って食べるぞ、おー!」と掛け声をかけていたら、最近自分でもそれを言うことがある。大抵はもう食べる気がなくなっているのに、そう言えば、「偉いよ、頑張って食べようね」と誉めてもらえることがわかっているからだろう。
 本当におしっこが出るわけでもないのに、退屈しているために何度もトイレに行きたがることもある。
 とにかく、詩音ちゃんは言い訳が多い。それも、大嘘ではなくても、ちょっとした嘘の…。
 はっきりとした嘘は「言ってはいけない」と叱ることができるし、必ずきつく言い聞かせているけれど、嘘とほんとのボーダーラインにあるような嘘や、口先だけ良いことを言っている場合、叱ることもできない。
 子供は知恵がついて、そういうところを上手についてくる。
 頭が良い、と言えばいいのだろう。でも、こういうことに頭がよくても嬉しくはない。
 詩音ちゃんが、「平気で嘘をつく人」にならないように、しっかり教えていかなくては。
 でもね、今朝、「昨日おしっこの時、嘘言ったの?」と言ったら、心当たりがあったのか、泣きそうになって「いわないで〜」と言っていた。
 まずは、何がいけないことなのか、判断ができつつはあるようだ。
 「おしっこの時に遊んでいて、間に合わなかったのは自分が悪い」とわかっているから、ごまかそうとする。次は、その時に、むしろ素直に謝った方がいいのだ、ということを覚えてくれると良いのだけど。

 でもね、「おかーさんだいすきー」と1日に何度も言ってくれることは、そうね、そのうちの何度かはわたしを喜ばせるために言ってくれているとしても、その気持ちに嘘があるとは思えない。
 わたしだって、親にたくさんたくさん嘘をついて大きくなってきた。
 その「嘘」が罪だって、いつかきちんと自覚できるようになることが、何より大切なのだろうね。

 今日も、頭痛と咳が止まらない。
午前中は、祈祷会を休んで、休息をとる。
 あー、早くすっきりと直らないかな。
≪夕方≫

 今日も、ちゃんと言ってくれたよ!
「どうして詩音ちゃんはそんなに可愛いの?」
「だって〜、おかーさんだいすきだから〜」

 詩音ちゃんには本当に癒されるけどね、ちょっと残念なことがあった。
 でも、詩音ちゃん、わたしが悲しそうな顔をしていたら
「だいじょうぶ、しおんちゃんがいるから」
って、励ましてくれたよ。
 対人関係に前向きになろう、と思っていたらまたまた、ダメージ。
 でもね、その人のために祈ろうと思う。
今のわたしにできることはそれだけだから。

(さっき、一度、書いたことを訂正しました。
書くべきでないことを書いてしまったと思っています。
見た人がいないように、と願いますが…)
≪11:20pm≫

ですから、あなたがたは、すべての悪意、
すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、
すべての悪口を捨てて、
生まれたばかりの乳飲み子のように、
純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。
それによって成長し、救いを得るためです。
Tペテロ 2:1,2
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2004年10月19日

no title

 今日は一日、PCの前に座っていたような…。その合間に家事をチョコチョコ…。
 今日はリンクを2件、追加した。
最近、少し、ネットでの交流に憶病になっていた。というのも、自分自身も忙しくて、あまり十分に他のサイトに行くことも出来ないし、色々と、コミュニケーションの難しさを目の当たりにしたりもして、あまり手を広げるのは…という思いもあった。
 でもね、神様が与えてくださった出会いを大切にしよう、そんな思いが与えられた。
 教理的なことや、そういう考え方は、みな同じになれる訳がない、いつもそう思っていること。こだわるより、同じイエス様を見上げていこう、同じイエス様を伝えていこう、素直にそう思える。
 ついでにリンクページのコメントも少し加筆させていただいた。
 以前、全ての意見に同意していない、ということを書いていたら「同意していないのなら、リンクなんかしなきゃいいのに」という意見を目にしたことがある。
 けれども、やはり、全ての意見と同じであるとはいえないし、聖書理解の立場(考え方)も、様々だ。
 それでもリンクさせていただくのは、それぞれの皆さんの「信仰」が素晴らしいと思うから。
そのことを明記しておきたかった。
中には、わたしが立場の違う人たちとリンクしているのを見て「?」と思う人もいるかもしれない。
でも、なぜリンクしているのか、わたしのその思いを知ってもらいたいと思った。
 そして、考え方の違いは違いとして、「信仰」という着眼点でみていただけたらと思う。きっと、素晴らしい交わりができると思うから。
  今のわたしは、少しばかりネガティブになっているだろう。
大体、大きな御奉仕のあとでは、かのエリヤのように、「シュン」としてしまうタイプなのだけど、今回は、どちらかというと、御奉仕の前から、少しネガティブだったように思う。というか、奉仕のこととは別の面で、個人的な人と人との関係において、少しネガティブになっていたように思う。
 それでも、あえてリンクを増やすことに踏み切ったのは、自分の心の狭さを一蹴してしまいたかったからかもしれない。
 人の善いところばかりをみることのできる人がいる。
しかしわたしは、そうではない。人の弱さがやたらと目に付いてしまう。そう、確かに自分の目にある梁を忘れて、人の目の塵にばかり気を取られるところもあると思う。
 ただ、わたし自身も欠点の多い人間であると同様に、他の人にも、多かれ少なかれ、欠点はある。その欠点から目をそらさずに、欠点を欠点と認めた上で、相手を受け入れ、愛してゆければよいのではないか、というのが、わたしの思いだ。
 その昔、有名な少女漫画家が、「よく好きになったら『あばたもえくぼ』と言うけれど、そういう盲目的な愛は本当の愛ではなく、あばたはあばた、と認めた上で尚、好きだ、といえるのが本当の愛だ」というようなことを書いておられた。
それはわたしの中に強烈にインプットされた。その漫画家が好きだった訳ではないけれど、そのことばは印象的だった。
それ以来、わたしは心のどこかで、綺麗事でなく、相手の欠点も含めて愛する、ということが本当の愛だと思ってきたような気がする。
 それはまだイエス様と出会う前のことだったし、その漫画家の方も、別段クリスチャンという訳ではなかった。でも、今になって思えば、その愛は、わたしたち、いやわたしが罪人であった時に尚、愛し、その愛を、命を持って示してくださった方を思い起こさせる。
 こうして考えていると、先聖日に語らせていただいたメッセージが、日々、自分の中でどんどん深くなってゆく。
 まずわたしが憐れみを受けたのだ。
そのわたしが憐れみ深くならなくて、何としよう…。
 憐れみ深い人とは、神様が人に対して持っておられる態度と同じ態度を人に示すことのできる人々のこと。
それは、神様の憐れみを受けている者だからこそできる態度ではないだろうか。
 欠点を見ない事も愛かもしれない。人の善いところだけをみられる人は幸いだと思うし、尊敬する。
しかし、そうできない弱い、また罪深いわたしは、それであればそれなりに、人の欠点をも含めて、その人を受け止められる人間になりたい、と、つくづく思う。
 人の弱さをみた時に裁くのではなく、またがっかりするのでもなく、愛をもって、おおうことができる者になりたい。

 今日は、夫は朝から団体内の地区の祈祷会。午後からは県を二つ越えて神戸までセミナーに行ってしまった。
台風が近づいてきているので少し心配だけど、最近夫は、毎週このセミナーに出かけるのを楽しみにしているし、自分の知らないことをどんどん吸収しているようで、少し羨ましい。
 わたしももっともっと学びたい。
でも、セミナーに行くことだけが学びじゃないね。本を読むこと、とりわけ聖書を読んで祈ること。
 今のわたしに最も必要なことだろう。

 先ほど、母からの電話。
やはり調子が悪いらしい。
最悪の場合、両親揃って入院ということになるかもしれないとのこと。
 体の弱っているものが二人で家にいることは、心配なので、ある意味では入院することもひとつの方法かもしれない、とは思うものの、とにかく、両親の健康が守られるようにと祈る。
 わたしも、風邪が良くなりきらないで、咳が続いているし、声もガラガラ、体力も回復しきってはいないので、実家の応援には行きたいけれどままならない。
 神様が助けてくださいますように。

しかし、神に感謝します。
神はいつでも、私たちを導いて
キリストによる勝利の行列に加え、
至る所で私たちを通して、
キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます。
Uコリント 2:14
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2004年10月18日

no title

 まだ、昨日の恵みのご奉仕の余韻に浸っている。
 本当に不思議だと思う。
自分のようなものが大勢の方の前で、神様の御言葉を取り次がせていただくなんて…。
それでも、主の恵みによって、憐れみによって、立たせていただいていることに感謝。
 おそらく、わたしは伝道者として導かれていなければ、今頃はクリスチャンとして歩んでいなかったかもしれない、と思うことがしばしばある。神様の子とされた身分は、自分が放棄しようとしても放棄できるものではないけれど、ただ、教会生活や、クリスチャンとして歩むことは、放棄しようと思えば放棄できる。
 いや、放棄したいと思っていなくても、いつの間にか流されて、教会生活から遠ざかってしまわれる方もおられる。教会に行きたいと思っていながら来られない方もたくさんおられる…。
 わたしは、過去に一度だけ、「今日、神様が応えてくださらなければ、教会に行くことをやめよう」と思いつめたことがあった。その日、神様は人を通して、見事に応えてくださった。
わたしはその日以来、決して神様と、またわたしに具体的な愛を示してくださったその人を裏切らないと心に決めた。
 そのあとも、幾度も幾度も、「もうダメだ」と思うことがあったけれど、常に神様は真実に導いてくださった。
 ただ、そうして今ついに、神様は最初に与えてくださった導きのとおりに、伝道者としての働きを与えてくださった。
 わたしのように弱い人間は、自ら「献身者なのだから」と言い聞かせることで自分を守らなければ立って来られなかったのではないかと思う。ただ、実際には驚くほどはやくに、献身に与っていながら、今の場所に導かれるには、長い長い道のりがあった。
 しかしいつか「伝道者として」と言うヴィジョンを与えられたことはわたしにとって幸いなことだったと思う。そのヴィジョンに支えられて、荒野の18年(わたしが献身に導かれてから伝道者として歩み始めるまでの年数)を過ごすことができた。
そしてその荒野で受けた数多の訓練が、今のわたしの益となっている。
 昨日の、ご奉仕を終えて、今日になって、そのように長年の神様の愛による導きに感謝した次第。
 神様と、またわたしのために日々祈ってくださっている多くの祈りの友とに感謝。
 これからも、常に感謝を忘れない心で歩んでいかなくてはね。

 それにしても、長年伝道の第一線に立ってこられた牧師夫人の献身的な姿にはいつも頭が下がる。
 わたしたちが結婚して最初に訓練を与えられた前任地の教会の主に牧師夫人もそうであったけれど、昨日の教会の牧師夫人も、まさしく仕える夫人であった。
 わたしには欠けている点だと、つくづく思わされる。
自分を低くし、勤勉に使えること、もっともっと学ばなくては!

 詩音ちゃんは、本当に愛される子だと思う。
とても可愛いのだけど、それは単に外見的なことではなく、きっと神様が「愛される」という賜物を与えてくださったのではないかと思うほど。
 昨日も、本田弘慈先生の娘さんに、「自分の孫に似ている」と午前中の間中、可愛がって頂き、また牧師先生からは、風船細工のプレゼントを頂き、また牧師夫人からも手作りのブローチを頂いた(ブローチはわたしも母も頂いて、とても嬉しかった)。
 帰ってきたら、教会のO姉妹が、先日、O姉妹のお宅に、詩音ちゃんがお邪魔した際の写真を夫に託してくださっていた。
O姉の息子さんと詩音ちゃんが一緒にお風呂に入っている写真。
もう可愛くて可愛くて、こんなのネットに公開したら、絶対悪用されちゃう、ということで、ネットでは非公開(^^)
 顔じゃないんだよね。もちろん顔も可愛いけど、なんだか内側から愛されるために生まれてきたオーラが輝いているような…。
 そうだね、詩音ちゃんだけじゃなくて、人はみんな愛されるために生まれてきたんだよね。
 きっと世の中の親は誰しも、自分の子供をみながら、わたしのように感じているはず…。
 それなのに、子供の虐待や苛めのニュースが後を絶たない。
滋賀でも、虐待の相談が増えているとか…。
悲しい、悲しすぎる世の中だ。
 昨日は、マタイの5章3節から9節までの7つの幸いについて語らせていただいたのだけど、自分自身、この人の罪と、罪がこの世にもたらしている結果を悲しまないではいられない。
感謝なことは、その人は慰められる、という神様の約束だ。
 続けて、人々の救いのため、また日本のリバイバルのため、祈っていこう。
希望をもって、神様を見上げて。

悲しむ者は幸いです。
その人たちは慰められるから。
マタイ 5:4
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2004年10月17日

伝道礼拝

 今日は、神戸中央教会で、伝道集会のご奉仕。
父とセット(?)で、朝は、伝道礼拝ということでわたしがメッセージさせていただき、午後から、父の証しの講演会。
 昨日から、詩音ちゃん共々、実家に泊まり込んで、朝から出かける。
 実は、昨日、わたしは自分の服や、今日配らせていただく「ゴスペル・イン・文楽」のチラシを忘れ、夜になって、車を走らせ、栗東まで往復。実家に戻った時には、詩音ちゃんは、母が寝かせてくれていたので、わたしは一人でお風呂に入り、メッセージの最終チェックと手直しをして、3時過ぎに寝ただろうか?
 朝の目覚めも、まあ悪くはなく、風邪も祈りとうがいの甲斐があってか最悪の状態は脱したようだ。
 交通事情もスムーズで、だいたい自分が思い描いていたとおりの時間に到着することができ、まずは一安心。
 メールやお電話でご連絡を取らせていただいた方々とも顔をあわせることができ、なんだか嬉しい感じ。
 実は、わたしは他団体の教会での、それも伝道礼拝などというものでメッセージを語らせていただくのは初めてのことで、少々緊張した。いや、厳密に言うと緊張とは違う。「わたしなんかでいいのだろうか」というような、ちょっと場違いな感じ。
 神戸中央教会は、本田弘滋先生が創設された教会で、歴史もあり、会員数も多く、わたしのような駆け出しの伝道者が語らせていただくには恐れ多い…という思いがあった。
 でも、よく考えたら、小さい教会だからどうのこうのというのはおかしいので、来られている会衆のお一人お一人は、教会のサイズに関わらず神様の目に高価で尊い魂なのだし、過去の歴史がどのようなものであっても、今用いられている教会であるという事実が素晴らしいのであって、その意味では、栗東教会で語らせていただいたこと、また団体の他の教会で語らせていただいたことと、ご奉仕のないように差があるわけではない、ということだ。
 もちろん、わたし自身、過去の自分の教会でのメッセージの取次ぎを、「小さい教会だし…」なんて、軽んじたつもりもない。
1回1回、神様の御言葉を取り次ぐ、貴重な機会だと思ってご奉仕させていただいてきたのだから、そういう意味では、同じ気持ちで、ご奉仕させていただけばいいのだ、と思うと少し肩の力が抜けた。
 問題は、風邪の方で、昨日まで、口を開いて話そうとすると咳が出る状態で、こんなんでメッセージが語れるのか?いや、メッセージの時は絶対に神様が守ってくださるだろう、などと、思いながら祈り、うがいを繰り返していた。
 さすがにメッセージ前の会衆賛美では、大きな声は出さず、心を合わせて、小さな声で賛美し、喉を守った。
 いざメッセージ。最初少しむせたのと、口の渇きで、2,3度言葉がもつれたけれど、さほど大きな支障もなく、語り終えることができた。
 会衆は、100人以上はおられたと思う。もっとかな?
後ほど、出席者数をお聞きしておこうと思うけれども、こういう人数を前にメッセージを語らせていただくのは初めてのこと。自分が救われた教会は、会員が200名を超えていたと思うので、証しは大勢の前でさせていただいたことがあるけれど…。
 でも、不思議にそれほどの緊張感もなく、思っていたとおりに語ることができた。背後の祈りを心から感謝した。
 実は、朝から携帯で祈りの応援を下さった姉妹もあり、そのような祈りに支えられていると、心から実感した。

 詩音ちゃんは、集会の間中、本田弘慈先生の娘さんにお守りをしていただいたようで、それこそ、なんと恐れ多い…。

 昼食は、福田先生を始め、教会の役員の方や前任の仁科博雄先生も交えて(なんと、仁科先生は父の証しを聞くために、わざわざ来てくださったとのこと…恐れ多い…)、お交わりを頂く。

 午後からの父の証しの講演会もたくさんの人がきて下さり、また、父の話もとてもよく聞いてくださり、笑ってくださり、盛況だったようで感謝。
 あとは、教会の皆さんに委ね、神様に委ね、感謝して帰ってきた。
 母が途中体調を崩してしまったのが少し残念だった。
 母の調子がよければ、もう1泊しようかと思ったのだけど、結局、夜帰栗。やっぱり自宅は良い。

 1日、充実した日を過ごさせていただいたことを、心から感謝…。

イエスは答えて言われた。
「『人はパンだけで生きるのではなく、
神の口から出る一つ一つのことばによる』
と書いてある。」
マタイ 4:4
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2004年10月16日

行き違い

 なぜ、人の言葉は行き違ってしまうのだろう。なぜ、それぞれの人の思いがうまく伝わらないのだろう。
特に書いたものというのは、そのニュアンスを、正しく伝えることが本当に難しい。
 自分のサイトが直接絡んでいるわけではないけれど、うちのサイトに来られた方が、結果的にそのことに関わって、他の方とトラぶってしまわれた様子。
 直接関わっていないので、なんとも口出しする訳にも行かず、心を痛めて見守り、祈っている。
 そのことで、当事者の方が、このサイトに来にくくなってしまわれたのではないかと心配している。
 無論、誰かが来てくださることも、来られないことも、その方の自由なので、わたしは基本的には「来てください」と、あまりお願いしたくはない。
本当に来たければ、来て下さるだろう。来たいという気持ちが起こらないのは、このサイトにそれだけの魅力がないということなのだろう、と思う。
 もちろん、書き込みをされていなくても、来てくださっている方のあることは重々承知しているし、それらの方を心から感謝している。
 いや、たとえ、ただ1度、このサイトを訪れてくださっただけの方でも、本当に感謝している。書き込みをしてくださらなくても、誰かの目に止まったというだけで、わたしは嬉しいし、ましてや、このサイトから何かを感じてくださった方があれば、なおさら嬉しい。
 このサイトに来られていた方が、他に居心地のいい場所が見つかって移っていかれたとしても、それはその方の自由なのだし、その方がより、相応しい場所を見つけられたのなら、それも幸いなことだと思う。
 このサイト(空鳥)は、来て下さっている方々と一緒に作り上げているページでもある。
自然とそのときの話の流れみたいなものができてしまうので、場合によっては(人によっては)入りにくい、と感じてしまわれることもあるかもしれない。反面、話題の流れでそれまで入りにくかった人が入れることもあるかもしれない。
人と人が集まるのだもの、ある程度は仕方がない、と思う。
 そういう意味でも、わたしは、「来てください」とは、わたしのほうからはお願いできない。
 クリスチャン検索サイトに登録しているということは、ある意味広告を出しているようなものかもしれない。しかしそれ以上に呼び込みはしない。
 サイトを開いているというのは、ある意味で、お店を開いているようなもので、通りがかりの人が気にいれば入ってくださればいい、と思うし、口コミで来てくださる方があれば、それも嬉しい。何より、このサイトを通して、神様の愛に、少しでも触れていただければ、という、ただそれだけが願い…。
 誰もが無理をしないで、自分で楽しめるスタイルを見つけてくだされば幸いだと思う。
 皆で、愛を持って作り上げてゆければ何より、と願いつつ祈りつつ…。

 詩音ちゃんは、昨日も「しおんちゃんがいるからだいじょうぶだよ」「あいしてるよ」を連発して、寝かせてくれた。
優しい詩音ちゃん。
特に、わたしが気分的に、少しダウンしていたのを感じていたのだろう。とても明るく振舞ってくれていた詩音ちゃんだ。
 今日は、詩音ちゃんと一緒に、実家にお泊り。
詩音ちゃんは、グランマやグランパの家が大好きなので、大喜び。
 明日はいい子にしていてくれますように!

互いに忍び合い、だれかがほかの人に
不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。
主があなたがたを赦してくださったように、
あなたがたもそうしなさい。
コロサイ 3:13
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2004年10月15日

no title

 昨夜の詩音ちゃん。
寝る時にね、何かの反射で光の球(?)が天井にゆらゆらしていたの。
それを見た詩音ちゃん「みてみて!ひかりだよ」
わたしは風邪でしんどかったので、詩音ちゃんより先に布団にもぐりこんでいたのだけど、詩音ちゃんに声だけで「うん、光だね」と相槌を打った。そうしたら詩音ちゃん、何を思ったのか、「だいじょうぶだよ、しおんちゃんがついてるからね。あれはひかりだよ、おばけじゃないよ。だいじょうぶだよ。しおんちゃんがついてるからね」と言い、わたしのこと、布団の上からトントンしてくれた。どうも寝かしつけてくれているらしい。
 うーん、可愛い!
 今、猫じゃらしに夢中で、車の中からでも、すぐに猫じゃらしを見つけて「あー!ねこじゃーし!!(^◇^)」
猫じゃらしを取ってきたら、車の後ろの席からわたしの頭や腕のところに「こちょこちょ」ってしてくれて、それをされるとわたしは「くすぐったーい!」と言わなくてはならない。服の上からで何も感じなかったとしても(^_^;)
 でもね、詩音ちゃんがあんまり可愛いから、ついつい付き合ってしまうのでした。

 とりあえず、今日は、風邪のため、寝込むことにします。
咳が止まらず、ずっと咳をしているので、腹筋も痛いし、喉は切れるように痛い。日曜に向けて、体調を整えなくては…という訳なので、サイト巡りも、掲示板のレスも、メールのお返事も、全部まとめて、ゴメンナサイ、状態。
必ずちゃんとお返事しますので…。
≪9:50am≫

しかし、わたしの名を恐れるあなたがたには、
義の太陽が上り、
その翼には、いやしがある。
あなたがたは外に出て、
牛舎の子牛のようにはね回る。
マラキ 4:2
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2004年10月14日

賛美練習

 今日は、11月6日のミニコンサートの奏楽者の姉妹との賛美練習だった。
やはり声は全然出なかったけれど、それでも行ってよかった。
 奏楽の姉妹と、前回やった曲も再確認し、打ち合わせすることができたし、また、伴奏のアレンジも、更に色々と考えてくださっていて感謝だった。
 楽しいひと時を神様に感謝しつつ当日まで、また練習に励もう、と心を新たにして帰ってきた。
 その姉妹とも話していたのだけど、わたしとその姉妹は似ているところがあって、実は怠け者で、奉仕の場が与えられると燃やされて頑張るけど、結構燃え尽きやすく、バアルの預言者と戦って勝ったあとのエリヤのように、奉仕のあと、結構しょぼくれてしまう。でも、神様はまた立ち上がらせてくださって、奉仕の場も備えてくださる。神様は、わたしたちがしょぼくれ切ってしまわない程度に、奉仕を与えてくださって感謝…などなどと話していた。
 怠けようと思えばいくらでも怠けられるけれど、ちゃんと怠けすぎにならないように、立たせてくださり、反面、忙しくなりすぎるとつぶれてしまう、弱さをも配慮してくださっている、と二人で感謝した。
 その姉妹とは色んなところで共感でき、信仰的にも音楽的にも一致しながら、共に賛美できるので、感謝している。

 先日、Windowsをアップグレードしたのだけど、それから、セキュリティー基準が高くなって、色々と面倒なことがある。
うちは、ネットに繋ぐ場所と、プリンターの置き場所が違っていたのだけど、ネットに繋いでいないと、プリントもうまくできない。
セキュリティのレベルをそのときだけ下げるのも面倒なのだけど…。大体、色んなものが入っているので、何がなんだかわからないし…。
昨日も、プリンターが使えなくて、明け方まで格闘。
結局、デスクトップPCに、印刷したかったマテルアルのソフトをインストールして、フロッピーでファイルを移して印刷。あー、面倒くさい。
今日になって、セキュリティの問題だと気がつき、故障じゃないとわかったけど、それまで、セーフモードで起動したり、システム修復をしてみたり、なんだかんだと、悪戦苦闘してしまった。
便利は便利だけど、振り回されないようにしなくちゃ、と思い知らされたことだった。
 思えば、インターネットの存在自体、便利だし、役にも立っているし、友好範囲も広がって楽しんでいるけれど、たくさんの問題も内包しているように思う。祝されるコミュニケーションもあれば、人に不快感や躓きを与えるコミュニケーションもある。
サーバーメンテでつながらない、というだけで「何かあったのでは!?」なんて心配をしてしまったり…。
 わたし自身、便利さに惑わされて振り回されないようにしなければならない。
これは、この前から気付かされそのことを通して、掲示板を休止したりもさせていただいたのだけれど…。
 祈りつつ、第1の物が何かを考えながら、一つの道具として用いていくことが大切なのだろう、と思う。決して支配されてはいけない、と。

兄弟たち。
あなたがたは、自由を与えられるために
召されたのです。
ただ、その自由を肉の働く機会としないで、
愛をもって互いに仕えなさい。
ガラテヤ 5:13
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2004年10月13日

風邪

 風邪をひいてしまった。喉の痛み、咳、頭痛。今日は辛くて、祈祷会に出られなかった。
ここのところ、急に涼しくなったり、暑いくらいになったり、していたことと、自己管理の悪さが原因だろう。
明日は11月のミニコンサートのための練習日なのだけど…。
祈りとうがい、かな?

 午後から、少し気分が良くなったので、以前から考えていた、替え歌賛美の歌詞に手をつけた。ほとんど、そのままなのだけど…。
11月のコンサートで歌うかどうかは未定だけど、練習だけはしておかなくちゃ…ね。
でも、かなり個人のパーソナリティーの力量が必要な歌だからいまのわたしにはまだ無理かなぁ…。

 今日は、詩音ちゃん、夕食の途中から「眠い」と言い出した。
「ネンネする?」と言うと「うん」と言う。
「本当に本当にネンネするんだね?後で起きる!って言わないね?」と念を押すと、「ねる」と言う。
結局8時前からお布団に入る。結果的に9時過ぎまで詩音ちゃんは起きていたみたいだけど、わたしのほうがうつらうつら…。
 9時過ぎに、詩音ちゃんが寝たのを確認してから、わたしも寝てしまったけど、11時過ぎかな?姉からの携帯メールで目が覚め、片付け物をした。
 詩音ちゃんは本当に可愛い。わがままも言うけど、何でこんなに可愛いのかと思う。それに1日に何度も、いや何十回も「おかーさんだいすき」と言ってくれる。いや、言ってくれるだけじゃなく、抱きついてもくれる。こんな幸せ、今だけなのかな、とは思うけど。
もちろん、「おかーさんだいすき」が一番多いけど、「おとーさんもだいすき」「グランパもグランマもだいすき」「○○せんせい(保育園の先生)もだいすき」後に保育園のお友達が延々続くこともある。結局「みーんなだいすき!」と言う詩音ちゃん。
それって素晴らしいことだよね!詩音ちゃんはウソで「キライ」と言うことはあるけど、本当はみーんな大好きなの。
 詩音ちゃんは本当に幸せなのだな、と思う。そのように育ってくれていることに心から感謝する。
 詩音ちゃんは、神様がわたしたちに預けてくださった大切な天使。幸せに育ってくれることが何より…!それはわたしにとっても何よりの幸せ。
 神様に預けられたこの天使、いや、一人の罪人を神様の元に導くことは、わたしの大きな使命。祈りつつ、大切に育てさせていただく。

神、その道は完全。
主のみことばは純粋。
主はすべて彼に身を避ける者の盾。
Uサムエル 22:31
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2004年10月12日

no title

 他サイトに、一時的に保管していた背景画像がどうしても読み込めなくなってしまったので、置き場所を変えた。
他の人が、「これはなんだろう?」と思えば目に触れる場所に置かざるを得なくなってしまったことは、気になるけれど、そのサイトも、まあ、変な人は来ないだろう…と希望的観測を持って置いている。
 PCのファイルから直接アップできると便利なんだけどね。

 詩音ちゃんは、最近広告の切り抜きにはまっている。
広告を持ってきては「これきって〜」と切抜きを迫られる。
広告の内容に特に一貫性があるわけじゃない。とにかく目に付いたものなんでも、だ。商品の写真が入っていればそれでいいみたい。かくして家の中は、そうでなくても散らかっているのに、ますます鳥の巣状態になっていく。
詩音ちゃんの見ている前で片付けようとすると「あ゛〜もう!(-_-メ)しおんちゃんの〜、せっかくもう〜」と、訳のわからないことをまくし立てて怒られる。
 仕方がないからそのままにしておくと、こっちも、夜詩音ちゃんと一緒に寝てしまったりして、片付けそびれ…ってな具合になる。まあ、小さい子がいるうちは仕方がないよね、と自分に言い聞かせる。

 詩音ちゃんは草や花が大好き。
今日も、保育園のあと、耳鼻科に向かっている車の中から猫じゃらしのたくさんはえているのをみつけ「あー!ねこじゃーし!あとでとったげるわ。ほくえんのせんせいに『とったよ』っていっとくわ」とうれしそうに話していた。
結局耳鼻科の前に一本だけ生えていた猫じゃらしを取って、それで我慢してもらったけど(^_^;)
 金木犀も、保育園の先生に、「いいにおいがする」って教えてもらったみたいで、保育園の園庭にあった金木犀のところに連れて行ってくれて、「これにおいするねん、ほくえんのせんせーがおしえてくれた」と言っていた。
あちこちで今、金木犀が満開で、それを見つけるたびに「あ!においのヤツ!」と叫んでいる。
タンポポ見つけるのも上手だしね…。
 それで、と言う訳でもないのだけど、裏庭に生えている雑草、抜こう、抜こう、と思いながら、それがタンポポなのがわかると、どうしよう…と迷ってしまう。花が咲いたら詩音ちゃんが喜ぶだろうな…って。
とりあえず、花が咲くまで待ってみようか…。

 「未来少年コナン」のDVDが手に入ったので、最近詩音ちゃんに見せたら、結構気に入ってみている。
 懐かしい、本当に懐かしい作品だ…。わたしが高校生のころのかな…?作品的にはとてもいい作品だし、後の宮崎アニメの原型みたいなところも多々あるし…。
 ただ、作品の作画の荒さが目に付いて仕方がない。
話している顔の色が途中でぱっぱっと変わったり、片腕だけ色が違ったり…。
当時のアニメ制作事情、みたいなものもあるんだろうけど(ブームということもあってか、今よりものすごくアニメ作品の数が多かったように思う)ものすごく雑。
 で、これを見るほどに、「家なき子」や「宝島」がいかに丁寧に作られていたかがわかる。「家なき子」や「宝島」では、まずそんなことはないもの…。
 まあ、あら捜ししても仕方がないから、作品を楽しんでいるけどね。

 コンサートに備えて歌の準備も…と思いつつ、風邪をひいてしまったようで、喉の調子が悪い。
今日は早く寝なくちゃ…。

あなたは、人がその子を訓練するように、
あなたの神、主があなたを訓練されることを、
知らなければならない。
申命記 8:5
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2004年10月11日

世界宣教Day

 宣教Dayはとても恵まれた!
 講師の大田裕作先生は落語のように立体的に、カリマンタン宣教師としての体験談を話してくださり、とても話がお上手だと感じた。そして、面白みの中に、シンプルに福音を伝えることの大切さを情熱を持って語ってくださり、幸いなひと時を過ごさせていただくことができた。

 思えば、わたし自身、不思議に多くの宣教師の友人がいる。
救われて(クリスチャンになって)間もない頃から、海外宣教にとても関心が与えられた。宣教に熱心な教会であったことも関係あるだろうし、友人たちの多くが、海外宣教に遣わされていった、ということも関係あるだろう。
一時は「自分も海外宣教に導かれているのだろうか?」と思うほど、海外宣教に関心はあったけれど、不思議に、自分が行くことは導かれず、友人、先輩諸氏の宣教師のために、祈り、ささげ、励ますという働きを通して、宣教に与ってきた。
 また、自分自身、宣教協会という場所で、神様と宣教師、また諸教会に仕えさせていただくことができたのも、大きな宝だったと思う。
 更には、台湾と香港だけだけれども、宣教地を訪問する機会が与えられたことも感謝だ。宣教師がどんな場所でどんな働きをしているのか、具体的に思い描くことができるのは祈りにとって大きな力となる。
 また、アメリカから日本に使わされている友人の宣教アピールにも同行する経験が与えられた。
 わたしはアメリカ人宣教師の教会で救われ、また、その後も長年アメリカ人宣教師の牧会する教会に集い続けたので、どのような愛と熱意を持ってその宣教師が送り出されてきたのかを知ることは、大きな益となった。

 そういえば、9月の宣教の学びの場で聞いたひとつの言葉がわたしの心に強く残っている。
「命がけの信徒がいなければ命がけの宣教師を送り出すことはできない」
 伝道、宣教の業は伝道者だけのものではない。むしろ一人一人の信徒の力が大きな支えとなり力となる。
国内宣教、海外宣教の別なく、いやむしろ、伝道活動の両輪として、バランスを持って力を注いでいくことが教会には必要なのだと思う。
 わたし自身もまた、国内宣教の働きに与りつつ、祈りや献金、また励ましを通して、海外宣教に与ることができるのはなんと感謝な事か!
 これからも、主の業に与り続ける幸いに感謝して、歩み続けよう!

こう言われた。「次のように書いてあります。
キリストは苦しみを受け、三日目に死人の中からよみがえり、
その名によって、罪の赦しを得させる悔い改めが、
エルサレムから始まってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる。
あなたがたは、これらのことの証人です。
ルカ 24:46〜48
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2004年10月10日

no title

 昨夜は、向日かおりさんのコンサートに出かけた。
台風の余波がきつかったらどうかな?と心配していたけど、雨もやんで、わりにたくさんの方がこられていた。
 ススキとコスモスを飾った会場で、秋らしい、ステキな雰囲気のコンサートだった。
 向日さんの歌声は透明で、ピアノもステキで、それに、思いやりと優しさに溢れたステージだった。
 神様の賜物について、本当に納得できたステージだった。
やっぱり用いられる人は、違う…もちろんそこには本人の努力も並大抵ではないのだろう。
 でも、向日さんに素晴らしい賜物を与えられた神様を心からほめたたえた。

 向日さんのコンサートは、客席と一緒に歌うのが何曲かあって、向日さんと一緒に歌えるなんて、なんて嬉しい、とばかり、張り切って声を張り上げていたら、ステージのあと、向日さんに「客席に一人、すごい声の、歌手みたいな人が1人いたの、あれ○○先生でしょ?」と言われてしまった。
 あとで夫にその話をしたら、「あなたも、身近にピアノのいいパートナーがいたらよかったのにね…」と言われました。
これは励まし、だと受け止めておこう…。
 向日さんもね、ちょっと個人的に色々な思いが重なって、「大きな古時計」の歌が途中で涙で歌えなくなってしまって、わたしの大声に支えられた、って言ってくださった。
 向日さんは、普段はステージで泣くことはめったにないし、ないても歌えなくなることはないのだそう。昨日は本当に特別な思いの中で歌ってくださった事、心に刻む。
そして向日さんの心の中にあることのために、切にお祈りした。

 アンコール曲は「君は愛されるためにうまれた」!
サビのところだけみんなで歌ったのもすごく嬉しかった。
 最後の最後まで本当にステキなコンサートだった。

 昨日の詩音ちゃんの爆笑のお祈り。
詩音ちゃんを寝かせようと布団の中で、横になりながら「詩音ちゃんのためにお祈りするね」と祈り始めた。と、途中詩音ちゃんがいきなり割り込んできた。詩「かおりさんのうたをききにいきました」わたし&詩「ありがとうございます」
詩「それから、グランマはどきんちゃんです、ありがとうございます。グランパはジャムおじさんでございます。それから、おとうさんはあんぱんまんです。おかあさんはめろんぱんまちゃんです。しおんちゃんは、ほんとうにばいきんまんです。ありがとうございます」
わたしは必死で笑をこらえて「イエス様のお名前によってお祈りします」を唱和した。
 こんなお祈りでよかったのかな?
このお祈りが何ででてきたのかと言うと、きのう何度も、この配役(?)について詩音ちゃんが話題にしていたからで、以前から詩音ちゃんは、自分は「ばいきんまん」と決めていた。お母さんがアンパンマン、とずっといわれていたのだけど、昨日私が「お母さんはメロンパンナちゃんがいい」といって、「おとうさんは本当はアンパンマンなんだよ」と言うと、「グランマはどきんちゃん」と言った詩音ちゃん「グランパは?」と聞いたら「グランパはぁ、えーと、えーと」と考えているので、「ジャムおじさん?」とふると「ウン、ジャムおじさん」とのこと。
これでみんなの配役(?)が決まって、たまたま夜電話で話した母(グランマ)にもこのことを一生懸命はなしていた詩音ちゃん。よほど印象に残っていたんだろうな…。
 今日はまだ、この配役(?)についての話題は出ていないけど…。

 今日は詩音ちゃんは一日よく遊んだ。
教会では、少し大きいお兄ちゃん、お姉ちゃんと走り回って遊んだし、家でもDVDを見たり、切抜きをしたり、お昼寝は、賛美集会の時に15分くらい(?)お父さんの腕の中で寝ただけ。
夜は早く寝てくれるといいな。
 明日も、保育園はお休み。
明日の集会は、子供も少ないだろうし、詩音ちゃんは退屈かも。
ちょっと可愛そうだけど仕方がない。
午前中に少し遊んであげるようにしなくちゃ…。

 どうも、知り合いのサイトの掲示板で、またまた言葉のすれ違いがあったようだ…。
難しいね…ネット上のコミュニケーション。
誰も悪気はないと思うのだけど…。
 祈りつつ、やっていくしかないね。
でもね、皆が何の問題もなく、仲良くなれるということはないのがこの世だと思う。
 諦めではなく、この世ではクリスチャンであっても、まだ罪の体に縛られているわけだし、まだまだ罪の影響を受けている。奇麗事だけではすまないのは当たり前だと思う。
考え方も、環境も違う人が、面と向かっても誤解の生まれやすい人と人が、書かれた文字だけでコミュニケーションするのだもの、そう簡単には行かないよね。
でも、いつものわたしの思い、理解しにくい人と人だからこそ、互いに理解したいと思い、思いやりを持って接していくことが大切なのだと思う。
 傷ついている一人一人の心が癒されますように…。

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから
目を離さないでいなさい。
イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、
はずかしめをものともせずに十字架を忍び、
神の御座の右に着座されました。
あなたがたは、罪人たちの
このような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。
それは、あなたがたの心が元気を失い、
疲れ果ててしまわないためです。
ヘブル 12:2,3
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