2005年02月28日

ETC

 そういえば、昨日始めてETCを使った。
運転していたのは夫で、わたしたち家族と教会のU兄と載っていたんだけど、初めてETC専用のゲートをとおるった時、思わずみんなで声をそろえて「お〜〜〜っ!」なんかねぇ、嬉しかったわ〜。すごい優越感。別に偉い訳でも何でもないんだけど、妙に嬉しかった。なんか、この優越感だけでもなんか、ETCつけた甲斐があったってもんだなあ、と単純に思ったわ。

 詩音ちゃんのお祈りが思しろい。詩音ちゃんは、食事のお祈りも寝るときのお祈りも、ほとんど一緒。それで、最近は、なんか自分のお願いとか、そういうのも一緒に祈るようになって…。
「あいするてんのおとうさま、きょうもこのごはんをありがとうございます。きょうもグランパのあしをなおしてください。おかあさんのあしはなおりました。しおんちゃんのおせき(咳)をなおしてください。みずいろのカメラがまだこわれていませんのでこわれたらぴんくのにかえますのでいえすさまのおなまえによっておいのりしますアーメン」
読みにくいので感じに変換するとこういうこと。
「愛する天のお父様、今日もこのご飯をありがとうございます。今日もグランパの足を治してください。お母さんの足は治りました。しおんちゃんのおせき(咳)をなおしてください。水色のカメラがまだ壊れていませんので壊れたらピンクのに変えますのでイエス様のお名前によってお祈りしますアーメン」
わたしの足はこの前怪我をした時から祈り始めて、途中で「もう治ったよ」といったらそれから、治った報告をしてくれている。
カメラというのはおもちゃのカメラで、少し前のファミレスでわたしの母に買ってもらったのだけど、その時は水色が言いといって水色のを買ったのに、最近ピンクのが欲しいという。だから「水色のが壊れたら買ってあげる」といったら毎日そのことをお祈りしている。神様にお願いしているのかな?これに昨日は、保育園で作っているお雛様の工作のことを一生懸命言っていたなあ。「いっぱいシールを張って、お顔をつけて…」なんかそのほかにも色々言っていたような気も…。
 お祈りのことを面白がってはいけないと思うのだけど、面白いというより、一生懸命なのが可愛らしくて、ついほほえましく聞いてしまう…。
 日曜学校のお話は、今はイエス様の絵本を本の少しずつ読んで少し説明してあげているだけなんだけど、「詩音ちゃんイエスさま好き?」と聞くと「だいすき!」と言う。そういうと、わたしがよろこぶから言っているだけかもしれないけど、それでも、寝るときにもイエス様の絵本読んでー、とかいっているし、今は、神様の事、イエス様の事、それらのことの一つ一つがごく自然に身の回りに溢れているようにしてあげたいな、と思う…。
CSは4月からはカリキュラムでやるつもりだけどね…。

 今日はとにかく眠い。週末ちょっと寝不足したからなあ…。
今日は、絶対に詩音ちゃんと一緒に寝てしまうこと間違いなし、だろうなあ…。だから一応、今のうちに日記を書いたのだけど。

 せっかくブログを借りて、色々と書きたい映画も本もあるんだけど、なかなかそこまで手が回らない…。ま、ブログは逃げていかないから、ぼちぼちやろう。

 ここしばらく、足のむくみが取れないでいるし、今日は頭も重い。好きな事、やりたい事と、やらなければならない事、全部しようと思ってはいけないのよね。
今日は休養をとるべきだったのに、したいことを優先してしまった…。
今週は、詩音ちゃんの新しい保育園の新入園説明会&体験入園もあるし(転入だけど、その園に行くのは初めてだし)、結婚式や父の芝居など、またまた、スケジュールいっぱい…。
 主が守ってくださいますように…。

 傷って、手当てがすんでも完全にふさがるまでは痛いよね。
それが心の傷でも…。
でもね、それもまた、イエスさまが癒してくださるので、感謝しています。
そのことを通して、またいろいろなことを教えられているし、もう一つの、導かれていたことに、今は心を向けられているし…。
神様は全てのことを益としてくださいますね…。

しかし、主は、
「わたしの恵みは、あなたに十分である。
というのは、わたしの力は、弱さのうちに
完全に現われるからである」
と言われたのです。
ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、
むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。
コリント人への手紙第二 12:9



もし人のことばに
すぐ傷ついてしまうならば、
そして友情を築くことが
可能であるにもかかわらず、
冷たいよそよそしさを身にまとうことで
もし満足してしまうならば、
その時わたしは
カルバリの愛をまったく知らない。


いのちのことば社
エミー・カーマイケル著
棚瀬多喜雄訳
「カルバリの愛を知っていますか」より
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2005年02月27日

ゴスペルコンサート

 今日は、昨日出会ったクリスチャンの方からお誘いいただいて、礼拝の後、吹田の方の教会まで、ゴスペルのコンサートに出かけた。
やっぱり賛美はいいなあ…。
テクニックよりも、メンバーの皆さんが、本当に喜んで、表情も生き生きと歌っておられたのが印象的だった。
途中、詩音ちゃんをおトイレに連れて行って戻ってきたら「アメイジング・グレース」を客席の人たちと一緒に歌っていたので、わたしも、大声張り上げて歌ってきた。
今日は、ちょっと色々あったので、賛美にとっても癒された。

 今年、初めから奉仕について色々思いが与えられていて、幾つかのことを考えつつ、祈ってきた。
 一つは奏楽のご奉仕をもう少し増やしたい、ということだった。もっともっと、賛美をもって主に仕えたいという思いが与えられていたので…。練習も折に触れてするようにしていた…のだけど、まあ、色々あって結局従来と同じ第5週だけ、ということになった。
ただ、実はその時はまだハッキリしていなかったので、何も言えなかったのだけど、第5週は別の奉仕を考えていて…。礼拝での奏楽奉仕は逆にできなくなるかもしれない…。でも、いずれにしてもこれからちょっと奮起して、ピアノの練習をするつもり。
きっといつか、神様が用いてくださると信じて。
勿論、水曜日とか、月一の婦人会とか、礼拝以外に奏楽させていただく機会もあるので、まったく奏楽しないという訳じゃない。むしろ、水曜や婦人会ではリクエストで賛美することが多いので、どんな曲でもいつでも弾けるように備えることが必要なのだ…。今までは、「この曲は弾けません」ということが多かったけど、少しでもそういう曲が減らせるように、ベストを尽くそう…。
 いずれにしても、4月からの奉仕について、祈っていこう。
神様がわたしに何をさせてくださるのか…。
誰かが望むことをするのではなく、誰かの期待に応えるためではなく、神様の御心を行うことができるように。「牧師夫人はこうあるべき」「牧師夫人はこうあって欲しい」さまざまな思いを持っておられる方もおられるだろうけど、それらの人々をがっかりすることを恐れないで、神様を恐れなければならないと思う。
 子育てでも奉仕でも同じだと思う。
素晴らしい諸先輩方のような、働きはできない。
教会の皆さんに期待されるような働きもできないかもしれない。
それでも、神様がわたしに望んでおられることがあると信じて、導かれていると確信するところに従っていくことができるように…。ただ上からの力によって…。神様の祝福を信じて…。
勿論、反省すべきところは十分に反省して…。

ペテロをはじめ使徒たちは答えて言った。
「人に従うより、神に従うべきです。
使徒の働き 5:29
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2005年02月26日

育児…、その他色々…

 一昨日からちょっとまた、色々と考えていた。
本当は昨日、日記を書くつもりだったんだけど。
 色んなサイトを見ていて、なんていうか、色んな教育論や、育児の考え方があるんだな〜、と思った。その中には、今まで自分が知らなかったような、素晴らしい理論(?)もあった。
でも、じゃあ、それを自分が実行できるかと言ったら…。残念ながらわたしには無理だなあ、って言うのが正直なところ。
そのことからまた色々考えていたんだよね。
 「とても素晴らしい!」と思えるような、耳新しい教育論…でもわたしには難しい…でも、わたしはそういう教育論で育てられていなくても、今の自分にある程度満足している…だから、少なくとも自分が育てられたように子供を育てればそんな大きな失敗はないのではないか…でも、自分の両親がわたしにしてくれたこと全てを自分の娘にしてやることは難しい…。例えば、わたしの両親は、わたしと姉をよく旅行に連れて行ってくれた。海水浴や湖水(琵琶湖)浴、山にハイキング&飯盒炊爨にも出かけた。でも、紫外線に弱く、アウトドアの好きじゃないわたしはそういうのはなかな連れて行ってやれないだろうなあ…。わたしは小さい時から、歌舞伎や文楽、宝塚歌劇、色んなお芝居などたくさんの芸術(芸能)に触れる機会があったけど、うちは経済的な事情もあるし(わたしの両親がお金持ちだった訳では決してないのだけど…)、なかなか思うようにはそうしてやれないだろう…。
でも、わたしの両親はクリスチャンじゃなかったけど、わたしたち夫婦はクリスチャン…わたしの両親がわたしに与えてくれることのできなかったもので、わたしたちが自分の娘に与えてやれるものもある…。
 とりとめもなく、そんなことがぐるぐると頭の中を回っていた。
 この世に完璧はない…どんなに理想的な教育論でも、完璧な子供が完璧な大人に育つことはあり得ない…。
わたしが自分の考えや力や、そのような色々なもので、詩音ちゃんを自分の思うように育て上げることはできない。
勿論、わたしたち親が、詩音ちゃんの理想の親になることもできない。
いつも、わたしの心にあって離れない一つの言葉。
「私たち詩の書き手が、つねに心がけなければならないことは、人にならってあのような詩を書くことではなくて、このような詩といってまっすぐ差し出すことのできる、独自性を持った詩を書くことだと思う。」
1987年1月1日発行 ラ・メール第15号 編集後記、新川和江さんの言葉より

これは、詩を書く人たちのための言葉だけれど、わたしの人生の中での、大きな指針の一つになっている。
 わたしが成すべきは誰かのようなことではなく、わたしにしかできない、〔このようなこと〕。
 詩音ちゃんには、母親の代わりはいない。いつか大きくなったとき、「あんなお母さんが良かった」「こんなお母さんがほしかった」と思うことは、勿論あることだろう。女同士だからなおさら母親の欠点が目に付くこともあるだろう。それでも、わたしが自分の母親に対して抱いているように、掛け替えのない母であると思ってもらえるような、そんな母でいたいと思う。子供の前に恥ずかしいような生き方だけはすまい、と改めて思う。
多分、イエスさまの元に行った時に「よくやった」と言ってもらえるように、と思って励んでいれば、間違いはないと思うのだけどね…。
それがねえ、できているか、といわれると…うーん…。日々反省しながら努力します、って感じかなぁ。
まあ、完璧はないってことで…。

 今日は、朝、詩音ちゃんを保育園に送っていくために車に乗ったらフロントガラスに、少しだけど雪が積もっていた。
 そういえば昨夜は雨が降っていたけど…雨は夜更け過ぎ、と言うより明け方かな?雪に変わったんだな…と思った。
 夜、夕食の後、教会に片付け物をしに寄って、8時過ぎかな?教会を出たら、すごい雪だった。すぐにやんだみたいだけど。
 寒の戻り、っていうのかな?春が近づいたかなー、って思う頃に、必ず寒くなる。それでも春が近い、って感じられる空気に変わってきたように思う。
もうすぐ3月だものね…。

 今日、詩音ちゃんは、朝の薬を飲み忘れて保育園に行った。教室に入ったとたんに思い出して、「大丈夫かなあ」と思ったけど、鼻水がひどいし、この前ちょっと微熱っぽかったりしたので、心配になって、詩音ちゃんを保育園において薬を取りに戻った。まあ、いつも遅刻するのに今日は詩音ちゃんも早く起きて、早く〔といっても提示くらい〕保育園にいけてよかった、と思ったのに、結局わたし自身はいつもと同じ時間帯にまた保育園に…。
 で、保育園の先生が増えていた中で「詩音ちゃんの薬もってきました〜」って入っていったら、先生方が「あ、お水いりますねー」って言って下さったんだけど、「あ、いいですよー」って粉薬をそのまま詩音ちゃんの口にササーって入れて、「はい、いいよ」って言ったら、それを見ていた先生方、「えー?!」「詩音ちゃんそのまま飲めるのー?すごーい」「詩音ちゃん、カッコイイー」口々にびっくりしてほめて下さった。わたしはちょっとI am proud of Shion.って感じだったよ。(格好をつけるわけじゃないんだけど、この感覚って、なんか日本語より、英語のほうがぴんと来るんだよねぇ…)

 詩音ちゃんは、相変わらず面白い。家のなかで、昨年、広島のお友達に頂いたリュックを背負い、両手にそれぞれ別の鞄やビニール袋を提げ、その手で、布団たたきを杖のように持って「いってきまーす」と言う。まるで山登りにいくみたいな感じ…。本当にその格好ときたら…ものすごく珍妙なんだけど、ものすごく可愛い。詩音ちゃんは、今、動物園に行くごっこ(?)がマイブームらしく、毎日「どうぶつえんにいこう」って誘われる。「詩音ちゃん、もうお風呂の時間だよ」と言うと「どうぶつえんいって、おべんとうたべて、それからおふろはいろ。おかあさんもいっしょにいこう。バスのうんてんして」などなど…。動物園はどこ?と言うと、色んなものを積み上げた場所を指して「ここ」と言う。
そこにいっしょにすわってお弁当を食べようと言う。何回かに1回は付き合うのだけど、結構食事の支度だ何だとばたばたしている時は付き合いきれない…すると詩音ちゃんは、「じゃあしおんちゃんバスのなかでまってるわ」と言って電子ピアノの下に入り込んで、なにやら一人でしゃべりながら遊んでいる…。なんともいえず、おかしくて、可愛い詩音ちゃんなのだ…。
 そういえば、昨日はなぜか、お風呂の中で「タコ」をやり始めた詩音ちゃん。顔までなんか変な顔してタコになりきっていて、可笑しかったぁ…。こんな詩音ちゃん、わたし一人で独占していていいのか?!って思うほど可愛い。皆さんに見せられないのが残念だわ…。

 ブログは結局3つ借りた。
日記と「御足の跡」を借りているサイトで、一人で複数登録できるということだったので、記事板をもう一つ借りようと思って作業を始めたのだけど、やっぱりなんとなくイメージが違う。
で、結局もう一つブログを借りた。
 見栄えは、HP作成ソフトを使っていたほうが読みやすいのかなあ、というのもあるし、デザインも、結構色んなことができたので、今までのも好きだったのだけど、カテゴリー分類できる事、過去にさかのぼって日付がつけられる事、修正しても、最初にUPした日付のままで再UPできること、記事のUPが楽な事、などなど、利便性で結局ブログにしてしまった。
 あと、ブログのポータルサイトやピングサイト(っていうのかな?)に、更新のお知らせなどを載せるか、と言うのを、最初は全部拒否していた。あくまでもサイトのコンテンツの一部として利用するのだから…という気持ちだったのだけど、昨日、それらの設定をできる限りONにした。それぞれのサイトによって転送先の設定が若干異なるのだけど…。別に、宣伝してより多くの人に見てもらおうとか、ランキング上位を目指すとか、そんなつもりはまったくないのだけど、せっかく証しのために、と思ってはじめたサイト。どうせ、インターネットという場は不特定多数の人に開かれている場所なんだから、一部のコンテンツでも、またその内容がどうであれ、どうせならクリスチャン以外の人に見てもらうチャンスがあってもいいのではないか、と思うようになった。
一応各ブログには「空の鳥、野の花」のリンクを貼ってあるので、気が向いて、他のページを覗いてくれる人がないとも限らないし…。中島みゆきのことを書いていて、日曜信者さんがこのサイトにたどり着いてくださったように、また思わぬ出会いがあるかもしれないし…。

 今日は、教会の方にちょっと来客があったので、久しぶりにマロンプディングケーキを作った。実は、小麦粉を買い忘れて残り少なかったので、普通のケーキを焼くのはちょっと難しかったのだ。それで、パン粉でできるマロンプディングケーキにしたと言うわけ。自分で言うのもなんだけど、このケーキ、いつ作っても美味しい。今の時期、結構栗の甘露煮が安売りになっていたりするのでまた今年も、少し買っておこう。季節に関わらず作りたいお菓子の一つなので…。
 今日、そのお客さんとの話の中で夫と結婚したいきさつを話していて、改めて、夫との結婚の不思議を思った。わたしたちはお互いに知っている者同士だったけど、それまでお互いを結婚の対象として考えたことはなかった。それが、結婚の対象者として改めて紹介を受けて、再会してから1ヶ月とたたないうちに結婚が決まっていた。「決め手はなんだったんですか?」とか聞かれても「気がつけば結婚することになっていた」としか言いようがなかった。
でもね、本当に神様の導きだったのだと思う。
 夕食を食べながら夫に言った。
「わたしたちの結婚は本当に、神様による奇蹟的な出会いだったんだねー」
大げさみたいだけど、本当にそう思う。
かみさまは、なかなかわたしの伴侶を連れてきてくださらなくて、何でこんなに遅いんだろうと思っていたけど、一番いいタイミングがくるまで、神様はじっと備えていてくださったんだなあ、ってつくづく思う。
 全ての条件…それは、この世的なものではなくて、わたしが伴侶に望むもの全般にわたって、これ以上の人は望めないだろうなあ、と今でも思う。それは、欠点や不満が何一つないとか、そういうことではないのだけど…。さっきも書いたけど、この世には完璧はないのだものね。でも、何度でも書くけど、とりあえずわたしにとって、アーメンマン以上の伴侶はこの世にはいないと思うわ…。神様に、ホント、感謝しなくちゃね。
(そういえば、結婚の証しも書こう書こうと思いつつ、まだ書いていないなあ…)

 さっき夫が帰ってきた。
外は雪だって…。
今はもう日付が変わって1:50am…。
明日の朝は、外は真っ白かな?

「それゆえ、人は父と母を離れ、
その妻と結ばれ、ふたりは一体となる。」
この奥義は偉大です。
私は、キリストと教会とをさして言っているのです。
エペソ人への手紙 5:31,32
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2005年02月24日

詩音ちゃん、お熱!

 今日は、詩音ちゃん、保育園お休みしている。
朝、起きた時に手を触った夫が「熱いよ!?」というので計ったら38度1分。昨日ちょっと微熱気味だったしなぁ、と思って保育園に連絡。鼻水がこの前からひどかったし、耳鼻科でも熱が出るかも、と言われていたし。
 でも、本人は、すごく元気。本当に熱あるの?と思って計りなおしたら37度3分。え?と思って計りなおしたらやっぱり37度4分。
 ま、いっか。保育園に行ってから熱が上がっても可哀想だし、今日はお家でゆっくりするか。まあ、本人は元気だからそんなに心配ないでしょう。
≪9:25pm≫

 詩音ちゃんの熱は、37度5分くらいのまま上がりもせず、下がりもしない…。明日は保育園に行って欲しいんだけどなあ…。やることいっぱいあるし。
 わたしって、今までに何度も書いているけど、本当に子供が苦手。詩音ちゃんのことは大好きだけど、時々、ものすごくイライラするし、相手をしていて疲れてしまうし、どう扱っていいのかわからなくなることがある。1日詩音ちゃんが家にいても、大して遊んでやるでもなく一緒にDVDを観るくらい…。子供と遊ばないから、何かしているのかと言うと他のことは手につかないしね。わたしって、いいお母さんじゃないなーって思えてきて、なんだか詩音ちゃんが可哀想みたいな気がしてきて。もちろん虐待とかしていないし、スキンシップもしているし、わたしなりに一生懸命受け止めているつもりだけど、もっと子供と向き合ってやらなくちゃいけないんじゃないか、って気がしてくる。
本人はすごい笑顔で「おかーさんだいすき!あいしてる」って言ってくれるから、まだこちらは救われているけど…。
親が家を散らかしていて、子供に「片付けなさい!」って言ったって、リアリティないよね。
もうちょっと家事もきちんとやりたいと思うんだけど…。
 でも、言い訳みたいになるかもしれないけど、いつも思うのは、わたしは、他の人のようにはなれないということ。わたしなりにやっていくしかないんだよね。周りを見たら、なんだか立派な主婦、お母さんばかりに思えてくる…。でも、わたしはわたし、だよねぇ…。

 なんて殊勝なことを言っていながら、今日は「The drama in the daily life」を、3つも更新しちゃった。1つは少し前に見たやつなんだけどね。
詩音ちゃんがDVD見ている横で、とか、おやつ食べてる横でとか、ちょっとずつね。やっぱりブログにしたら、なんか更新しやすいわ。
今までにもっと色々観ているのに、書けていないもんなー。
これからはマメに書けそう。
結構TVっ子だから、ネタにはこと書かないんじゃないかな。
 でも、せっかくだから、本の感想文の方も、もうちょっと更新したいし、それにはもうちょっと本を読まねば…。

 詩音ちゃんは最近ものすごく天邪鬼。
「おかあさんのこと好き?」と聞くと「すきじゃないけどすき」とか素直に「すき」と言わないのよね。特にこちらから聞いたときは。
自分からはさっき書いたみたいに「おかーさんだいすき!あいしてる」って言ってくれたりするんだけど。
 難しいお年頃なんだねぇ…。
≪10:10pm≫

 詩音ちゃんはやっぱり結構疲れているのかなあ、最近にしては珍しくコトンと、速やかに寝てしまった。

 ところで、父の事で最近一つ嬉しいことがあって、書き忘れていたので、思い出したついでに書いておこうと思う。
 一つは、12月の証しのご依頼を早々と頂いたこと。実はそれ自体が嬉しかったというよりも、その経緯が嬉しかったのだ。
 それは、最初、丁度私が実家にいる時に、実家の方に信徒の方から電話がかかってきた。それでわたしが対応させていただいたのだけど、その方が「神戸の栄光教会で証しを聞かれた方が『とてもよかった』と言っておられたので、是非…」と言われたのだ。神戸の栄光教会といえば、父が、低血糖の発作を起こしてわたしが途中話して、最後に父がまた講壇に戻ってきた時だ。
あの時、確かに多くの方が「よかったですよ」と言ってくださり、また牧師先生も「それはそれで神様の導きだったんですよ」と言って下さった。もちろん、クリスチャンだからうそを言ったとは思わないけれど、そこには慰めや励まし、またお世辞も多少含まれていたかもしれない、という思いもあった。
でも、わたした違いないところで、第三者の方に「良かった」と言われたのであれば、それは決して嘘ではないだろう。
それが嬉しいというのは、別にわたしが、自分が話したことがほめられたと思っている訳ではない。
 あの時、父も不思議に落ち込んだりしないで、わたしが上手くつなぐことができたのを喜んでくれていた。神様の導きだと理解してくれたみたいだった。これは父の信仰的な体験の中でも結構貴重な経験だったのではないかと、わたしは思っている。
その時の集会がよかった、と言ってもらえたことが、わたしには嬉しいのだ。
 もう一つは、夫が、持ってきてくれた一枚の機関紙。
やはり昨秋、新潟に行った時の証しを聞いてくださった方がその感想を、その団体の機関紙に投稿しておられたのだ。
一部、父のことを枝雀さんと混同しておられる節もあったけれど、それはそれとして、証しの内容をとても喜んでくださっていて、そこから感銘を受けたと書いてくださっていた。
このように、たとえ幾人かの方でも、父の証しを聞いて、恵まれた、良かった、励まされた、と言ってくださることはわたしにはとても嬉しいことだ。
 証しの本も、先日、打ち合わせに来られたデザイナーの若い女性が、すでに数冊、プレゼントしたい人がいるので、自分自身も、出版されるのを心待ちにしているのだ、と話してくださっていた。
 わたしは決していい母親でも主婦でも、また妻でもないと思う。けれども、イエスさまがこの父のサポートという仕事を与えて下さっていることは、大きな働きなのだと思う。夫もそのことを理解してくれて、応援してくれていることはいつも書いているけど、本当にありがたいことと感謝している。

 先日も夫と話していたのだけど、数年前と比べて、最近は、本当にChristian singerが増えた。小さなレーベルや自費制作版などもあって、本当に数え切れないくらいのChristian singerがおられるし、アマチュアで活躍しておられる方もたくさんおられる。このsingerの増え方だけを見たら、クリスチャンもどんどん増えているような気がする。
 イヤ、Christian singerだけでなく、クリスチャンの有名人も随分増えたなあ、という気がする。VIPなどの働きを見ても各界で活躍される著名なクリスチャンの方がたくさんおられるなあ、という印象を受ける。
 しかし、実際には、そんなに目だって諸教会の教勢が伸びている訳ではない。現実を見ると、がっかりしてしまいそうになることもある。
だけど、とわたしたちは話し合った。これは絶対にこれからの日本の宣教に対する大きなステップであり布石ではないか、と。
前にもどこかに書いたけれど、「ブーム」というのは、必ず去る時が来る。だから、わたしたちは「リバイバル」という言葉を使うときに、それが単なる「キリスト教ブーム」のようなもので終わらないように、注意する必要があると思う。しかし、それはそれとして、今、これだけ、さまざまなところで、クリスチャンが起こされている、また、今まで隠れクリスチャンであった人が立ち上がってきている、それはきっと大きな祝福につながるはず、と主に大胆に期待していきたい。
 落語家や俳優などの場合、有名な人は氷山の一角だ。同じように、クリスチャンの世界も、有名な人が氷山の一角であり、その背後に大勢の無名のクリスチャンがいる、そのような時代がやってくると信じ期待し、祈っていきたいと思う。
≪11:50pm≫


こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、
あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。
また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、
すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さが
どれほどであるかを理解する力を持つようになり、
人知をはるかに越えたキリストの愛を
知ることができますように。
こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、
あなたがたが満たされますように。
エペソ人への手紙 3:17-19
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2005年02月23日

ETC車積載機購入!

 ついに、ETC車積載機を購入!
随分迷ったんだけど、車検用に、毎月少しずつ貯金しているお金が、車検が終わって少し残っていたので、その予算内でつけられる車積載機を購入することに決定。
 実はETCカードは少し前に申し込んですでに届いているのだ。今メインで使っているカード会社のETCカードが初年度は会費が無料ってことなので、とりあえず作ってみたのだ。でもって、今日、カー用品のお店で色々なETCカードの申込書を検討。ETCカードの会費が無料でも、メインカードの会費がかかるものであれば乗り換える意味はないのだけど、そのカー用品のお店の提携カードなら、メインカードもETCカードも入会金、年会費共に無料、というのを見つけた。近いうちにこのカードを申し込んで、今年中にもう一枚のカードを解約すれば、OK。
 はあ〜、少しでも賢くお金を使うには色々と手間暇がかかるもんだ。あんまりクレジットカードをふやしたくはないんだけど、使い分けるのも知恵の内だよね。

 昨日で、出版の方の今抱えている仕事が一段落したので、今日は気分的には少し楽だった。午前中祈祷会に出て、そのまま食事に出て、買い物したりして、ちょっとリラックス。月曜日とかも、ずっと仕事をしていたんだから、こういう日もあっていいよね。
 でも、そろそろ、福音落語の創作もお尻に火がついてきた…。
そろそろ本気で取り掛からないと…。

 一昨日から借り始めたブログ、やっとちょっとずつ色んな設定がわかってきた。各ブログでやり方が違うので、頭の悪いわたしは、ちょっとずつしか理解できない。
でも、わかってみると、投稿の日付も過去にさかのぼって設定できるので便利。今まで使っていたソフトでは、部分的に修正しても更新日時が変わってしまって、それが修正できなかったから。
 で、ブログを借りたのをきっかけに、ちょっと色々とページの整理…。まだ、ブログをどういう風に使うか、思案中って言うか、本と、ドラマ関係だけじゃカテゴリーが足りないよねえ…という気がしてきた。でも、各コラムを全部ブログにするのも芸がないかなあ…。でも使い始めると便利なんだよねぇ、ブログ…。なんか気楽に書ける感じもするし。どういうふうに、使い分けるか、まだまだ思案中だけどね。

というのは、私たちをご自身の栄光と徳によって
お召しになった方を私たちが知ったことによって、
主イエスの、神としての御力は、
いのちと敬虔に関するすべてのことを
私たちに与えるからです。
ペテロの手紙第二 1:3
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2005年02月22日

no title

 昨日はねえ、忙しいのにブログを二つも借りちゃった。
お友達のサイトをみていて、ブログのかしこい使い方を発見したので。
 前から、HP作成ソフトを乗り換えてやる〜って、ずっと言っているんだけど実現できずにいる。でもそのうち、という思いだけはある。でもって、バックアップなどなどをとろう、と思いつつ、なかなかできないでいる訳だ。で、思いついたのがブログ。
これなら、いちいち記事を書き換えなくても、ブログのアドレスを張り替えるだけで記事の移動ができちゃう。それに、今のところ、無料のサーバーでやっているので、要領に限界があるから、ブログを利用すればメインのサーバーの容量を節約できるというもの。そういえば、他の友達も、ブログをうまく利用してやっていたっけ…と後になって気づいた。
 とりあえず、Booksとコラムの中から映画やドラマ、お芝居などの関係をよりぬいたものをブログに移した。
ドラマ関係のブログはなかなかしっくりいくデザインが見つからなくて、迷っているけど、また新しいデザインもできるだろうから、試行錯誤しながらやっていくつもり。
 でも、ドラマ関係(文楽も入れたけど)だけじゃなくて、落語とか、コンサートも入れても良い…よねえ。書きたいことは色々あるのに一向に更新できないわたしなのであった…。

 詩音ちゃんは、相変わらず、面白い言動を繰り広げていて、もういちいち覚えていられないし、なかなか書きとめてもいられない。
話す文章も長くなってきているし、記憶力も随分よくなってきた。ますます、親の都合のいいようにばかりも言い含められなくなってきた。
 子供の知恵がついてくるほどに、親の責任が重大であると思い知らされる。できるなら逃げ出したいほど恐ろしくなることがある。できるだけ、物事の楽しい面を見て過ごしていきたいけれど、やっぱり責任は責任。神様に委ねられている魂。良い方向に導いていけますようにと祈るばかり…。

 試練というほどの試練がなく、ただちょっと大変な日常に追われていると、感謝の気持ちが薄れて、愚痴ばかりがふえていくような気がする…。いっそ大きな試練があると、もっと神様に向かうことができるのだけど…。
 なんて贅沢なことを言っちゃいけないのよね。
どんな小さなことにでも、日々感謝していけるような、自分でいたいと思うこの頃…。

キリストの平和が、
あなたがたの心を支配するようにしなさい。
そのためにこそあなたがたも召されて
一体となったのです。
また、感謝の心を持つ人になりなさい。
コロサイ人への手紙 3:15
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2005年02月20日

教会総会

 今日は、教会総会だった。
特別なことは何もないけど、無事終わるように、というのがわたしたち夫婦の最近の大切な祈りの課題だった。
結果として、とてもいい総会だったと思う。
 自発的な奉仕の希望者もあったし、さまざまな点で、前向きな総会となったと思う。
ここ数年の礼拝出席者数はほぼ横這い状態だけれど、先ずは今いる教会員がリバイブされて、活気のある教会、生き生きとした教会となっていくことが、今後の教会成長の鍵だと思う。
一人一人が御言葉に生きる者とされる時、真に御言葉に根ざす教会が建てあげられていくことだろう。
 今日、総会のあとで、年間報告に書いてあった御言葉の意味を聞かれた婦人がおられた。わたしは何気なくただそこに御言葉が書いてある、という程度にしか見ていなかったけれど、そこに目をとめ、心をとめ、意味を問われたことは、大切なことであると感じた。「恥ずかしいのですが、意味がわからなくて」と言われていたけれど、少しも恥ずかしいことではない。
むしろ、なんとも思わないで読み過ごしていたわたしの方が恥ずかしかった。
 夫が説明している間、わたしはそこにいなかったのだけど、あとで、その御言葉をもう一度読み直してみた。ガラテヤ書の6章14節のその御言葉は確かに、一見すると何のことだかわかりにくい。特に、後半の言葉…。
「この十字架によって、世界はわたしに対して十字架につけられ、わたしも世界に対して十字架につけられたのです。」
イエス・キリストが十字架にかかられたという、この素晴らしい一事によって、今まで自分が価値を置いていた世界は私にとって無意味なものとなり、また、私自身も、世界に対して死んだ者となった、という意味だと、改めて、深く心に留めた。だからこそ、このイエス・キリストの十字架以外に誇りとするものは何もないのだ、と。わたしは世に対して死んだ者なのだ…。
 今まで、詩音ちゃんに手をとられることを言い訳に、また、父のことや、自分自身の健康状態を言い訳に、のらりくらりとしている部分があったように思う。どこか逃げていたのかもしれない。
 正直に言えば、教会の総会も、詩音ちゃんの子守をしながらで、1年目、2年目は出たのか出ていないのかわからないような状態だった。3年目の昨年は、父と一緒に対外奉仕に出ていて欠席だった。今年、やっと、まともに出席できたような気がする…。
そして、やっと、教会の働きにも、主体的に関わっていけそうな予感。CSも、この1年は、正式な奉仕者として名を連ねていたわけではなく、夫が忙しい時になんとなくやっているうちに…という感じで、詩音ちゃん一人を相手にしていたけれど、今年からもう一度、責任を持ってやることになった。今は、CSも子供は少ないけれど、祈りつつ、祈りつつ、まず、与えられている魂を大切に育てたい。勿論、地域の子供たちのためにも祈っていかなければ成らない…。
健康状態が万全でないことは事実だし、父と一緒に教会の外に出ることもある。詩音ちゃんだって手を離れたわけじゃない。欲張らず、無理をせず、自分に与えられた分に相応しく、奉仕をしていくことができますように…。

 最近の詩音ちゃん…。
わたしが先日、実家で転びそうになって、ぶつけてできた足の青痣をお風呂で見た詩音ちゃん、「どろんこ〜」と大笑いしていた。汚れていると思ったみたい。そういえば、わたしのてがレイノーで紫色になっていたときも、汚れていると思って「じー(字)、じーかいてよごれたの?あとであらってね」と言っていたっけ。でも、その勘違いがなんか可愛いんだよね。詩音ちゃんに言われると腹も立たないから不思議。
 一昨日だったか、夜寝る時に、詩音ちゃんの秘密を聞いた。
「詩音ちゃん、お母さんのこと好き?」
「すきじゃないけどすき」
「えー?!嫌いなの?」
「うううん、すき。すきじゃないけどすき。でもひみつなの」
「すきじゃないの?おこるから?」
「うん、おこるのはすきじゃないけど、すきなの。でもこれはひみつなの」
「怒るお母さんは好きじゃないけど、でもお母さんのことは好きなの?でも、これは秘密なんだね」
「うん、ひみつなの」
どこが秘密なんだろう???
多分、詩音ちゃんは「結婚」と同じように、「秘密」の意味があんまりよくわかっていないんだと思う。でも「秘密」って言葉が使いたいんだよね。
 それにしても、詩音ちゃんは、可愛いなあ…。

しかし私には、
私たちの主イエス・キリストの十字架以外に
誇りとするものが決してあってはなりません。
この十字架によって、
世界は私に対して十字架につけられ、
私も世界に対して十字架につけられたのです。
ガラテヤ人への手紙 6:14
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2005年02月18日

劇あそび発表会

 今日は詩音ちゃんの「劇あそび発表会」だった。
可愛かった〜!!
去年までは「生活発表会」って言っていたと思うけど、今年からタイトルが変わったみたい。
今までは、0歳児から年少さんまでと年中・年長さんの2部に分けて、プログラムが組まれていたのだけど、今回から3部になっていた。今までは、だいたい小さい子から始まっていたので、時間的にも早く終わってよかったのだけど、今年は、年中さんが第1部で、0歳児から年少さんまでが2部、年長さんが3部となっていた。
詩音ちゃんを登園させてから一旦家にもどり、丁度コープさんの日だったので、商品をとりに行って、また園に戻った。
駐車場は、例年混雑して大変なのだけど、今年は、3部になったせいか、結構空いていた。それでも、帰りに出しやすそうなところを狙って置いておいたけど、帰りはもっとガラガラで心配することなかった。

 出し物の方は、なにやら「うさぎさん」になる、ってことだけは分かっていたので今日はピンクのトレーナーにしたのだけど、大正解で、衣装や帽子もピンクだった。とっても可愛くて、内心「かえるさん」とかじゃなくてよかった〜と思った。ま、女の子は、ねずみさんかうさぎさんという比較的可愛い動物が割り当てられていたみたい。でも、詩音ちゃんはというと、なんだか帽子が大きかったのかゴムがゆるかったのか、うさぎさんの帽子がズルズルして、それが気になって動きが止まってしまったり、お遊戯(?)しているときに顔が半分隠れていたり…。
内容は、いつもしているリズム活動(だったかな?)を取り入れたお遊戯みたいなのと、♪いとまきまき〜ってヤツを取り入れて、簡単な劇みたいな、といっても劇って言えるほどじゃなかったけど…まあ、そんなものだった。でも、ちょっとだけ台詞みたいなのもあったりね、ホント、みんな可愛かった。♪いとまきまき〜は、ちょっと前から、最後のところを元の歌詞♪できたできたこびとさんのおくつ♪って歌うと「ちがうの!♪大きな大きな手袋!」って訂正されていたのは、この劇のための替え歌だった。でも、詩音ちゃんにはもうその歌詞がインプットされちゃったのね。で、うさぎさんは女の子二人と男の子一人だったけど、男の子のHちゃんが結構しっかりと頑張ってやっていたけど、詩音ちゃんも、ちょっと遅れてもちゃんと台詞を言ったり、あまり大声ではなかったけど、歌ったりしていたから、ヨカッタ、ヨカッタ。金切り声を張り上げて歌うよりは、わたしとしては好感が持てた。ま、金切り声を張り上げている子も、張り切っている証拠なんで、微笑ましい、っちゃ、微笑ましいんだけどね。
 詩音ちゃんは、最初入場して来たときは、わたしを探しているかな?って感じだったけど、あとはもういつもどおりのマイペースな詩音ちゃんだった。こういう発表会って、人前に出て、やたら張り切ったりはしゃいだりする子と、恥ずかしくて、シュンとなってしまう子といるけど、詩音ちゃんは、ほとんどマイペース。いつもと変わりなくダラ〜っとしたり鼻をほじほじしたりで、恥かしいったら…(汗)。ま、それなりに一生懸命やっていたから、親としては満足しているけどね。
 夫が来てくれていたらビデオを任せてわたしは写真を取るのだけど、夫が来られなかったので、写真が取れなくて残念。写真を取っていたらアルバムに貼れたのに…。

 昨日は詩音ちゃんとお風呂に入ったのだけど、そのお風呂上り、詩音ちゃんの着替えを手伝っていたら、バスタオルをわたしの頭にかけてくれて「イエスさまみたい」だって…。この前見せた「ミラクル・メーカー」のイエス様のイメージが残っているのかな?「イエス様は男の人だから、マリアさんにしてよ」といってみたけど「ちがうの、イエスさま」だって。
でもちょっとして、わたしのことを「おかあさんまりやさんね」と言うので「え?」って聞き直したら「しおんちゃんがイエスさま」だって。なんか、役割を決めるのが面白いのかな〜?
 でもねぇ、ホント、詩音ちゃんって可愛い。何でこんなに可愛いのかと思うけど、やっぱり可愛い。親バカだと判っているけど、やっぱり可愛い。言うことを聞かないときは憎たらしいけど、それでもやっぱり可愛いんだよねぇ…、ホント、わたしって親バカ。

 昨日は家庭集会で(なんだか、書いていることの順番がばらばらだけど…)帰りに、ある場所で食事をした。
詳しくは書けないけど、初対面の人たちがお茶を飲みながら落ち着いて話せる場所を物色していたのでその下見に…。
でも、昨日行ったお店は、雰囲気はものすごくいいのだけど、天井が低く、小ぢんまりしているだけに声が響いて、考えていた目的のためには適さないことがわかった。で、ちょっと別のところに足を伸ばして見に行ったり、ついでにちょっと買い物をしたりした。
 夫と二人で出かけていたので、ちょっとしたデート気分で嬉しかったのだけど、わたしが途中でしんどくなってきてしまった。
前日、お菓子を作ったりして夜更かししていたので、寝不足ってこともあったのだけど、足も、チョコッとだけど怪我をしているせいで歩きにくかったし、全体的に疲れていたと思う。
「しんどくなってきたからもう帰ろう」って言ったら、夫が「あなたは本当に体が弱いねえ」って…。勿論、責めるつもりとか、そんなんじゃなくて、「大変だね」っていう意味で言ってくれたんだけど、やっぱりちょっと悲しくなってしまった。わたしがもっと元気だったら色んなことができるのに…。詩音ちゃんのことだって、もっと色々してあげられることがあるだろうに…。そんなことが頭をよぎったらなんだかちょっぴり悲しくなってしまった。
 わたしがちょっとメソメソしていたら、「それがさきちゃんなんだから、それでいいんだよ」って、夫が言ってくれたけど。
前にも書いたけど、時々、ホンの時々、元気な体が欲しい、って思う。
でも神様は、理由があって、この体をわたしに下さったんだから、って思うのよね。感謝しないといけないんだよね。
 まあ、普段は、怠ける口実ができてよかった、くらいに思ってはいるんだけどね。時々、あまりにも、自分がいい加減でだらしなくて、情けなくなることがあって、そんな時、自分の体が弱いことがほんの少し悲しくなる。元気だったらもっとちゃんと色んなことができるのに、って。
 でも本当は、それはただの言い訳だってわかってる。わたしは元気でもちゃんとしないんだよね、怠け者だから。だから、体が弱いことを嘆くのじゃなくて、自分のだらしなさを認めて、反省して、自分が変わらないといけないんだよね。
 実は最近、ちょっと色々とプレッシャーがかかることがあったりして、ちょっと精神的にめげていると思う。逃げ出したくなっている。でも、逃げても何にも変わらないものね。一つ一つ、目の前にあることを片付けていくしかないんだよね。
自分の力じゃなくて、神様がさせてくださるんだものね。
 そういえば、いつもこの時期、忙しくて、大変なんじゃなかったかなあ。大体、夏から秋にかけてと冬から春にかけて、季節の変わり目の中でもこの2つの時期が、体調的に一番管理が難しくてしんどくなるんだけど、そういう時期に限ってまた忙しいんだよね。だからこそ委ねないといけないんだけど。
まあ、遊ぶときは元気になるから、やっぱり勝手病だよね。まずは「逃げ出したい」って気持ちを何とかしないといけないね。
神様にもっともっと信頼しないと…。

ダニエルはこう言った。
「神の御名は
とこしえからとこしえまで
ほむべきかな。
知恵と力は神のもの。
ダニエル書 2:20
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2005年02月16日

ただいま〜!

 やっぱり我が家は良い。
散らかっていても、なんだか落ち着くし、夫の顔を見るとホッとする。なんだか安らげる顔なんだよね。
2,3日離れていることは、今までにもあったし、今回は毎日電話もしていたから、どうということはなかったのだけど、それでもやっぱり、夫の顔を見た途端気が緩んだのか、ちょっとウルウルしてしまった。今回は、極端に疲れていたせいかもあるかもしれない。

 夫と昼食を食べに行って、色々と話をして(電話で話したといっても事細かに話していたわけではなかったので)、少し横になったら、1時間ぐらい熟睡してしまって、気がついたらもうお迎えの時間だった。
 詩音ちゃんはいつもどおり。勿論迎えに行ったら喜んでくれたけど、いつもより取り立てて、と言うほどでもない。でも「お母さん帰ってきて嬉しい?」と聞いたら「うん!しおんちゃん、おかーさんはやくかえってきてーっていってたよ」とは言ってくれたけどね。でも、夫のことは、全然困らせなかったらしいのに、わたしだと甘えさせてくれると思うのか、なんだかグズグズと甘えてくる。今日は、久しぶりだったし、それが可愛いと思えたから、まあいいけどね。
 夫には、保育園の連絡帳、面倒くさかったら書かなくてもいいよ、と伝えてあったのだけど、火、水と頑張って書いたらしい。
月曜日の分は、わたしが簡単に書いていったのをそのまま持って行ったようだけど。
 で、その内容を読んで思わず笑ってしまった。
「日曜の夜から家内が仕事で実家(西宮)に赴いているので、ここ2日間は詩音ちゃんと二人っきりです。母親が2日間いないのは初めてなので『どうかな?』と思いましたが、案外平気なようで、グズルこともなく、むしろ『お父さん大好き』の声に幸せを噛みしめています。これから何時まで「大好き」と言ってくれるのか…。」
これは火曜日の朝のだけど、やっぱり「幸せを噛みしめていた」のか〜。わたしも、久しぶりに遅寝遅起きの世界を堪能できて、仕事に集中できたので、助かったし、お互い良かった、ってことで…。そりゃまあ、とにかく感謝しているけどね。
 詩音ちゃんは、いつもと同じだったけど、「せっかくお母さんが帰ってきたのに、詩音ちゃん、ちっともいうこと聞いてくれない」と言うと、「いうこときいてくれる〜!」といって、夜は、割と素直に寝てくれた。いつもこうだといいんだけどね…。

 明日は、家庭集会なので、今日はケーキを焼いている。
今週はバレンタインだったので、カトルカールをベースに、がナッシュクリームのケーキを作っている。クリスマスに夫が食べられなかった、って言っていたから…。
あ、バレンタインチョコはね、買っていなかったんだけど、今日コンビニに寄ったら、半額以下になっていたから、その中で一番大きいのを買ってきてあげたよ。夫はチョコ好きだしね。ま、バレンタインなんて、お菓子屋さんの陰謀みたいなものだから、チョコをあげることもないか、とは思っているんだけど、今回は色々迷惑をかけたので一応…。いつも感謝しているし、愛しているんだけどね…。
 それで思い出したけど、詩音ちゃん、寝るときに「おかあさん、しゅき。あいしてる。こんどからおふろでけっこんしようね」と言っていた。「こんどから」って言うのは「また今度」っていう意味らしい。しかし、結婚の意味をどう考えているんだろうか???でも、可愛いから、またやっちゃうんだろうな、結婚ごっこ。
 そういえば、今回電話で詩音ちゃんと話してわかったのは、詩音ちゃんの声って案外低いということ。普段話しているとそうは思わないんだけど、電話で話したら「これ詩音ちゃんの声?」とびっくりするくらい低かった。ホント、なんか不思議だった。

天を創造した方、すなわち神、
地を形造り、これを仕上げた方、
すなわちこれを堅く立てた方、
これを茫漠としたものに創造せず、
人の住みかにこれを形造った方、
まことに、この主がこう仰せられる。
「わたしが主である。ほかにはいない。
イザヤ書 45:18
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2005年02月15日

校正終了

 とりあえず校正を終了した。
勿論また次の段階があるのだろうけど、第一段階終了。ちょっとホッとした。
結局13,14,15と3日間もかかっちゃったよ〜。今日は実家にもう一泊して、明日家に帰ることにした。肩こりで歯が痛い…。

 実は昨日の夜は父とそのお弟子さんの落語会に出かけたのだ。気分転換もあったし、父がいなければ結局のところそれほど作業もはかどらないし、姉も出るというし。そうそう、六大夫さんも来られるということだったし…。
 父の落語を聞くのは正月以来だった。正直、どの程度回復しているのか、舞台の父が見たかった。お正月は会場までついて行ったけど、詩音ちゃんもいたから楽屋でモニターだけ聞いていたから、ピンとこなかった。今回は、詩音ちゃんがいないので、客席の後から聞くことができた。身内が言うのもなんだけど、すごくよかった。舞台に上がるとまだまだしゃきっとしている。
いや、舞台の下と上とでこんなに変わるものかと、改めてびっくりしたし、ネタも大好きなネタだったので嬉しかった。
まだまだ舞台に上がると元気な父に正直なところ、安心したし、嬉しかった。
 お客さんもとても反応がよく、前座の姉から、トリの千橘さんまで、本当によく笑ってくださったり聞いてくださったりしていた。
 客席でゴスペル・イン・文楽の時に出会ったクリスチャンの方とも出会えて嬉しかったのだけど、しっかり福音落語について、プレッシャーをかけていただいた。トホホ…。校正が終わったら、今度はこっちを頑張らなくちゃね。

 昨日、今日と何度か夫とも連絡を取った。とにかく詩音ちゃんは、ケロリとしているらしい。電話で話しても、「おかーさーん」なんて甘えた声を出すでもなし、「おとうさんとおふろいくのー」と嬉しそうだった。淋しいような、ホッとするような…。とにかく夫もよくやってくれていることに感謝、感謝。
 詩音ちゃんや夫に会えないのは淋しかったけど、久しぶりに、実家でゆっくり母と話すことができたのも嬉しかった。信仰の話も色々できたし、母が占いなど、以前は縛られていた習慣から自由になっているのを聞くことができたのも嬉しかった。
 ま、とにかく明日は、家に帰れる〜〜!詩音ちゃん、喜んでくれるかな?喜んでくれるよね!!

 そうそう、足の小指は、爪が剥がれかけていると思っていたけど、そうではなかった。
実は、最初の時、血がドボドボ出ていたけど、見るのが怖かったから、とにかく絆創膏を貼ってしまったのだ。爪のところから血が出ているように見えたので、爪が剥がれたのだと思い込んでいた。でも、昨日、少し痛みもましになったかな〜と思って、思い切って絆創膏をとってみたら、爪の上のところの皮膚が、パックリ口を開いていた。クローゼットの桟というか、枠というか、そういうところに足を引っ掛けただけで、あんなにパックリ切れているとは夢にも思わなかった。まあ、とにかく痛いことは痛い。いや、それほど痛くないような気がするときもあって、普通に歩いてみようと思うのだけど、やっぱり普通に歩けなくて、足を庇って引きずってしまう。へんな歩き方をするものだから、余計にあちこちの筋が痛くなる。あー不便だ。
神様早く癒して下さい。

 ちょっとだけショックなことが一つ…。
サイトで借りているカウンターシステムが新しくなった。通知は受け取っていたし、設定はとっくに変えたつもりだったのに、さっきサイトを見たらカウンターが表示されていない。
で、色々チェックしていたら、設定変更できていなかったことが判明した。何時ごろからカウンター動いてなかったのかなぁ。
ちょっとショック…。
 それと、今まで自分のPCから、アクセスしてもカウントしない設定にしていたのだけど、カウンターシステムが新しくなって、設定方法が変わったので、今までの設定ではそれができなくなってしまった。しかも、わたしの使っているソフトにはJAVAスクリプトが貼り付けられないので…以下略。とにかく今のわたしの技術では、自分のPCからのカウント除外ができないってこと。今は、キリバン設定も特に考えていないので、別に良いんだけど…。やっぱり早くソフト乗り換えよう…。
あ〜、でも今は忙しすぎ。無理はできないし…。
あせらないでマイペースでやるしかないね。

そして、あなたがたは真理を知り、
真理はあなたがたを自由にします。」
ヨハネの福音書 8:32
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2005年02月13日

ちがれだ〜

 礼拝は感謝。
人は、もし誰かを愛しているなら、その人に影響を受けたり似てきたりする…。聖会でも同じことを言われていたけど、本当にそうだと思う。
 わたしは高校のとき、中島みゆきが好きで、週2回彼女のDJを聞いていたら、友達に「この頃北海道訛りっぽい」と言われたことがある。
 そういえば、夫と結婚してからも、いろんな面で随分変わったと思う…。影響を受けているんだな。
 好きな歌手や、肉の結婚相手からもいつの間にか影響を受けているんだもの、わたしはもっともっとイエス様を愛して、もっともっとイエス様に似るものとされたい。

 昼食を食べてから、本当は、賛美集会だったのだけど、今日は、本の構成の締め切りが迫っているので、父と二人で、部屋にこもって校正作業。結構大変…。

 母も詩音ちゃんの子守をしながら、気にかかる様子…。
わたしはわたしで詩音ちゃんの様子が気になるし…。
そんな中で、母とちょっとしたことで衝突。
疲れているせいかわたしもヒステリックになっていた。
で、結局母は、まだ教会にいた夫のところへ、詩音ちゃんをつれてお散歩に行ってしまった。
そこで、夫と話したらしくて、夫から電話があり、「詩音ちゃんは僕が見るから、あなたは実家に行って、2日間、校正の仕事に集中したら良いよ」とのこと…。
なんだか涙が出てきた。
単に優しいとか、そういうことじゃなくて、わたしの仕事のことを理解してくれて、家族のことを理解してくれて、自分にできることを精一杯してくれる…。普段の言葉や、態度で、ものすごく労わってくれるとか、心配してくれるとか、そんなのちっとも感じられないんだけど、いざと言う時には、どんと構えて支えてくれる。感謝、とかありがたいとか、そんな言葉にならない思いが心に広がった。「思い」って言葉にするのが難しい。
 とにかく、そうと決まって気持ちも少しリラックス。思ったよりは、いいペースではかどった。

 詩音ちゃんは、夜になってだんだん、わたしにまとわりつくようになってきた。今日はほとんどかまってやっていない。ちょっとは淋しいのかな。ちょっと抱っこして、「おかあさん、今日はまたお仕事で行かないといけないの。お父さんと仲良くして、いい子にしてね」と言うと、わかっているのかいないのか「うん、いいこにする」と言う。わがままで、手を焼くことも多いけど、やっぱり可愛いなあ…。
 最近詩音ちゃんは「しおんちゃんのおうちにあそびにきていいよ」っていうのが流行らしい。
この前は教会の夫人に行って傍で聞いているわたしが「えーーっ?!」って感じだったけど、昨日の連絡帳によると、保育園の先生にも言っていたらしい。
 そういえば、昨日の夜、またお布団に入ってから「ぎゅうにゅうのみたい」としつこく言っていたけど、「おかあさん腰も痛いし、足も痛いから、今日はもう下に行けない」と言うと、怒って「もう、おかあさんに『ピーターパン』見したげへんしな!おとうさんといっしょにみるもーん」とか言っていた。怒ると最近「もう御母さんとあそんだげへん」とか言うのがおかしくて仕方がない。笑いそうになるのをこらえるのが大変。お友達に怒りを表す言葉と、わたしに向かって怒りを表す言葉が一緒なんだよね。でも、それを一生懸命考えて言ってる姿が可愛いんだよね。
 明日、詩音ちゃんに会えないと思うと淋しいよ〜。

ですから、私たちは勇気を失いません。
たとい私たちの外なる人は衰えても、
内なる人は日々新たにされています。
コリント人への手紙第二 4:16
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2005年02月12日

バプテスマ記念日

 今日は、わたしのバプテスマ記念日。
1984年2月12日(日)雪の日に、わたしはバプテスマを受けた。
実はわたしは、自分のバプテスマ記念日は2月11日だったと、さっきまで思い込んでいたのだけど、今、探し物をしていたら万年カレンダーが出てきたので確認してみたら、1984年の第2日曜は12日だったから、今日がバプテスマ記念日ということになる。
 一昨日、2月9日が新生記念日。この日は間違いなくはっきり覚えている。1983年2月9日(水)が、わたしの2nd Birthdayなのだ。
 ある方々はバプテスマ(洗礼)から信仰歴を数えられるけれど、わたしが救われた教会では、バプテスマよりも救いの日が大切と教えられたし、わたし自身、イエス様を心に受け入れるお祈りをして目を上げた瞬間から、人生が変わっていたから、本当にこの日、新生したと信じているし、わたしの信仰生活は、この日から始まった。
 何はともあれ、2月はわたしにとっては思い出深い月であり、いつも信仰の原点に帰る月でもある。
 救われて22年が過ぎた。22年を実年齢に置き換えると、もうすでに成人を迎えているはずの年月だけれど、さて、自分の信仰は、成人と呼ぶに相応しいものなのか。
 もっとも、昨今は、22歳でも十分に大人といえるかどうか?という人たちもいるにはいて、例えば40歳でも、20年前の40歳と今の40歳では随分違うように思うし、それは、60歳でも70歳でもそうかもしれない。全体的に、精神年齢は、実年齢よりも低下傾向にあるような気がするのは、わたしだけだろうか。
 かくいうわたし自身も、とても40過ぎとは思えない精神年齢だもの…。ま、よくとらえれば若い、っていうことなんだろうけど…単に若いといってすませられない部分も多々あるような…ちょっと反省。

 今週は、とにかくハードな1週間だった。
日記の更新もほとんどできなかったし、掲示板もレスも遅れがちだった。
 月曜日はちょっとゆっくりしたような気はするけど、火曜日は大阪まで打ち合わせに出かけた。勿論、わたしが出かける打ち合わせということは、キリスト教関係の、父の公演。
 これが…、間に入ってくださっていた方から聞いていたお話と全然違うし、担当者の方は、どうもうちの父のこともあまりご存知ではない様子。たいていの教会の方は、「呼ぼう」という時点で、大体どんな仕事をしているか、チェックしてくださるので、割に話がスムーズなのだけど…。今回は、なかなか大変な打ち合わせだった。
 それが、翌日、朝に電話を欲しい、と言ってこられたので、折り返し電話をかけると、また話が随分変わっていて…。まあ、時間の関係もあり、前日打ち合わせした内容を少し修正するということにさせていただいたけれど…。
 かなり疲れた…。
その疲れを引きずって、病院に。
こちらは、定期的にいっているもので、特にどこかが悪くなったから、と言うことではなく、持病の薬をもらいにいった程度のこと。血液検査の結果はまた次回、ということで…。
 でも、かなり疲れがたまっている状態で、寝屋川まで行って帰ってくるのも、また疲れる…。
 で、10日は、これまた父の出版の打ち合わせ…。思っていたよりずっと時間がかかって…。なかなか、こちらの思いと、先方の希望との調整が難しい…。
 とにかく、父と協力して、頑張って校正をしなくちゃ、ということ。

 昨日は、団体聖会。
講師は松本保羅先生で、この字でお名前は「ポーロ」と読むのだそう。「子供の頃は『ほらふき、ほらふき』と言われた」とご自分でも言っておられたけれど、確かになかなか読めない名前…勿論クリスチャンホームで、ご両親も伝道者であられたそう。
 とにかくユーモアがあって、わかりやすくて、説得力のあるお話だった。さすが、年季の入った先生は違うなあ、と感心。
 クリスチャンとしての、信仰の基礎体力と言うところに重点を置かれたお話で、主に信頼する事、明け渡す事、クリスチャンの希望、祈り…。シンプルな、基本的に気づかせてくださるメッセージだった。
 詩音ちゃんは、会場についてすぐ(ちょっと遅刻していたので)すぐに子供集会の会場につれていった。T先生の娘さんを見つけ、その隣に割り込ませてもらい、Hちゃんに「詩音ちゃんのことお願いね」と有無を言わせず押し付け、詩音ちゃんには、「おしっこに行きたくなったらこのお姉ちゃんに言うんだよ」と言い渡した。詩音ちゃんは、ちょっと緊張気味で固まっていたけど、「イヤ〜」と言うでもなく、座っているので、そのまま部屋を出ようかと思ったけど、その時、向い側に、Hちゃんのお兄ちゃんのY君を発見。いつも詩音ちゃんのことを可愛がってくれるので、一声かけていこうと思い、そばまで行って肩を叩き「詩音ちゃんの事、たのむわ!ヨロシク!!」と言ったら(勿論有無を言わせない口調)「はあ」と引き受けてくれた。
大丈夫かな?と思ったけれど、Y君がとてもよく面倒を見てくれたみたいで、午前の分が終わる頃には、詩音ちゃんもすっかりなついていた。午後も、食事のあと早々とY君についてウロウロしていた詩音ちゃん。「じゃ、ヨロシクね〜」と託して、わたしは午後の集会へ。
 とにかく、午前も午後も、詩音ちゃんは楽しかったようで、よかったよかった。
詩音ちゃんが、子供集会に1人で出られるようになって、ホント、助かるわ〜。
まあ、小さい時から、一人でナースリーに預けられても平気な子だったし、そういうので慣れているから、だと思うけど。

 お昼寝もほとんどしていないのに、詩音ちゃんは元気元気で夜もなかなか寝ない…。わたしの方が眠くて、先にウトウト。詩音ちゃんは、「いちごのとうにゅうのんでくる〜」と階下に行ってしまい、1人でウトウトしながら待っていると、ストーブがピーピーいう。この前から調子が悪くて、付けて間がないのにすぐに喚起のサインが出てピーピー鳴り、止まってしまう。
その、ピーピー音がうるさいので、どれ様子を見ようと、ベッドから降りたら、クローゼットのさんに左足の小指を引っ掛けてしまった。
 足の小指だけを引っ掛けることって時々あるんだけど、これがとっても痛い。「またやっちゃった〜」と思いながら、ストーブを付け直して、もう一度ベッドに横になろうとすると、ふと触れた指先が濡れているみたい。「あちゃ、血が出ているワイ」と思って、下に降りて明るいところで見ると、思ったより血が出ている。
ちょっと爪が浮き上がっているのかなあ…。げ、げ…血を見たら余計に痛くなってきた。とりあえず絆創膏をまいて「詩音ちゃん寝るよ!」と2階へ。
詩音ちゃんも血を見てちょっとびっくりしていたみたい。
お布団の中でしきりに「びっくりしたー。ちーでててたなー」などと言っていた。
 「痛いの〜〜」と言うと「ちちんぷいぷいいたいのとんでけ〜」と言ったり「しおんちゃんがだきしめたげるわな」と言ってギュッて抱きしめてくれたり…。「早く寝なさい!」と言いながら、顔は嬉しいのであった(暗いから詩音ちゃんには見えないもんね)
 寝るときはそう痛くもなかったけど、今朝起きたら、歩くのに普通に体重をかけると痛い。
いつも、体のいとも小さな部分を怪我する度に思うけど、ホント、人間の体って不思議。足の小指なんて、普段使っているなんて意識はないのに、怪我をすると不便なんだからねぇ。
 しかしこの小指は不運な小指で、中学の頃には、グランドピアノの下にはさまれそうになって、って言うか、ちょっとはさまれたのかな?下敷き、って程じゃなかったけど。それで、爪が割れているし、なんか、結構痛い目にあっている指、って気がする。
若い頃、パンプスばかりはいていた頃はよくタコができていたしねぇ。最近は、冠婚葬祭などでたまにパンプスを履くけど、若い頃はよくあんなもの毎日はいていたと思うわ。
ピクニックでもパンプスで出かけていたものねぇ。

 で、今日は、足の指が痛いというだけで、なんだか大怪我をした気分で、大儀に過ごしているわたしであった。
 あ、でもね、バプテスマを受けた頃のことを思い出して、感謝を持って祈りの時だけは持ちました。
初めの愛を忘れないようにしなくてはね…。

私はキリストとともに十字架につけられました。
もはや私が生きているのではなく、
キリストが私のうちに生きておられるのです。
いま私が肉にあって生きているのは、
私を愛し私のためにご自身をお捨てになった
神の御子を信じる信仰によっているのです。
ガラテヤ人への手紙 2:20
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2005年02月07日

no title

 今日、夫と京都のキリスト教書店に出かけて、帰ってきたら留守電に、珍しい友人から留守電が入っていた。
 先日、3回ぐらい続けて夢に出てきて、そのうちの1回は彼が入院している夢だったので気になっていた友人だった。演劇学校の友人なのだけど。
 で、帰ってきて一息ついた頃にまたその友人から電話があった。演劇学校時代の恩師の先生がまた一人、亡くなられたということで、その連絡と、わたしが知っている当時の友人の連絡先を教えて欲しいということだった。
 なんだか淋しい…。その先生はバレエの先生で、当時バレエの経験者がクラスにほとんどいなくて、わたしはそのクラスではまあまあ優等生だったと自負している。件の電話をかけてきてくれた彼は、ずぶの素人で、はじめのころはわたしが教えてあげる側だったけど、学校以外にもレッスンに行ったり、努力を重ね、いつの間にかわたしを追い越していた。
後に、劇団四季に入って、随分活躍していたから(今でもミュージカルや舞台演劇で活躍しているけど)それも頷けるんだけどね。
 それはともかく…、電話で聞かれたのは「(葬儀は)教会でやるらしいんだけど、香典とか、どうしたらいいのかなあ」ということだった。
「教会では普通香典のかわりに『お花料』って包むんだよ。それかお花を贈るとか」って話した。
 いずれにしても、教会で葬儀されるということでなんだか嬉しかった。ていうか、神様に感謝だった。
その先生がクリスチャンだったのか、喪主である娘さんがクリスチャンだからか、いずれにしても、福音を聞いておられたなら、天国で再会の希望がある。信仰を表明しておられなくても、心の中で受け入れておられたかもしれないし…。
 これだけクリスチャン人口の少ない日本で、学校の恩師の先生の葬儀が教会でもたれることは、本当に感謝だ。

 それにしても、恩師の先生方が、高校といい、演劇学校といい、だんだんに少なくなってくるのは淋しいね、と友達と話した。自分たちもそんな年なんだねえ、って…。

 今週は、目いっぱい忙しい。
明日も大阪まで出かけなくてはならない。
明日は病院に行こうと思っていたのだけど、打ち合わせで大阪まで出かけなくてはならない。木曜日も打ち合わせで西宮の実家に出かけるし、金曜日は祝日で団体の聖会だし、これは、水曜日の祈祷会を休んで病院に行くしかないかな。
もう来週までは延ばせないし。
 他にも、仕事を抱えることになるかもしれないし、自分にこなせるのかと不安…。
 でも、神様が仕事を与えてくださるんだから、神様が力も与えてくださるし、責任も持ってくださる、と信じて委ねるしかないね。

 昨日のコンサートのことで、書き忘れたのだけど(今日掲示板にちょっと書いて思い出した)、コンサート、ってやっぱりLIVEの醍醐味があるなあ、と思った。
 なんていうか、録音とか、隠し撮りする人もいるけど、そういう気持ちもわからなくはないけど、やっぱりね、その時だけ、その一瞬を共有できる、って言うところに意味があるような気がする。
 教会の礼拝も、今ネット礼拝とかもあって、それはそれで有益で、わたしもすごく恵まれたりするけれど、やっぱり、教会で、
そこで、他の兄弟姉妹と時間を共有しながら、礼拝することが大事なのだ、と夫がよく話す。メッセージでも言っていたかな。
 時間を共有し、分かち合う事、大切なことだなあ、と思った。
ああいう、コンサートみたいな熱気のある集会、しばらく経験していないかも。周りの人がどうかじゃなく、自分自身が熱く燃えて礼拝をささげる者になりたいな。

馬は戦いの日のために備えられる。
しかし救いは主による。
箴言 21:31
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2005年02月06日

中島みゆきコンサート

 金曜日、掲示板であんなことがあって、正直凹んだ。
土曜日もいろんなことがあって…ここには書けないけれど、本当にいろんなことがあって、掲示板のレスもできなかった。
疲れていた。
 そんなところへ、中島みゆきのコンサートだぁ!
夕方から、こころよく詩音ちゃんの子守を引き受けて、送り出してくれた夫に感謝。
 一番最新のアルバムがセルフカバーアルバムなので、結構古い曲も多いかな、と思ったんだけど、結構満遍なく、古い曲から新しいアルバムまで…って感じだったかな。
 っていうか、本当に色んなアルバムからの選曲で、コンサート後、CD販売コーナーで、どの曲がどのCDから、ってアンコール曲まで書いたリストが掲示されていて、こりゃ、古いアルバムの売り上げも伸びるかも、って感じだった。
 わたしらは楽しめたけどね。
アンコールは結構盛り上がって、みゆきのコンサートでは珍しく(といってもわたしは3回目なんだけど)、スタンディングでの手拍子となった。
 今回は、あんまり考え込む構成でもなくて、わたしにとって感傷的な曲も少なくて、無条件に楽しめた気がする。
 いろんなことがあってホント、疲れていたけど、元気をもらえたかな。
 そりゃね、神様から元気をもらうのが一番だけど、こういう楽しみも、たまにはいいよね!
 帰り、駐車場からの出庫がものすごく混んでいて、待ち時間が長かったので、わたしも歌いたくなって、賛美のCDかけながら大声で歌いまくっていたら声が枯れちゃったよ。トホホ…。

 色んなことがある。わかってくれる人もわかってくれない人もいる。100人中100人にわかってもらうのは不可能だろうし。
トラブルの度に思うことは、いつもわたしのことを理解して、応援して、祈ってくださっている仲間がいる、ということ。神様だけでなく、多くの友が与えられているということ。
神様に感謝している…。

 今日は詩音ちゃんは、お父さんとお風呂屋さんに行ったり、ご飯を食べに行ったり、楽しく過ごしたみたい。
 帰りはわたしの方が少し早かったので、夫と詩音ちゃんが返ってきた音を聞きつけたわたしはカーテンの陰に隠れた。
 車があるのを見て、わたしが帰っているとわかった夫と詩音ちゃんは、家中わたしを探していた。夫も本当にわからなかったみたいで、2階やお風呂場まで探していておかしかった〜。
 バア〜、って出たときの夫の驚きと詩音ちゃんの喜び方といったら…。可愛いなあ。
 やっぱり、家族といるのがわたしの幸せ…!

 今日は、教会の青年とも少し話す時間をもてて、すごくいい交わりができたし、なんか充実した一日だった!

善を行なうのに飽いてはいけません。
失望せずにいれば、時期が来て、
刈り取ることになります。
ガラテヤ人への手紙 6:9
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2005年02月04日

no title

 今日、詩音ちゃんが寝る時、詩音ちゃんはある歌を口ずさんでいた。
♪ライライライラララ〜
これだけじゃ何の歌かわからないけれど、詩音ちゃんは、ちゃんとタイトルも覚えていた。
「しんしぇんみみ(新選組)のお歌…。おかあさんうたって〜」
「えー?お母さん忘れちゃったよ〜。えーと、♪忘れはーせぬ、熱きおーもいー、誠のー旗に集いし…なんだっけ、歌えなーい」「うたえるよ〜」「えーと♪ライライライララライ〜ラーララーラー…、やっぱりダメだ、忘れちゃったよ。『君は愛されるため生まれた』じゃダメ?良い?」「うん」
と言うので、合計3回歌わされたんだけど、1回目の途中から詩音ちゃんも歌いはじめて、あとの2回は、わたしに合わせてだけど、ほぼ完璧に歌っていた。
 内心、嬉しくて、ムフムフ笑いながら歌っていた(^◇^)

 今日、父の本の第1稿が上がってきた。うーむ…かなり、事実と違っているところもあるような…。結構校正が大変かも…。
目標期限までに完成するだろうか…。

 今日は、なんだか、あーでもない、こうでもない、と色々と考えて過ごした。
 昨日恵みの管理人、ということを書いたけど、このサイトの管理人、掲示板の管理人としてどうなのか…。
 精一杯やっているつもりなのだけど、やっぱりいたらないところはあるだろう。人間だものね…。
掲示板をやめてしまおうかと思うこともあるけど、ここを通して、とても素晴らしい出会いもたくさん頂いている。
もう、掲示板を閉じることはしたくない。
どうかどうか、これからの掲示板での交わりが、恵みに満ちたものとなりますように…。
 サイトの管理人もまた、神様の恵みのうちにやらせていただいていることなのだと、感謝していかなくてはいけないのだろう。
そうだ、考えるより、祈ることが必要なんだ、とこれを書きながら気づいた。
勿論、このサイトが、そして掲示板が用いられるように祈ってきたつもりだけど、色んな問題が起こるとき(掲示板上だけのことじゃなくて、自分自身についても)、ついつい、その対処に追われて、色々考えて、祈りが疎かになっていたような気がする。
 今日去っていかれた兄弟のことも含めて、神様の御手にゆだねて祈っていこう。今のわたしにできることは、もうそれしかないような気がする。

 いつか、HP作成ソフトを乗り換えようと思っている。
その時のために、記事のバックアップを取ったり、少しずつ準備を、と思うのだけど、一番頭を悩ませるのが日記。
過去の日記、一応、文書ファイルではバックアップを取っているけど、それをそのままアップすることはできないし(1ヵ月後とのファイルになっている)この日記は、確か、過去にさかのぼって記入できたはずだから、少しずつ、この日記に移行していこうかなあ。この日記は、画像がアップできないのが残念だけど(タグならいけるはずだけど…)、過去ログの保存件数だけは無制限だからな…。そういう意味では、記事をこちらに移行しておけば、日記の張替えだけでいけるよなあ。
 あちこちで、サイトのリニューアル計画や、計画じゃなくて、アクシデントで必然的にそうなったところもあるみたいだけど、masaya-samaのようにセカンドサイトを立ち上げたり、そういうのを見ていると、自分も、もうちょっと凝ったサイトにしたいなあ、と思ったり…。
 ああ、でも、なかなか、時間がないのよね。
自分の分を超えてやらないようにしないとね。
人を見て、「あのように…」と思うのではなく、常に、オンリーワンを目指していけたら…と思う。
 たくさんの人に見られることが目的ではなく、主のご栄光を表すことが目的なのだし…ね。

またキリストによって、
いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって
導き入れられた私たちは、
神の栄光を望んで大いに喜んでいます。
ローマ人への手紙 5:2
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2005年02月03日

詩音ちゃんは可愛い

 詩音ちゃんは本当に可愛い。
その可愛い詩音ちゃんは、夜寝るときに、わたしの顔をなでて「おかあさん、かわいいねえ」と言ってくれることがある。
 昨日は頭をなでながら「おかあさん、いいこだねえ」って言ってくれたf(^◇^;)夫はその場にいなかったけど「おとうさんもかしこいねえ」と言っていた。
その後で「しおんちゃんもかしこいっていって〜」とねだられた(爆)

 最近、忙しいと感じる毎日。
本当に忙しいというより、怠け者で、体のあまり丈夫でないわたしは、朝から夕方までとか、午前午後両方とか、イレギュラーのスケジュールの入っている日が週2日もあるともう爆発的に忙しいように感じる。
その上にやらなければならない仕事も抱えていると来ているので…。
 自分の力でなく、もう上からの力でないと、とてもやっていけない。

 いつもいつものことだけど、まったく自分は神様のために何をやっているのかと思う。
 ただ、最近思うのは、わたしはイエス様の手駒の一つでいられればいいかなあ、と言うこと。自分の思いじゃなくて、イエス様が、「ここでこの手を」って思って、動かしてくださったら嬉しいし、もうイエス様にただただ動かしていただいて、できる事をやっていくしかないなあ、って。
 今年も、すでに、クリスマスコンサートのご依頼を頂いているし、他の教会や集会でも賛美させていただく機会も与えられそうな気配…。しっかり賛美も磨いていかないと。
 今日、銀行に行って残高を見ながら考えた。
わたしは本当に神様に与えられたものをよく管理しているのだろうか…、と。経済も、賜物も…。
 今まで、女性伝道者だったら、誰でもやってこられたことを十分にできていないかもしれない。いつもそう思う。でも、神様はわたしにしかできないこともさせて下さっている。そう信じて、神様の手駒の一つとして、日々神様に用いていただきたいと祈る。
 向日かおりさんのサイトで、近放伝で、ワーシップセミナーを計画されていることを知っていたのだけど、今日教会にその案内が届いた。
定員40名ということだったので、即行申し込んだ。
 前からワーシップに限らず、とにかく「賛美」の学びがしたかった。特にワーシップは歌うのも聞くのも好きなのだけど、どうもあまり得手とはいえない分野なので(オーソドックスな賛美の教会で長く過ごしていたので)、すごく楽しみ。
色んなことで、自分を磨いていきたいなあ、と思う。神様の恵みの管理人として…。

 もっともっと、神様のことを知ることができますように。
もっともっと神様を信頼するものとなりますように。
もっともっとイエス様のことを愛することができますように。
もっともっと熱く燃やされていくことができますように。
もっともっと神の国とその義とを求めることができますように。
もっともっと御言葉を慕い求めるものとなりますように。
もっともっと熱心に祈るものとなりますように…。
もっともっと、明け渡し、献げる者となりますように。

きりがない…(*_*;

そういうわけですから、兄弟たち。
私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。
あなたがたのからだを、神に受け入れられる、
聖い、生きた供え物としてささげなさい。
それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。
ローマ人への手紙 12:1
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2005年02月02日

またまた詩音ちゃんのこと

 今日、詩音ちゃんのお迎えに行ったら丁度、詩音ちゃんの目がウルウルだった。どうやら泣いていたらしい。
「Aちゃんがこうしはった」とほっぺをつまんでみせた詩音ちゃん。そのとき、傷はわたしには見えなかったのだけど、あとで見たらほっぺには引っかき傷ができていた。相手は、0歳児クラスの女の子。詩音ちゃんは何も悪いことはしていない、と言っていたし、先生もおもちゃの取りあいとかならそう言ってくださるけど、何も言っておられなかったので、たまたま、事故みたいなものだったのかもしれない。
「おうちかえったらアンパンマンのシール(絆創膏のこと)はってな!」と言っていた詩音ちゃん。
アンパンマンの絆創膏は、耳鼻科のお薬をもらう薬局でいつも下さる。丁度耳鼻科に行きたくて、早く帰りたかったので「こあらの先生とこ行ったら、きっとお薬もらえるから、そしたらアンパンマンの絆創膏貰えるよ」と、絆創膏でつって、いそいそと帰路についた。
 耳鼻科でも、いつものように賢くできたし、中耳炎も、かなりよくなっていたし、その後はいつもどおりに、過ごした詩音ちゃん。
 さて、今日書きたかったのはそのあとのこと。
またまた寝る前のお祈りのこと。
「あいするてんのかみさま、きょうもこのごはんをありがとうございます。いえすさまのおなまえによっておいのりします」
「詩音ちゃん、ごはんのお祈りじゃないよ、ネンネのお祈りでしょ!」
「あいするてんのかみさま、きょうもたのしかって、ありがとうございます。きょうも、おこられて、ゆるしてください、いえすさまのおなまえによっておいのりします、あーめん」
おお〜、きょうもゴメンナサイのお祈りができたな〜、と思っていたら、しばらくして、詩音ちゃん思い出したように
「あ、きょうAちゃんがこう(ほっぺたをつかむまね)しはったん、おいのりするのわすれたなあ」
「そうやね、忘れたね」
というと、いきなりお祈りし始めた詩音ちゃん。
「あいするてんのかみさま、きょうAちゃんが、こうしはったので、おこってください。いえすさまのおなまえ、あーめん」
「Aちゃんの事、イエス様に怒ってください、ってお願いしたの?」
「うん、だからね、しおんちゃんおこらないよ」
「ふーん、詩音ちゃん怒らないの。じゃあきっとイエス様は、優しく、こうしたらダメだよ、って怒ってくださるね」
「イエスさまはしおんちゃんのおくちからでてくるの?」
「えー、お口からは出てこないよ。イエス様はいつも詩音ちゃんと一緒にいてくださるんだよ。見えなくても。でも詩音ちゃんがお願いしたから、イエス様、Aちゃんのところにも行ってくれはるね」
「いえすさまがいって『こうしたらダメだよ』っておしえてくれはるの?」
「うん…そうかもね」

 詩音ちゃんが、どこまで、何がわかっていたのかわからないけど、何を思ったか、自分で怒らないで、イエス様にお委ねしたところがすごいなあ、って感心しちゃった。
ちゃんと、「自分で怒らない」って言っていたものねえ。
 子供って、きっと神様の事、色んなことがわかっているのかもしれない。
大きくなるほどに忘れていくのかもしれないなあ。
別に、生まれたての赤ちゃんが天使だなんて言わない。
ホンの小さな赤ちゃんだって、すぐにお母さんの気を引くためのうそ泣きを覚える、罪人なんだ…。
それでも、純粋さ、素直さ、イエス様が「子供のように信じなさい」と言われたよい資質を持っていることは確かなんだろうなあ。

 1月の末ごろから、とにかく忙しくなっている。
自分で、生活のリズムをよくコントロールしないと…。
詩音ちゃんにもしわ寄せが行かないように…。

「悪に報いてやろう」と言ってはならない。
主を待ち望め。主があなたを救われる。
箴言 20:22
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