2005年04月30日

選曲

 遅れている賛美の準備をした。
6月の教会の方は、少し前に決めて奏楽者の方に楽譜や音源をお渡ししたけれど、5月の広島と6月の富山のがまだだ。
当日、あるいは前日、1回リハーサルをするだけが精一杯のスケジュールだろう。祈りのなかで、奏楽者の方への信頼が与えられ、とにかく導かれるままに選曲した。
 5曲選んだけれど、それが多いか、少ないか…それさえもわからない。父が着替えるための時間つなぎの意味もあるので、着替える場所との往復にどれくらい時間がかかるか、着替えるのにどれくらい時間がかかるか…。それにあわせてMCを進めるしかない。
とにかく全てを祈りのなかで進めることにする。
 選曲と言っても、今までのコンサートで歌ったものがほとんど。1曲だけ新しい曲にしたけれど、それも以前から歌っている曲だから、わたしにとって新しい曲という訳ではない。久しぶりに歌うことは確かだけれど。もう1曲も、特別賛美として歌うのは詩音ちゃんが生まれる前以来だから、4年ぶりだろうか。そういう意味では2曲が、比較的最近歌っていなかった曲かな。
 とにかく、最近練習不足や、不調の中での賛美が多かったので、この1ヶ月はしっかり体調を整えて、しっかり練習して臨みたい。主を心から賛美するために…。

 今日は比較的ゆっくり過ごしたけれど、ゆっくりしすぎて、晩御飯が遅くなり、詩音ちゃんを寝かせるのも遅くなってしまった。疲れているせいか、どうも詩音ちゃんについついイライラとしてしまい、大きな声を出すことが多くなっている気がする。
詩音ちゃんのためにも、体の疲れが癒されますように。
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月29日

no title

 午前中は、北近江聖会に出かけた。
秋に栗東教会でもお招きする松岡広和先生が講師だったので、ご挨拶もしたいし、ということで、出かけた。
 午前のお話は、以前京都のレディースランチョンでもお聞きした内容とほぼ同じだった用に思うけれど、何度聞いても、共感できるところも多く、ユーモアもあって、良いお証しだと思った。
自分の救われた(イエス様を信じた頃)を思い出して、とても新鮮な気持ちになれた。
 ただ、問題は、会場が、体育館のようなところで、音がとても響くこと。詩音ちゃんがちょっとごそごそしたり、話しかけたり、走ったりすると、ものすごく響くので、夫が気を遣って、結局午後からは失礼してしまった。
午後からのお話のほうが聞きたかったのだけど、ま、栗東にも来ていただくので、そのときを楽しみにしよう。

 午後から帰りながら、幾つかの用事を済ませる。
まずコンビニで、お金を出金しようとしたのだけど、どうしても、出金できない。センターに電話をかけたら、住所変更を忘れていたので、それで郵便物が戻ってしまい「住所不明」になってしまっていて規制がかかっていたのだそう。住所変更もして、規制も解除してもらえたのでよかった。

 出金したお金を持って、秋の団体女性セミナーの会場費の支払いと、楽屋の追加申し込み。
講師の辻井淳さんから名前をお聞きしていた方がちょうど応対してくださって、話もスムーズでよかった。

 その後近くの100均へ。
詩音ちゃんのはさみや折り紙、絵本も買った。
さて、問題はそのはさみだった。
 いつも、詩音ちゃんの髪はわたしがカットしているのだけど、そのはさみにはキャップがついている。今回、詩音ちゃんに、と思って買ったはさみにもキャップがついていた。詩音ちゃんは喜んだ「しおんちゃん、じぶんでかみのけきれるよ!もうおねえちゃんになったから!!」
「ダメだよ、これは髪の毛切るはさみじゃないよ」と言ったら、
「なにきるの?」と言うので、
「紙をチョキチョキするの。髪の毛じゃなくて紙だよ」
「ふーん」
と一応納得はしていたようだったのだけど…。
 夕方、わたしが食事の準備の合間にちょっとPCに向かっていたらなにやら「ジョキッ!」と言う音が。ふと横を見ると、台所で詩音ちゃんが髪の毛を切っていた!「こら〜!だめだって言ったでしょう!」
でも時すでに遅し。詩音ちゃんは「きってない!!ちょっときっただけ」(言っていることがすでに矛盾している。こんなことはしょっちゅうだけど)見ると、人つまみほどの髪がシンクの中に落ちていた。まあ、本当にちょっとだけだね、髪も前髪ではなく再度のところだったし…でもちょっと待てよ?そのわりにはなんかヘアスタイルが…。ふと後のごみばこに髪の毛がたくさん…。
ゲッ、こんなに切っちゃったの?!
「しおんちゃん、かわいくしたかったの」
うーん、おしゃれ心が芽生えてきたのかなあ。
それにしても、左側のサイドだけ、なんだか妙に短い。
晩御飯の後、右側も少し切ってやったけど、どうも左側のようには切れない…。まあ、よほどみっともないって感じはしないけど、明らかにカットを失敗したようには見える…。わたしのせいじゃないってこと、絶対保育園のお帳面に書いておかなくちゃ。

 そんなこんなで詩音ちゃんに振り回されながらも、なんだかやたらとしんどい夕方だった。
午後、家に帰ってから、夕食の準備をするまでは、ほとんど横になっていた。
夕食も、夫が簡単なもの「うどんとかでいいよ」と言ってくれたので、ぎりぎりまで寝ていた。
詩音ちゃんが来るのでゆっくりは寝かせてもらえなかったけど。
そうそう、昨日の夜、詩音ちゃんが珍しく夜中に何度も起きて、そのたびにわたしも起こされたので、すごい寝不足だったんだよね。しんどかったのはそのせいもあったのかもしれない。一昨日の夜は、お菓子作りでまたまた夜更かししちゃったし…。
無理がきかないってことだね。
 去年の今頃は、もっと元気だったような気がするんだけど…。掲示板もにぎやかで、わたしももっとネットに情熱的だったかもしれない。詩音ちゃんを寝かせてから、また起きてネットをしたり…。チャットにも出かけていたのになあ。
この頃はたいてい詩音ちゃんと一緒に寝てしまう…。
 ま、程々にしなさい、ってことなのだろう。
昨年よりも、父のことも含めて、色々と忙しくなっていることも確かだし。
 祈りつつ、祈りつつ、主に委ねられている働きをしていかなくてはね。

それは、この人たちが心に励ましを受け、
愛によって結び合わされ、理解をもって
豊かな全き確信に達し、神の奥義であるキリストを
真に知るようになるためです。
コロサイ人への手紙 2:2
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月28日

no title

 午前中はI姉宅の家庭集会だった。
先月に引き続き、出席者は少なく小ぢんまりした集い。だけど和やかで、こんな時もあっていい、と思った。
パンプキンブレッドは、思ったほどはひどくなかった。
でも、ダイエットの本に載っていたので、全粒粉を使うレシピになっていたけど、今後、普通の小麦粉でやるレシピに、少しアレンジしていこう、と思った。単に、粉を変えるだけじゃなくて、更に美味しさ追求、って意欲が湧いてきちゃった。しばらく、このケーキに取り組んでみよう。
 集会が終わってから、Iさんのお友達のNさんのところに寄った。今日、家庭集会にきたかったけれど、来られなかったとの事で、Iさん宅にお電話があったので…。
 そこでも話が弾み、またまた、詩音ちゃんのお迎えぎりぎりまで話し込んでしまった。
 育児の話から、宗教の話まで、広く深ーく…。
話しながら、つくづく、自分自身が聖書という基準を持っていることに感謝した。自分より長く生きておられる方、また子育ての経験も豊富な方、勿論学ぶところも多いのだけれど、経験で補えない+αがあることを時々ふと感じる。
感謝だなあ、と思う。

 詩音ちゃんは、相変わらず、ヒラヒラしていて、何ごとにも一生懸命で、とっても可愛い。
最近は、とてもおしゃべりになって、保育園のお友達の話もよくしてくれる。延々と○○ちゃんと△△ちゃんが何とかで…、って話してくれることもあって、なんだかさっぱり分からないんだけど、その話し振りが可愛くて、嬉しくなってしまう。
 お祈りは相変わらず面白い。
「祝福してください」が言えなくて「しゅくしゅくしてください」といっている。
我が家では癒しの祈りが多くて、「しおんちゃんのかゆかゆ(湿疹)をなおしてください。おかあさんのおせきコンコンをなおしてください。グランマとグランパのあしをなおしてください。おとうさんのおしごともなおしてください」…ん?
いつも、わたしが祈る時は、「お父さんとお母さんのお仕事も祝福して下さい」とか夫がメッセージの準備の時は「お父さんのお仕事も良くできますように」とか、祈るので、お父さんのお仕事の為にも祈ることは覚えていたのだけど、どうも他のお祈りとゴッチャになって「なおしてください」になっている…。
勿論、横から訂正したりはしない。詩音ちゃんが一生懸命お祈りしているのだから、少々いい間違えても、神様はちゃんとわかってくださっている、と思うから。
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月27日

またまた出会い…!

 今日は、午前中は祈祷会で恵みのときを過ごさせていただいた。
 午後から、友人の伝道者の結婚のお祝いを買いに信楽のクリスチャン陶芸家ご夫妻のギャラリー(工房、自宅も隣接)「みのる窯」を訪ねた。
 そこは、昨年の夏、夫が詩音ちゃんとともに教会学校主催の行事に参加させていただいたところで、素敵なサラダボウルを頂いたことも、印象に残っていた。
と言うより、わたしは従来、清水や有田など、繊細な焼き物が好きだったのだけれど、そのご夫妻の焼き物に出会って「信楽も良いなぁ」と思うようになったというのが正直なところだ。
で、初めてギャラリーにお伺いしたのだけれど、イヤ〜、本当に素晴らしい作品がたくさんあって、目移りしてしまった。
「これ、良いな〜」とすごく気に入る商品は、それなりに良い値段がするのだけれど。
でも、ご主人は、色々と賞も取っておられて、それだけの値打ちがあるのも事実なのだ。
 で、しばらく商品を見て、「これにしよう」と決めてから、夫が、お店の方に声をかけに行った。
よく考えたらそれまで、ギャラリー(お店)には高価な商品がたくさんおいてあるのに、誰もいなくて、黙って持っていってもわからないような状態だった。これってなんかすごい?!
 ご主人は工房で作業をしておられたのだけど、きょうは丁度陶芸教室の日、ということで、奥様が担当しておられたそちらの部屋に案内して下さった。
 そこで、意外な出会い…。
なんと、「あるある探検隊」で有名な漫才師の方の、お母様に出会ってしまったのだ。最初「レギュラー」と言うコンビ名を聞いてもピンと来なくて、「知らなくてすみません」って感じだったのだけど、話しているうちに「あるある…」だとわかり、「知ってます〜!今すごい売れっ子じゃないですか!!」と言うことに。よく見れば、お母様はご本人にとても似ておられた。
 それから話が弾んで弾んで…。
その方はクリスチャンではなかったのだけれど、芸能界の話から、信仰、宗教の話まで、幅広く、深ーいお話ができて、とても楽しかった。あっという間に時間が過ぎてしまった。
みのる窯のK子さんが、決して押し付けることなく、よい証しをしておられるのがとてもよく感じられた。
 K子さんはとても明るくポジティブで、とても魅力的な人柄、信仰的にも熱心で筋金入り。すごく素敵な人だった。
ご主人はどちらかというと無口な感じで、芸術家タイプかな?でも、どちらにしても素敵なご夫婦だと思った。
わたしも、近々、陶芸教室に行きたい!と思っているのだけど、時間がなあ…。
 帰り際に、K子さんが、夫に「先生、ちょっと来てください、何かプレゼントします。B品の中から好きなのを選んでください」と外にあった「お買得品」の棚に案内して下さった。
B品と言っても、素晴らしい作品ばかり。ひび割れが味になっているものもあったりする。
「うーん、あれもいいし、これもいいし…」と色々迷っているとK子さんが「思い切ってこれにしますか!」と言って下さったのはすっごく素敵な大皿。
「え〜、こんなの頂いちゃっていいんですか?」って感じ。
だって、B品とは言え、万のつく値札がついていた…。だってK子さんもホンの小さなひび(焼いたときに入った傷)を見つけて、「あーここやなぁ、でもB品って程でもないわ」と言っておられた品だもの、わたしたちには本当に分不相応な素敵な作品だった。
でも、すっごく嬉しかったので、ワクワク抱きしめて帰ってきた。
使うのがもったいないような…でも使ってこその作品だものねぇ。

 きょうも素敵な出会いがあって感謝だった。「レギュラー」のMさんのお母様との出会いも感謝。
父の証しにも興味を持ってくださっていたので、教会でやるときに来て下さるといいなあ。

 詩音ちゃんは、今日もお菓子を買わなかった。
実は今日、ご飯を炊こうと思ったらお米がなかった。
いやお米はあったけど精米していなかった。
それで仕方なく外食したら、その時にちょっと「おかしかっていい?」といったのだけど、丁度その時お店の方が棒付キャンディを下さったので「やった〜」となり、買わずにすんだ。
でも、さすがに夜、家で「お菓子買わないんだよね〜」って話になった時、「あしたはかいにいってもいいの!」と言っていた詩音ちゃんだ。
明日はどうなることやら。

 明日の家庭集会のために、久しぶりにパンプキンブレッドを焼いたのだけど、カボチャがホクホク過ぎて水分が少なすぎたみたい。それに、少し焦げ気味。うーん、食べるのが怖い。
25年ぐらい前(あ、自分の年を感じるわ…)よく焼いたケーキ(ブレッドと言ってもパウンドケーキみたいなものなのだ)なんだけどなあ…。ちょっとガッカリ。

私の祈りが、御前への香として、
私が手を上げることが、夕べのささげ物として
立ち上りますように。
詩篇 141:2
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月26日

no title

 昨日、「お姉ちゃんになったから明日からお菓子かわない」と約束した詩音ちゃんは、本当に今日は、保育園の帰りに「おかいものいく〜」と粘らなかった。
実は朝にも一度「きょうはもうお菓子買いに行かないんだよね」と確認したら「うん」と言っていた。「へえ、覚えているんだ」と思ったけれど、保育園が終わるまで覚えているか、確信がなかった。
 お迎えの時、園庭で遊びながら、確かに一度は「きょうどこいくの?」と聞いてきた。「来た来た…」と思いながら「どこも行かないよ」と返事をすると「いーやーだー、おかいものいく〜」と言う詩音ちゃん。
「あれ?お姉ちゃんになったから、お菓子買わないんじゃなかったっけ?昨日ラムネ買ったし」と言うと、ちょっと考えて「でもどこかいきたいの〜」「じゃあ、お父さんのとこ行こうか?教会に」
「うん、きょうかいいく〜」
結局一度家に帰って、家にあるお菓子を持って、教会に行った。
最初は自転車で行くといってひとりで家を出たけど、やっぱりどうしても危ないので、わたしが怒りまくって、結局車で行った。
自転車にも乗せてあげたいのだけど、いかんせん、保育園で遊びすぎて時間が遅かったので、それだけの余裕がなかった。
よそ見ばっかりして、危なかったことも事実なのと、度々自転車で遠出(きょうかいまでの距離は詩音ちゃんには充分遠出だ)する癖をつけるのは、まだ危険だと思ったしね。
 結局、教会について、夫に詩音ちゃんを託してわたしは家へ帰って、食事の支度をしたという訳。

 今日は、日記もたくさん書いたし、サイトの更新、特に父のサイトの更新を少しばかりした。後は賛美のご奉仕の準備(選曲や練習など)をしたり…。
まだ、体は重い。イヤ体重のことじゃなくて、何と言うのか、だるい、しんどい。全体的にはゆっくりと過ごした。
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月25日

no title

 昨夜は両親が泊まっていって、朝から、夫が実家まで送っていった。
 わたしは、教会で、イギリス人のお客様…。
この前、リトリートで、短期宣教奉仕の姉妹と、お風呂で少しばかりおしゃべりしたことで、その話を聞いた宣教師の先生が、わたしが英語が話せると思い込まれてのことだった。
 この前話したのは、本当に挨拶に毛がはえた程度のことだったけれど、今回は、教会のことやこれからのヴィジョンについて聞きたいとのこと、本当は夫にも同席して欲しかったけれど、夫が両親を送っていったので、仕方なくわたし一人で対応。まあ、一応、夫よりはいくらか英語が話せるとは言え、伝道・宣教、まして日本のキリスト教界の現状について、など込み入った話を英語だけで話すのは、やっぱり無理だった。
 話せることは精一杯英語で話してみたけれど、本当にちゃんと通じたのかどうか…。相手の方の話していることも、なんとなくしかわからなかった部分が多かったし…。
結局、込み入った話は日本語も堪能な宣教師の先生に通訳していただいての会話だったので、「英語での交わり」がどれほどできたのか…。自分の英語力、特に文法的な面で、「ここで前置詞は何?」みたいなことが山ほどあって、それに時制の問題とかねえ。間接話法になるともう、頭の中ごちゃごちゃだったし。あ〜、本当に、適当な英語で話してしまった。
また英語の勉強もしたいけど、なかなかそこまで手が回らないのが現状…。
でもきっと、英語が必要になったらまた、神様が機会を与えてくださるよね。

 交わりを終えて、家に帰ってTVをつけてびっくり。
関西、それも自宅からそう遠くないところで大事故が起こっている!
被害に遭われた皆さんの心と体のケアが速やかに行われますように。
亡くなられた方も、ニュースを見るたびに数が増えていて心が痛んだ。
ご遺族の上に、慰めが豊かにありますように…。
 わたし自身、もう20年も前のことになるけれど、友人と共に、電車の脱線事故を体験した事がある。クリスチャンになって1年ぐらいの頃だっただろうか…。全国にニュースが流れた大きな事故だったけれど、駅から発車した直後の接触事故で、それほどスピードが出ていなかったために、死者は出なかったように記憶している。それでも、わたしはそれからしばらく、乗り物に乗ると気持ちが悪くなったり、道を歩いていても、「事故に合うのではないか」と言う不安のようなものがあったので、今回のような大惨事に乗り合わせた方々の心中を思うと、本当に胸が痛む。
 神様のお取り扱いがありますように、ただただ祈るばかり。

 詩音ちゃんは今日も元気!
朝は少しグズグズモードで、駐車場から保育園まで「おんぶ〜」とか、言っていたけど、園についてしまえばいつもの調子だった。帰りにはやはり一人で帰りたがったけれど、カウントダウンしたら仕方なく、車に乗ってきた。
 反対にわたしは、週末の忙しいスケジュールと、色々な問題で、少し疲れたのか、午後はひたすらボーっとして過ごした。
食事の支度をする元気もなく、夕方用事で外へ出たついでに外食と相成った。
 久しぶりにファミレスへ行ったら、詩音ちゃんは売店でおもちゃを買いたがって仕方がなかったけれど、おもちゃは断固として買わなかった。昨夜、丁度母とスーパーへ買い物に行った時、おもちゃの入っているお菓子を買ってもらっていたので、「帰ってあれを開けてみようよ!」と言うと、最初はグズグズ言っていた詩音ちゃんも、車に乗ってからは「グランマのかってくれたの、あけてみる〜」と笑顔で話していた。不二家の「ペコちゃん」のついている箱だったので「ペコちゃんポコちゃんのぎゅうにゅうあじのあめも入ってるかな〜」と楽しみにしていた。ホント、切り替えの早い子だ。
 一応、食事をしているときに何の話からだったか、「しおんちゃんはいいこになる」と言って「もう毎日お菓子買わないよ」といったら「うん」といっていた。
それから何度も「明日からお菓子かわないよ」と言って確認して、そのたびに「うん」といっていたけど、本当にわかっているのかなあ。
分かってくれていたら嬉しいのだけど。

 お昼に、銀行に行った。
今月は出費も抑えたつもりだし、他のところに積み立てていたお金から、日常の経費の方に少しお金を繰り入れたし、何とか一息つけるかな、と思ったけれど、月末の支出を計算してみると、やっぱりカツカツ…。
 夫と二人で「不思議だね〜」「結局、マナみたいなもんだね〜。余分にあってもきっと消えちゃうんだよ」と笑ってしまった。そんなことを言いながら、外食に行ってしまうんだもん、のんきだよね。夫だって丸々肥えているし。
 そんな訳で、今日の御言葉は、以前にも引用した事がある御言葉だけど箴言から、大好きな御言葉を。
神様は、いつもわたしに最大限の良いものを与えて下さることに感謝して…。

不信実と偽りとを私から遠ざけてください。
貧しさも富も私に与えず、
ただ、私に定められた分の食物で
私を養ってください。
私が食べ飽きて、あなたを否み、
「主とはだれだ」と言わないために。
また、私が貧しくて、盗みをし、
私の神の御名を汚すことのないために。
箴言 30:8,9
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月24日

本邦初演!「ゴスペル落語」

 近江八幡の教会でのご奉仕。
両親は、前日から、教会の方で、宿泊場所をご用意くださり、送り迎えも教会の方でして下さったので、わたしは詩音ちゃんと、前夜うちに泊まった姉とで直接教会へ。
 今日は、その教会の会堂建築10周年記念の集会だった。
以前、近畿放送伝道協会主催の感謝会でお伺いした事があったけれど、本当に立派な会堂だった。
 朝は、礼拝の時間に、メッセージの代わりに父の証し、とのこと、いいのかなあ、と感謝しつつ、父共々ご奉仕の席に着いた。わたしは父のプロフィール紹介、とのお役目だったけれど、教会の牧師先生が、入門、受賞歴などの略歴をご紹介くださったので、いったいわたしは何を話せばよいのだろう、と思いつつ、思いつくままに、父の芸への取り組みの姿勢、そしてそういうことをも通して神様がい父の心を耕してくださっていたのではないか…と言う紹介をさせていただいた。
 証しはもう、何度も御奉仕させていただいているので、さほど、危なげもなく終えさせていただいた。
 詩音ちゃんは、姉に託して最初は母子室にいたようだけど、途中から、教会の子供たちと一緒に外に出て駆け回って遊んでいたらしい。どこに行ってもすぐになじめるのも、賜物かもしれない。
 そのあと、昼食。昼食も簡単なもので…とお願いしていたのだけれど、ものすごく立派なもので恐縮した。またとても細やかなお気遣いで、わたしたち家族だけでお昼の時間を過ごせるようにと配慮して下さった。
 両親は、また、牧師先生がお迎えに来てくださるとのことで、そこに残して(その施設の更衣室で着替えをすることにしたので)、わたしと姉と詩音ちゃんだけ一足先に教会へ。
姉は自分の身支度と、わたしも会場等の最終チェック。
 午後も、わたしが姉と父との紹介を、とのことで、詩音ちゃん一人、託児室に残してきたけれど、他の子供たちと仲良く遊んでいたようだった。時々、会堂のわたしのところに来たりしていたけれど、泣いたり不安がったりすることもなく、いつものように過ごしてくれたことは感謝だった。
ある姉妹は、その様子を見て「慣れてるね〜、全然平気だね〜」と言って下さった。多分「慣れている」というのは「教会」というところに慣れている、他の教会に行くことに慣れている、という意味だったのだと思う。多分、わたしのように子どもを放りっぱなしにして平気な親も珍しいのかもしれないけれど、教会の中では誰かが見ていてくださるという、安心感があって、ついつい自分の奉仕に集中してしまう。
 特に今日は、父にとっては初めての「ゴスペル落語」。また、父にとっても、姉にとっても、教会主催で落語をやるはじめての機会だったので、わたしもそちらの方が目を話せなかった。
 姉は、なかなか教会に行けないし、受洗もしていないけれど、イエス様を信じている、ということをはっきり証しして落語に入っていったので、それを聞いて嬉しかった。
普通の落語会に比べれば、本数が少ないので、姉にたっぷりやるように、また、できれば少し余芸も、と言ったら南京玉簾をやってくれた。練習もしていなかったし、前日突然に言ったことだったので、なかなか上手く行かなかったけれど、それをも笑いに結び付けて、お客様には喜んでいただけたようだった。
 さて、いよいよ父の「ゴスペル落語」
紹介のときにも言ったけれど、70歳を超えて、新作落語、それも、従来の自分の専門分野とは全くかけ離れた題材での新作落語をやろうと言うだけで、ものすごくチャレンジングなことだと思うし、素晴らしいことだと思う。そういうところはわが親ながら、尊敬する。
 ネタの方は、わたしが書き上げるのも遅く、準備期間が不十分だったこともあって、割りにあっさりした感じになっていたけれど、本邦初演としては、まずまずといったところ。父の話芸にお客様は満足してくださったのではないかと思う。
これからこなれていけば、もっともっとよくなるだろうし、膨らんでも行くだろうと思う。
 この日記を読んでくださっている皆様には乞うご期待、といったところか。

 牧師先生を始め、教会員の皆様はとても喜んでくださり、最後まで本当に丁重にもてなしてくださり、お心遣いくださった。
牧師先生は、両親を我が家まで送ってくださり(わたしの車に荷物が多くて、結局乗り切れなかったので)、車のなかでも色々とお交わり下さったようだった。
 本当に腰の低い、謙遜な先生で、こちらが恐縮してしまうほどだった。主に練り上げられた人格を見せていただいた、とつくづく思う。

 父の本の出版もあって、色々と証しのお問合せも増えていて感謝なことだと思っている。
実際、証しのほかに落語も、という機会も増えてきて、それは、打ち合わせや準備に結構手間もかかる。正直なところ、わたし自身少々疲れてきた…という気持ちがなかった訳ではない。
教会での奉仕や、団体内の奉仕などもある中で、一杯一杯という気持ちがあったことも確かだ。
 でも、先日、ある友人からのメールで、
「Sunnyさんでないと出来ない働きでしょう?
Sunnyさんのサポートがあってこそ、お父様がこんなに主のために用いられてらっしゃると思う。
だから教会のお仕事や家事育児とで大変だと思うけどがんばって!」
という励ましをもらった。涙がこぼれた。そして「また頑張ろう」、と素直に思えるようになった。
きっと、それは、その友人だけでなく、わたしの友達が皆、そう思って祈っていてくださるのだ、と改めて思うことができた。
 「この働き(父のサポート)は神様からのもの」と受け止めてはいたけれど、目の前のことに追われる中で、見失いかけていた。
友人の一言で、もう一度それを思い出すことができて、本当に良かった。

 わたしには重い、と感じる荷物も、実は半分は、イヤ半分以上、イエス様が負って下さっているのだ、と思う時、心は感謝に溢れる。
 そして、今の経験全ては、わたしにとって通らなくてはならない道なのだ、と思うことができる。
 わたしは、自分の身に起こっているすべてのことが、「神様がわたしに何かを教えるため」とは思わないように、しているし、ありのままに受け止めるようにしよう、とは思っているけれど、いずれにしてもそこに神様の摂理があることは確かで、どんなことも、神様の御手の内で起こっている、ってことを思う時、平安がある。
父の健康のこともそうだと思う。
これでもか、これでもか、と言うくらいに、父の体には問題が起こる。近江八幡には車椅子で来た。それでも、来た時だけで、あとは、結局車椅子は使わなかったけれど。
神様が、なぜ父にこれほどの病を与えられるのかは分からない。でも、きっとそこには何かの意味がある。父のためかもしれない。父以外の誰かのためかもしれない。わたしにはわからないけれど、父が神様に愛されていることだけは分かっているのだから、ただ、感謝していこう。
神様に、そして父に感謝していこう。
 これからも、父の体を守ってくださり、1日でも長く、1回でも多く、主のためのご奉仕ができますように、と祈る…。

 父の体だけではなく、今回は、姉の身の上にも問題が起こっていた。姉は、ネタの準備も、心の備えもできないほどに、思いがかき乱されていた。
それでも、舞台に立てば、そんなこと露ほどにも感じさせないプロ根性とサービス精神で、乗り切った。
姉は、子どものころからたくさん病気をしてきて、精神的には本当に鍛えられてきたんだな、と思う。勿論、弱さもたくさんあるけれど、そのために、わたしなんかをそばに置いて下さっているのかも知れない。
姉のことも、神様は愛して下さっている。
姉もまた、神様に用いていただけますように、と祈る…。

 わたしはと言えば、神様が不思議に地境を広げてくださって、また働きの場を与えて下さることに感謝している。
今日の教会でも、また、賛美などのご奉仕で、招いて下さるとのお話だった。
 ピアノも与えられたし、賛美のご奉仕のためにも、よくよく練習しなくてはね…。

 ここには書ききれない色々なこともあるけど、とにかく「感謝」の一日だった。
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月23日

栗東⇒西宮⇒交野⇒近江八幡⇒交野⇒栗東

 今日は、24日の、父の証しと落語のご奉仕のための準備に一日を費やした。
 本当は、参観日と保護者会総会があった。
保護者会のほうは、委任状を出しておいたけれど、保育参観に参加できないことに胸が痛んだ。連絡帳には、「明日は保護者の方と一緒に鯉のぼりを作ります」と書いてあった。
 大体、前の保育園では、土曜日には行事はほとんどなかった。土曜日の行事と言えば、夏祭りぐらいだったかなあ。保護者会の総会も参観も平日だった。結構、参観には午前だけ仕事を抜けて来られるお母さんやお父さんも多かった。おばあちゃんが来られる子もあった。
いずれにしても、土曜日には行事はなかった。園によって違うのだなあ、と思いながら、昨晩、夫に「明日、詩音ちゃんの参観、いけないよねえ?」と聞いてみた。
「えー?」と言いながら、昨夜夜なべで土曜日にやるはずのメッセージ準備をやって、夫が詩音ちゃんの参観に出かけてくれた。
前の園でも、わたしが行けない時には、「詩音ちゃんがかわいそうだから」と都合をつけて参観に行ってくれた夫だった。

 わたしは朝から、家を出発。まず西宮の実家に行って、落語のための座布団や緋毛氈、床机(和風のベンチのようなもの)、後幕、衣装などなどを積み込んで、交野の姉の家へ。
 姉の家では、姉と姉の衣装、それに山台(落語をする時の台)を積み込んで、こんどは会場である近江八幡の教会へ。
 教会では、牧師先生ご夫妻と教会のメンバーの方が待ち受けて下さっていた。
 実は、教会では、朝、礼拝では父が証しをし、わたしたちが昼食に出ているあいだに会場の準備をしてくださると言うことだった。しかし、色々と組み立てるものもあるし、高さなども確認する必要があったので、一度実際に組み立ててみましょう、ということになった。やはり、心配されていた通り、台が低い。
後ろの人は、顔がやっと見える程度だ。こちらが持って行った物と、教会にあった物を色々組み合わせて高さを調節した。
何度も座ってみて、「これなら大丈夫」という確認ができた。
後幕も吊ってみて、高さなどの調節をし、礼拝の時は、その幕を降ろした状態で…などなど、とにかく当日の設営が全部確認できた。牧師先生も奥様も率先して動いて下さり、その熱意に驚いたほどだ。
 結構準備には時間がかかり、本当に、今日、荷物を搬入してよかった、とつくづく思った。5時ごろ、夫から携帯に「そっちの状況はどう?」と連絡が入り、結局、詩音ちゃんのお迎えも夫が行ってくれることになった。そうこうして、やっと万端整って、胸をなでおろした…と、落語をやる時の下の台をかなり高めにしたので、父の足ではそのままでは登れない。結局もう一度姉の家にある、専用の踏み台を取りに行くことに。その前に少しだけ栗東によって詩音ちゃんを車に乗せて交野へ。姉も薬など、若干の忘れ物があったから、丁度良かったのだけど。

 フウ〜、とにかく移動の多い一日だった。それでも、明日のための準備が整ったことは本当に良かった。
とても明日行ってからでは、これほど万全の準備はできなかっただろう。
 夫と、姉の協力にも感謝しなくては。
結局のところ、わたしたちは多くの人に支えられてどうにかこうにか立っているのだなあ、と思う。
本当に感謝…。
とにかく明日の成功を神様に祈りつつ帰途に着いた。
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月22日

詩音ちゃんとの攻防

 今朝は、比較的すんなり車に乗った詩音ちゃん。問題は帰りだった。
駐車場までは良かったのだけど、そこで「ひとりでかえる」と言い出した詩音ちゃん。
お買い物大好きな詩音ちゃん(買い物に行ったらお菓子を買ってもらえると思い込んでいる)に、「お買い物行くよ!」でつっても、聞く耳を持たない。お尻をペンペンして車に放り込んでも「イヤ〜おりる〜」と泣き喚くので、ついに忍耐の緒が切れたわたしは、「お家に帰ってこなくてもいいから、好きなところに行きなさい!」と詩音ちゃんを車から放り出して、車を発進させようとしたら(本当は詩音ちゃんのあとからついて行くつもりだった)、詩音ちゃんが今度は、車の前に手を広げて立ちはだかって、通せんぼ。
 結局、「買い物に行く」と言ったわたしの言葉につられ、お菓子買って欲しさに車に乗った方が賢い、と読んだらしい。
で、車に乗ってから「おかいものしてからしおんちゃんひとりでかえる」とか言い出したので、「そんな子には、何も買ってあげない」「イヤ〜かってあげる〜」(ここでも詩音ちゃんは文法がおかしい)すったもんだしながら買い物を済ませ、詩音ちゃんのお菓子も買ってやった。
結局、買ったお菓子を、車で食べたくて、歩いて帰ることはどこかへ飛んでいってしまったようだけど。

 きっとこんな躾け方はいけないのだろう。ねだられてもお菓子は買ってはいけないのだろうし、何があってもお尻を叩いたりしてはいけないのだろう。
頭でわかってはいても、結局「飴と鞭」式になってしまう。
日々反省しながら、詩音ちゃんと格闘の毎日だ。
でもね、きっと、少しずつ、色んなこと、理解していってくれると信じているよ。わたしたちの愛する子供だものね。
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月21日

独立心パートU

 今日も、詩音ちゃんは一人で出かけた。
昨日は雨だったので一人でいけない、と諦めたらしいのだけど、昨日の夕方には雨が上がっていたので「あしたはしおんちゃんあるいてほいくえんにいくの〜。ぜったいあめあがるから」と言いながら寝た。
 朝、「早く起きて早く準備しないと、歩いて行けないよ」としきりに急かすも、なかなか、調子の出ない詩音ちゃん。わたしがガミガミ言うので、いつもはひとりでするお着替えも「おかあさんてつだって〜」と言い出した。
とにかく準備をして送り出した。
 わたしはほんの少し遅れて詩音ちゃんが角くらいまで行ったころを見計らって外に出てみると、なんと、詩音ちゃんは三輪車に乗ってまだ家のすぐそばにいた。「三輪車はダメー!保育園には三輪車に乗っていかないよ。それともその三輪車、もう保育園にあげる?」とわたし。最初はグズグズ行っていたのでカウントダウンして、「もう車に乗せていく!」と言ったら「かたづけるの〜」と三輪車を片付け、結局手を振って、歩いて出かけた。
ちょっとプンプンしていたわたしは、詩音ちゃんが手を振っているのを無視して、車でゴミ捨て場へ。ゴミを捨てて、そこで様子を見ていたら、詩音ちゃんが、ヒラヒラ走ってきたけど、今朝はなぜか車が多い。
 ゴミ捨て場まで来た詩音ちゃんは、そこでまたウロウロ遊んでいるので、車から降りて「早く行かないと体操に遅れちゃうよ。早く行きなさーい!」と叱咤激励。詩音ちゃんがヒラヒラ歩き出したのを見て、今度はちょっと車を先の方まで走らせ、止まっていたトラックの向こう側に止めて詩音ちゃんを待った。わたしのほうからも詩音ちゃんが見えないので、結構心配だったけれど、周りの車の様子など、見える範囲に気を配りながらまった。と、一度、わたしの車の後ろ側のトラックが動いたので詩音ちゃんの姿を確認。詩音ちゃんも、車が確認できたようで、ちょっとスピードを上げたようだった。そこへまた別のトラックが来て同じ場所に止まってしまい、またまた互いに姿が見えなくなった。
こんどはすぐにそのトラックも移動し、詩音ちゃんも結構近くまで来たので、わたしはもう少し進んでから待っていようと車を動かし始めた瞬間、なにやら詩音ちゃんの声が聞こえた。振り返ったら、詩音ちゃんは帽子を脱いで、泣きながらそれでもこちらに向かっている様子。車を降りて詩音ちゃんのほうに迎えに行ったらやっぱり泣いている。「お母さんと一緒に行く?怖かったの?」「うん」「車、一杯いたでしょ。だからお母さん、危ないよ、って言ったでしょ?」「うん…」
車に乗せた詩音ちゃんとしばし抱き合って、詩音ちゃんも落ち着いたところで、そこからまた車で保育園へ。保育園についた時には「今日も詩音ちゃんは頑張って歩いたよね」とほめてあげたら「ちょっとだけあるいたの!」と満足したようだった。
 車の中では、昨日お熱があってお休みだったMちゃんのこと「きょうはきてるかな〜」と、気にしていたので、「お熱下がったかな?」と言うと「おかあさんみたいに、おねつさがったかな〜」と言っていた。少しずつお友達も増えてきたようで、よかった。そういえば最近、前の保育園のことを言うことも減ってきたようだ。
そのかわり、と言っていいのかどうかわからないけど、昨日の連絡帳では、詩音ちゃんのマイペースぶりも、ボツボツ発揮され始めたようで、「給食や着替えになかなかエンジンがかからない」と言うことが書いてあった。前の園でも言われていたことだ。
新しい園に行き始めて、しばらくは緊張感もあって頑張っていたのだろうけど、慣れるとともに、緊張感もなくなって、マイペース詩音ちゃんになってしまっているよう。集団生活、ってこと、少しずつは学んでいってくれると思うのだけど…。

 今日は、やることがたくさんある。少しは体力も回復してきたので、少しずつ頑張らないと!
神様に力を頂いて、ね!
≪11:50am≫

神を愛するとは、神の命令を守ることです。
その命令は重荷とはなりません。
ヨハネの手紙第一 5:3
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月20日

ピアノが我が家にやってきた!

 とりあえず、書きたいことは幾つかあるけれど、今日のメインはこれ、ピアノが我が家にやってきたこと。
母のお友達が、昔娘さんのために買った物だけれども、ほとんど弾かずにそのままになっていたもの、とのことで、いただけるということだったので喜んで譲っていただいた。
 昔からの友人で調律の仕事もしている人に「できるだけ安くて、信頼のできるピアノ運送屋さんを教えて!」と無理を言って紹介してもらい、スケジュールを運送屋さんにあわせる(滋賀方面にくる便がある時に同梱してもらう)ということで、安くしていただいた。まあ、友達に頼んだときは「安く」というよりも、「高くない」という程度の希望だったのだけど、随分便宜を図っていただけたようだ。相場を知らないので、それがどれくらい安かったのかは分からないけれど、満足の行くサービスだったので、充分感謝している。
 とにもかくにも本物のピアノが与えられたことが嬉しい。
昨日の夜中に、夫が今までリビングに置いていた電子ピアノを2階に上げてくれた。朝起きて、詩音ちゃんは、ピアノがないので不思議そうに「ピアノどこいったの?」と言うので2階にあるよ、と言うと「ちょっとみてくるわ」ととことこ上がって確認していた。「今日、本物の、教会みたいなピアノがくるんだよ」と言うと「きょうかいのピアノくるの?」と言うので「教会のじゃないけど、教会のみたいなやつ」と説明したけど、イマイチ伝わっていないみたい…。「きょう、きょうかいのぴあのくるから、しおんちゃん(保育園に)スカートはいていく」と訳のわからないこと言っていたし。
 とにかく、詩音ちゃんを送り出し、祈祷会に出かけ、午後から、運送屋さんが来るまで、ソワソワ。なんだか何も手につかなかった。
 ピアノが届いたあと、早速さわってみた。確かに、年季が入っていて、傷もあるし、埃もたまっている。でも、ピアノだ〜。
これから手入れをして、可愛がってあげよう…と思った。
 お迎えのあと、コンビニに支払いに行き、そのあと用があって教会に寄り、詩音ちゃんに「おうちのピアノ見に帰ろう!」と言うと詩音ちゃんもすぐに「みにいく!」とウキウキ。
帰って、リビングに入ってピアノを見た瞬間「うわ〜すっげ〜」
何でそんな言葉遣いなん?とつっこみたかったけど、詩音ちゃんの素直な感動が嬉しかった。
 でも、今まで電子ピアノの下のところにぬいぐるみを並べて寝かせたり、自分もそこに入り込んで「詩音ちゃんのお部屋」と化していたスペースがなくなったことはちょっぴり淋しいみたい。
また、ピアノの上に乗って、「みてみて!」と嬉しそうにしているのを見て、わたしがびっくり、大きな声で「ワー、詩音ちゃんそんなところ乗っちゃダメー!!」と怒ったので、喜びも半減しちゃったかな?
 でも夜、夫が帰ってきて、やっぱり嬉しそうにピアノを触っていたら、「しおんちゃんもー!」と嬉しそうにピアノを弾きに来た。でもそのあと、「バタン!」と蓋を閉めたので、またまた私が飛んできて「詩音ちゃん、もっと優しくして!」と言ったので、またガッカリ。ま、慣れるまでは仕方がないね。
 夫は夫で嬉しそうだった。
自分たちの経済力では、決して買えない本物のピアノだもんね。
それにしても、わたしが持ってきた電子ピアノだって買ったときは結構な値段だった。今は、88鍵の電子ピアノも随分安くなったものねぇ。しかもうちのはペダルが壊れているし…。
せっかくだから修理しないとね…と思いながら、そんなに使わないのでそのままになっているのだけれど。
 ま、本物のピアノが来たのだから、少しは練習にも励みたいものだ。

 話が前後するけれど、今日の祈祷会もとても恵まれた。丁度今わたしが色々と思い巡らしていることと通じるものがあって、思いを新たにした。ユダの手紙3節から、「ともに受けている救い」ということについての学びだった。
 わたしたちは、同じイエス・キリストを信じている共同体なのだと言うこと、これは素晴らしい財産なのだ。共同体としての地方教会ということについても、比較的最近認識を新たにしていたけれど、公同の教会(ちょっと専門的な言葉だけれど簡単にいうと、イエス・キリストを信じる全てのクリスチャンのこと)という意味でも、わたしたちは共同体なのだということ。
 今社会で問題になっている教会のことで、月曜日に気付きが与えられて、ブログに書こう、と思ってから、更に更に色々な思いが与えられ、色々と教えられている。
感謝しつつ謙遜に学ぶものでありたい。

 ピアノが届いたあと、秋の団体夫人セミナーの関係で会場を押さえるために栗東のさきらというホールに。こういう責任のあることをやるのは本当に苦手だ。まあ、得意な人ってそういないのだろうけれど。特に今年は、初めてのヴァイオリンコンサートと言うことで、今までと勝手も違うし、わからないことだらけ。あーもう、頭が痛い。講師の先生にも、失礼なことを言っていないか?とか、とても心配になる。わたしが紹介した先生なので、いきおいわたしが交渉役になってしまっているけれど、お会いしたことはあるものの、親しいという訳でもなし、なんだか、とっても不安…。神様に助けていただきつつ、本番が無事に迎えられますように…と祈る。

 中国宣教の友人からメールが届いていた。
反日デモのことで気にかかって祈っていたけれど、こちらからはメールも出さないままになっていた。
 まずは無事であることが確認できたことは感謝。続けて、中国宣教の友たちのために、そして中国宣教の御業のために、祈っていかなければ。

主は、みことばを完全に、しかも敏速に、
地上に成し遂げられる。」
ローマ人への手紙 9:28
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月19日

独立心

 詩音ちゃんは、朝からやる気満々だった。
朝ご飯を食べたあと、わたしが用事をしてウロウロしていると、いつの間にか自分でちゃんと着替え始めていた。
しっかり最後まで、親の手を煩わせることなく、一人で着替え、またまた「ひとりでいきたい」
「どこへ?」
「ほいくえん、じてんしゃでいくの」
「保育園には自転車でいかないよ。」
「いやだ〜、じてんしゃでいってもいいの!」
「保育園も、小学校も、自転車で行ってはダメなの。歩いていくか、車で行くか」
「あるいていく」
「一人で歩いていくの?じゃあ、1人で行きなさい」
一応、1人で送り出し、その後、車でまるで尾行するように詩音ちゃんについていった。
詩音ちゃんは、時々振り返って手を振って、満足気だった。
わたしは時々追い越したりしながら、様子を見ながらついていった。
踏切では、ボケッとしていて、他の車に迷惑がかかっている…。イライラしつつも、とりあえず見守る。
途中2回くらい、「危ないから車に乗りなさい」と言ったけれど、詩音ちゃんは言うことを聞かない。自分の中で、「このあたりで車に乗せよう」と思っていたところを過ぎてもまだ詩音ちゃんはあるいていく。あの詩音ちゃん独特のひらひらした感じで、嬉しそうに歩いていく。途中で一度こけて、一瞬泣きそうな顔で振り返ったので、車に来るかな?と思ったけど、手を振って歩き出した。
 そんなことをくり返して、最後は、わたしが詩音ちゃんを追い越して信号で止まっていたとき、さすがに疲れてきた詩音ちゃんの半泣きの声が聞こえてきた。
丁度信号が赤だったので、車を降りて行くと、詩音ちゃんが走ってきた。「車に乗る?」と聞くとコックリ頷いた詩音ちゃん。
さすがに疲れてきたらしい。
「遠かったでしょ?」と聞くと「あつかったの〜」と言っていた。
 でも、かなりの距離を1人で頑張って歩いた姿を見ながら、ちょっと頼もしさを感じたりもした。
まだまだ目が離せないけど、自立心旺盛なのは悪いことではないよね。≪1:15pm≫

あのむなしい、だましごとの哲学によって
だれのとりこにもならぬよう、注意しなさい。
それは人の言い伝えによるもの、
この世の幼稚な教えによるものであって、
キリストによるものではありません。
コロサイ人への手紙2:8
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月18日

出会い

 今日は、八尾の方まで出かけた。
クリスチャン教育についての講演があると言うので、子供の教育問題だけでなく、教会の若者のためにも参考になるかも、と思いでかけた。
 その教会は、本部教会(?)のほかに、いくつものチャペルを有していて、衛生教会システムと言うのだろうか、よく分からないけど、とても大きな教会だ。また会堂が大きくて、三角屋根のいかにも教会らしい聖堂であることでも有名だ。幾つかあるうちの一つのチャペルの会堂管理者が、わたしたちの教会員の妹さんということで、以前から色々とご案内を頂いてはいたけれども、行く機会がなかった。
 今回、時間的な余裕と、内容に惹かれて出かけたけれど、さすがに八尾はちょっと遠かった。車で出かけたのだけれど思ったより時間がかかり、少し遅刻してしまった。
 タイトルと、昼食の申し込みなどもあったので、もう少し、セミナーチックな、集会なのかな、と思っていたけれど、集会は午前だけで(伸びて少し午後まで食い込んだけれど)、内容は比較的簡単な講演と、アメリカのある大学の学校紹介だった。まあ、言ってみれば、その大学の学校説明会みたいな感じ。
 ただ、行ったときその大学の教授の方が、「fundamental」「conservative」「evangelical」という用語の解説をしておられ、そのことが、ある意味で有益だった。
特に、「fundamental」という言葉は、わたしは長年聞いて教えられてきたけれど、その言葉が、アメリカで、どのような流れでどのような意味で使われてきたのか、非常に良くわかり、その点でよき学びとなった。
 また学校については、教師も生徒も全てクリスチャンのみで、しかも非常に「fundamental」「conservative」「evangelical」な立場に立ちながら、アメリカの主流派の教会に数えられているということで、そのような大学がアメリカにある、と言う点は素晴らしいと感じた。留学生のための語学教育プログラムも、充実しており、もっと若い時にそういう学校を知っていたら行きたかった!と思わせられ、ワクワクした。
 まあ、思った以上に学費や寮費がかかるようで、アメリカだから安い、ということはないんだなあ、と言うのが実感だったけれど、よい教育には、いずれにしてもお金がかかるということか。

 そして午前のプログラムが終わり、食事の時間…と、わたしたちの前に座っておられた年配の方が前に立って挨拶された。その方がその教会の主管牧師であられた。
 それまでの様子から見ても、かなり教養のある偉い(?)先生だな、という印象は持っていたのだけれど…。
そういえば、その学校の説明が終わったときにその先生がわたしに「(その学校に)行きますか?」と聞かれた。「もうちょっと若い時に知っていれば…」と答えたら「いくつですか」と聞かれたけれど、いったいいくつに見えたのだろう。
そういえば、会場を見渡したところ、男性はスーツ、女性もかなりきちんとした服装をしたかたがほとんどで、わたしたちのようにラフな服装をしているものはほとんどおられず、最初は、とてもわたしたちが同業者だとは思われなかったのだろうなあ。
 同席しておられたもう一人の先生も、その教会の牧師の一人で、かなり色々な話が弾んだ…と話しているうちに、やっとわたしたちが何者であるか、と言うことがその若い先生にばれて(?)父が何者であるか、ということも知っておられ、父の話になった。
 色んな先生が入れ替わり立ち代り挨拶に来てくださったり、話していかれて、どうやら、今年中にも父はまた、その教会にお招きいただくことになるかもしれない…。しかしあんまり色んな方とお話したので、誰が誰やら、頭の中が混乱しているのだけれど…。
 父の本が出版された話もして、こんなことなら何冊か、本も持って来ればよかった…と思った次第。
 そのあと、素晴らしいその建物や聖堂を、ご案内頂いて長い時間お交わり頂いて、その教会を辞した。
 それにしても、あんな展開になるとは思っていなかったのでびっくり。神様の摂理の不思議を思った。わたしたちが遅刻しなければ、そのテーブルに座ることもなく、このような出会いもなく終わっていたかもしれないのに…。
今日は、わたし自身はいつもにも増して髪はぼさぼさ、顔はスッピン、夫もとてもラフな服装だったから、ちょっぴり恥ずかしかったけど。ま、服装で人を見られる方々ではなかったので、それは感謝なことだけれど。

 予定外に長くお交わり頂いて、行く前には、「ここまでくるんだったらGood Newsさんとこ寄ればよかったね〜」なんて言っていたけど、とてもそんな時間もなく「詩音ちゃんのお迎え〜」と言いながら、ちょっとだけオアシス(大阪ライフセンター)を偵察しに寄った。
 入り口を入ってすぐのところに、平積みの本ばかり置いてあるところがあるのだけれど、そこの真正面のところに、2列、平積みにして、父の本を置いてくださっていた。こんどのクリスチャンセンターでの催しのチラシもすでにはってくださっていて、この本に力を入れてくださっているのが感じられた。オアシスは、いのちのことば社の直営の店なので、そういう意味では、力を入れてくださって当然なのかもしれないけど。
「売れてますか〜?」と聞きたかったけど、それも恥ずかしかったのと、もう時間がかつかつだったので(車も路上に止めていたし)、早々に引き上げた。ま、長居したらまたいろいろ買いたくなってしまうので、引き上げて正解だっただろう。

 夕方、夫がちょっと教会まで行った時、詩音ちゃんは、「しおんちゃん、おとうさんとこいってくる」と自転車で外へ行こうとしたのだけど、わたしは夕食の準備もあって、付き合っていられない。「一人で行ったらダメ、っていったでしょ」と言っても「イヤ〜」といって聞かない。そうこうするうちに夫が帰ってきてしまい、ますます詩音ちゃんはダッダッ子モード。「お父さんとお散歩行ってきたら?」と言うとお父さんのほうが「嫌だ」
仕方がないから、「じゃあ、お母さんと、お家の回り一周するだけね」と言って、自転車で出かけた。
 家の一角を一周するわずかのあいだに、見る見る外は暗くなって家の近くに戻ってきたころには詩音ちゃんのほうから「おうちかえる〜」と言っていた。
 帰ってきて、遊んでいると、夫が詩音ちゃんの剣玉で遊び始めた。詩音ちゃんは「ダメ〜!それしおんちゃんの!」と主張。
夫は「いいでしょ、貸してよ!」と言い張るので、わたしから、「一度詩音ちゃんに返して、それから借りて」と言って詩音ちゃんに渡してもらった。「詩音ちゃん、お父さんに貸してあげてね」と言うと素直に「ハイ、お父さん」って持っていった。
 ちょっと、相手のいうことを受け止めてあげるだけで子供って満足する。親はちょっとばかりの忍耐がいるけれど、できる限り、子供に満足を与えてやれる環境を作りたい。決して甘やかしではなく、「ダメダメ」と言わない育て方をしたいと思うのだ。
とは言え、ほとんどは「ダメ!」「早くしなさい!」になってしまうのだけれど。

 夜は久しぶりにジンギスカン。美味しかった〜。
この前またコープに松尾のジンギスカンが出ていたのだけど、買えばよかった…。またしばらくは、食べられないなあ…。

あなたがたは、このように
主キリスト・イエスを受け入れたのですから、
彼にあって歩みなさい。
キリストの中に根ざし、また建てられ、
また、教えられたとおり信仰を堅くし、
あふれるばかり感謝しなさい。
コロサイ人への手紙2:6,7
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月17日

つかの間の独身

 まだ咳は止まっていないし、朝から頭痛薬を飲んでの礼拝出席だったけれど、のども体も随分楽になった。声も少し出るようになって、賛美もまあまあ、声を出せて嬉しかった。

 詩音ちゃんは、教会に行く用意ができると、さっさと「いってきまーす」と家を出てしまった。
自転車で、一人で教会に行くという。
全くもう…と思いながら、急いでわたしも支度をして家を出た。まだすぐ先の角で手間取っていたので、すぐに追いついたけれど。相変わらず、道路の真ん中をフラーッと走って行くので、「もっと端に寄りなさい!車が来るでしょ!!」と言うと、立ち止まって、「(車は)きてないでしょー!!」と反論。それでも少し端によって走り出したのはいいけど、とにかくよく止まる。
その上、すぐに余所見をして、フラーと、右へ左へそれる。
よその家の車に当たりそうになっては「危なーい!!前を見なさいっ!!!」するとまたまた止まってしまって動き出さない。そんなことの繰り返しで、もう叱り疲れて、「もう、こんどから教会に自転車に行くのは止めなさい!」と言うと「わかった、おかあさんがおこるから」だって。全くもう、誰のせいよ〜、と思いながら、苦笑。
 詩音ちゃんがもう少し早く起きて、さっさと用意してくれたらもう少し余裕を持って出られるのになあ…と思いながら、昨日の夜、夜更かしさせてしまった親が悪い、と反省。

 今日は、愛餐会のあと、教会のOさんが息子さんと「詩音ちゃんをつれて帰ろう!」ってことで、詩音ちゃんのお持ち帰り。
夫は夕方から少し出かけたので、つかの間、一人になって、ボーっと、あちこちのサイトを覗いたり掲示板のレスをしたりしていた。平日の昼間もひとりでいることは多いのだけど、日曜日に一人になることってまずないので、なんとなく、「わー、この時間独身だ!」と嬉しくなってしまった。
 子供も可愛いし、夫のことも大好きだけど、ふとした時間、一人になれるのって妙に嬉しい事がある。今日は夜食べるものもあったから、食事の支度にも追われず、なんだかホッとした時間だった。

あなたがたはイエス・キリストを
見たことはないけれども愛しており、
いま見てはいないけれども信じており、
ことばに尽くすことのできない、
栄えに満ちた喜びにおどっています。
ペテロの手紙第一 1:8
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月16日

no title

 特別なことは特になく過ごした。

 詩音ちゃんのお迎えに行った時に、園長先生と少しだけお話をする機会があった。
 実は、園長先生とは、今の園に入園のための書類を持って行った時にはじめてお会いしたのだけれど、勤務先が教会ということで、わたしのことを覚えておられた。前の保育園に最初に入園することになった頃、その園におられたらしい。結局、その園が火事で焼けて、入園が延期になってしまったので、すれ違いになってしまったのだけれど。
 更に今日お聞きしたところによると、詩音ちゃんが生まれて最初に市役所の福祉課に保育園の事を問い合わせた時に、電話に出てくださったのが、今の園長先生だったらしい。今日、詩音ちゃんを見て、「お電話を頂いたのは、生まれてすぐの頃だったんでしょうかねぇ。早いですねぇ。こんなに大きくなって…」って感慨深そうにおっしゃってくださった。
 この世的には、偶然、と言うことになるのかもしれない。けれども、色んな偶然が重なることはもはや偶然ではないと思う。前の園は園舎も新しく設備もよく…という思いもあったけれど、今の園に変わったのも神様の摂理だったのだな、と思いを新たにした。こんなにも園長先生に気にかけていただけるのも、たくさんの新入園児の中で、特別なことではないかと思う。
園長先生に覚えていただいたからといって特別素晴らしい訳ではないけれど、やっぱり詩音ちゃんには、「愛される賜物」があるんだなあ、なんて、親バカなわたしは思うのだった。
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月15日

うさぎちゃん大火傷?!

 人騒がせなタイトルですみません。
「うさぎちゃん」とは、ぬいぐるみのうさぎちゃんのことです。
先日、詩音ちゃんに毛を刈られて凸凹になったうさぎちゃん。
今度は、詩音ちゃんにドライヤーをかけられて、毛が溶けてしまい、無残な状態になってしまった。
「うさぎちゃんかわいそう〜」と言うと、「おかあさん、ひもでなおしてね」と言っていた。ひもというのは糸のことらしい。最近、詩音ちゃんは、針で紙に穴をあけて糸を通して凧にするとか何とか、とにかく糸に凝っている。うさぎちゃんも、糸でなおしてくれと何度か言っていたけど、「これは治らないよ」と言ったら「うさぎちゃん、なかなかふわーってならなかったの。詩音ちゃんブンブン(ドライヤーのこと)してあげたんだけど…」
「仕方がないから、うさぎちゃんともうさようならしようね。また買ってあげるよ。もう捨てようね」と言うと、案外あっさりとうさぎちゃんに「バイバイ」と手を振っていた詩音ちゃん。
それでもわたしは、なんとなくごみばこに入れるのが忍びなくて、床においていたら詩音ちゃんのほうから「もうー、ちゃんとごみばこにすてといてよ〜!」
だって。あっさりしているのに驚いた。毎日抱っこして寝たりして、すごく可愛がっていたから、捨てるのを嫌がるかと思っていたんだけど。ま、他にもぬいぐるみはいっぱいあるしね。
寝るときにも「うさぎさん可哀想だったね〜」と言ったら、一応「しおんちゃんうさぎさんだいすきだったのに〜」とは言っていたけど、案外執着していないようで安心した。
そのうち可愛いうさぎさんを買ってあげよう。

 詩音ちゃんは毎日、とにかく可愛い。2段ほどの詩音ちゃん専用のステップ(踏み台)を持ってウロウロしては、「お手伝い」をしてくれる。わたしがエプロンをしないで台所に立っていると「はいエプロン」って持ってきてくれるし、よくしゃべるし、陽気だし。とにかく、詩音ちゃんの全てを記録してとどめておきたいと思うほど。
 でも、この一瞬しかないから、愛おしさが倍増するのだろうな…。
 全然違う話だけど、わたしは桜の花が好き。もうメチャクチャに好き。満開の桜を眺めていると哀しくなるほど好き。
何で哀しくなるかと言うと、もうすぐに散ってしまって、その満開の状態を留めておくことができないから。その刹那的な瞬間が物悲しくて好き。たとえ写真にとっても、ビデオにとっても、その満開の桜の美しさは写せない。
 詩音ちゃんの可愛らしさもそんな感じかな、と思う。
写真にとってもビデオにとっても、きっと心に残っている詩音ちゃんほどには生き生きとしてはいないのだろうと思う。
…にしても、もうちょっと、普段の詩音ちゃんのビデオを残しておきたいとは思うのだけどね。あんまりビデオとかとっていないから…。
 詩音ちゃんはしょっちゅう歌っていて、色んな歌をごちゃ混ぜにして、メロディーも歌詞もメチャクチャな歌を作る。
でもそのなかで時々「♪神の愛は〜」なんて歌詞が聞こえてくるのでびっくりする。そんな歌、CSで歌っている歌の中にはないと思うんだけど…。どこかでそんな言葉を聞いたのが頭に残って歌っているのだろう。
 4月から成長を使い始めて、丁度カリキュラムが「天地創造」から始まっている。詩音ちゃんに「神様は一番最初に何を作られたの?」と聞くと「ひかり!」と答えられるようになった。
昨日は続きがあって「それから…なんだっけ?えーと、えーとそらとうみ!」少しずつ、少しずつ、詩音ちゃんも、色んなことがわかるようになってきたのだなあ、と感動。まだ「人間」とかって分からないみたいで、自然とか、そういうほうが身近なようだけどね。
 だけど、色々なことが分かってきた、これから、本当に責任重大なのだなあ、と思う。このまま素直に育ってくれたら嬉しいのだけどね…。

 ここ数日、体調はよくないものの、穏やかな日が続いている。
勿論、やらねばならないこと、思い煩いはそれなりにあるのだけれど、それはそれとして、自分の中ではとても落ち着いた時間が流れている。ちょっとのんびりしすぎていて、色々と手をつけなければならないこともあるにはあるのだけれど。
 一足一足、主の御手に引かれて歩んでいこう、と思うこの頃だ。

主を恐れるなら、いのちに至る。
満ち足りて住み、わざわいに会わない。
箴言 19:23
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月14日

no title

 父がまた入院するらしい。いのちのことば社に注文していた本も届いたので、一部人から頼まれている分をサインしてもらいかたがた、夫と様子を見に行った。
 昨日から、夫は、父の様子を見に行ったほうがいいのではないかと言ってくれていたのだけど、それだけで出かけるのも、と迷っていた。朝も、詩音ちゃんの前で、夫が「グランパのところへ…」と言いかけて、わたしが、目で牽制。しかし詩音ちゃんは耳聡く聞きつけて、「グランパのとこいくの?あたらしいほいくえんいってから?」という。
「行かないよ。詩音ちゃんは新しい保育園行くの。グランパのところには今日は行かないよ」
と行ったけど、「(自分が保育園に行っている)そのあいだにいくんじゃないの〜?」と少し疑っていたようだ。
確かに、「お父さんもお母さんも行かない」とは言っていない。すれすれのところで、詩音ちゃんを保育園に送り届け、帰ってきたら本が届いたのもあって行くことにした。
 実家に着いたら父は、鼻血が出たとかで、少し横になっていたけれど、わたしたちが行ったら起きてきて、本にサインをしてくれた。夫が来たら必ずと言っていいほどコーヒーを入れるので、それも楽しみにしてきたみたい。顔色は悪くないし、話し振りもしっかりしていたので、ホッと一安心。明日から入院するとのこと。足の問題が1日も早く解決しますように。
 帰り際に皆で輪になり夫が代表して祈った。母の話では、わたしたちが帰ったあとも父はずっと祈っていたそうだ。実は前日、インシュリンのコントロールをミスして、少し血糖値が上がっていたらしいのだけど、夜には下がっていたらしい。祈りが聞かれたと喜んでいた。
 そういえば電話で、母が実家のパソコンがおかしくなったといっていたのでついでに様子を見てみる。幾つか処理をしてみたけど、どうもおかしい。実家のPCにはたいしたデータも入っていないので、思い切ってリカバリーすることにした。詩音ちゃんのお迎えもあるし、時間ぎりぎりのところで、何とか最後まで作業ができて、母が楽しみにしているインターネットはちゃんとできるようになったので、まあよしとして帰ってきた。
 近いうちにもう一度、近江八幡で使う寄席の道具を取りに行かなくてはならないから(今日はVivioで行ったので、荷物が積めなかった)、その時にもう一度チェックしてあげよう。 
 実家からは、筍や、カレイの味醂干など、食材をしっかりもらってきた。帰ってから本を届けにいった教会員の方からもお野菜を頂いたし、夜の食卓は久しぶりに豪華だった。

 詩音ちゃんは、相変わらずお手伝いに余念がない。邪魔なんだけど、一生懸命なので、色々手伝ってもらえることを捜してはやってもらう。このままいくつになってもお手伝い大好きだといいのにねぇ。
 ところで今日は詩音ちゃん、悪戯心満載で、犬のぬいぐるみに絵を描いてしまったり、うさぎのぬいぐるみのけをカットしてあげたり…。
 「うさちゃんかわいそうだよ〜、こんなに切っちゃって〜」」と言うと「うさちゃん、いたくないっていってたよ〜」だって。
最近、ぬいぐるみを自分の子分にしていて、寝かせてあげたり、「ついておいで」と引きずっていったり、「ここでまっててね、すぐもどってくるからね」となんて言い聞かせていたりして、とても可愛い詩音ちゃんだ。

 わたしの体調は、まだ本調子ではない。
実家への行き帰りも夫が運転してくれている横で眠っていた。
少しずつはましになっていると思うのだけど。
お友達のサイトにも、本当にポツリポツリしか出かけられなくて、申し訳ないけれど、しばらくこの調子で、行くしかないだろう…。

しかし、わたしの名を恐れるあなたがたには、
義の太陽が上り、
その翼には、いやしがある。
あなたがたは外に出て、
牛舎の子牛のようにはね回る。
マラキ書 4:2
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月13日

no title

 今日は昨日より少しまし。
それでもしんどくて、朝、祈祷会に行くのを一瞬ためらってしまった。それでも、出席したくてもできない人のことを思うと、この恵みを無駄にしてはいけない気がして、頑張って出かけて行った。
 やっぱり行って良かった。ここ数日体調が悪くて、自分でもちょっと嫌気がさしていて、気持ちがなんとなく重かったけど、祈祷会に出てから、気持ちだけでも少し軽くなった気がした。
 体調までよくなったわけではないけど。
 風邪薬をずっと飲んでいて、どうやら胃が荒れてしまったらしい。舌がザラザラで何を食べても舌に沁みる。咳止めで便秘をしてしまって、あまり苦しかったので、咳止めを止めて(どうせ飲んでも大して効いている感じもなかったし)下剤よりは少しゆるい軟便剤を飲んだら、今度は効きすぎてお腹の調子がおかしい。(変な話でごめんなさい)
 やっぱり今日も吐き気とめまいがする。軽い頭痛もするし、咳もまだひどい。本当は耳鼻科に行かなくてはいけなかったのだけど、また薬が続くかと思うと、もう、うがいだけでもいいか、という気がしてくる。
風邪は随分よくなっている気がするのに、なぜか調子が戻らないのが憂鬱だ。

 詩音ちゃんは、相変わらず陽気で楽しい。
車の窓から見える桜が嬉しいらしく、桜を見つけるたびに「しゃくら〜!」と叫んでいる。この季節タンポポも多いので、詩音ちゃんは大喜び。今日はお迎えの時、少しだけ園庭で遊んだけど、わたしは、し残した仕事が気になって教会に寄りたかったし、早く帰ろうと詩音ちゃんを急かした。なかなか帰りたがらない詩音ちゃんだったけど、「駐車場にタンポポが一杯咲いていたよ」の一言で「タンポポ?」と、素直についてきた。タンポポを、これはお母さんの分、これは詩音ちゃんの分と摘んで大事に持ってきてくれた。教会に寄った時には、「おとうさんにタンポポみせてあげる」と嬉しそうに持って走っていった。
 トイレでウ○チをしているときも、わたしの手をとって、ほっぺに当てて「だいじなおかあしゃんだいしゅき」と言ってくれる。何もこんな時に、って思うけど、それでもやっぱり嬉しくないといえば嘘になる。ちょっと気に入らない事があると、「もうおかーさんなんか、おかーさんなんか、おみやげあげへんからな!おとうさんにだけおみやげあげるもん」って、何のお土産だか分からないけど、すねたりする詩音ちゃんだけど、やっぱり、何が何でもお母さんのこと、好きなんだよね。
最近はお料理も、とにかく「しおんちゃんもおてつだいする〜」と意欲満々で、こっちのほうが大変だけど、可愛いからゆるせてしまう。
 最近は、お父さんになついている詩音ちゃん。夜も、「おとうしゃんまだかえってこないのかなー」とお布団の中でつぶやいていた。「詩音ちゃんはお父さん大好きだよね〜」と言うと、「だって、おとうしゃんなにもかってあげない、っていうもん、きらいっていったら」
「そっかー、だからお父さんのこと嫌いって言ったらダメなんだよね」
「しおんちゃんおとうしゃんだいしゅきー、っていうもん」
「だって詩音ちゃん、お父さんのこと、ホントに大好きでしょ?」
「うん、たぶんだいしゅきー!」
「“たぶん大好き”ってなにそれ?」
「おかあしゃんもたぶんだいしゅきー!」
「えー、おかあさんもたぶんなの?」
「だからー、おとうしゃんもおかあしゃんもたぶんだいしゅきなんだってばー」
…「多分」という言葉は覚えたけど、意味はまだわかっていないらしい…。でも、一杯チューしてくれたから、ま、いっか!
 そういえば、もう一つ「ひみつ」の意味もまだわかっていないみたい。やっぱりお布団の中で、手で少し大きな丸を作って、「これくらいのひみつがあるの」と言うので「どんな秘密?」と聞くと「きいろいひみつ!」と言う。他にも秘密があるというので、聞くと、「みどりのひみつ」「ピンクのひみつ」「くろいひみつ」など、色々な秘密があるらしい。それって、どんな秘密なのか…。うーん、あんまり考えると眠れなくなるから止めておこう。

 来週、いよいよ我が家にピアノがやってくる。
今まで、うちには電子ピアノしかなかった。わたしが神学生時代に貯金をはたいて買ったものだ。それでも結構音は良かったし、重宝していた。と言っても、あまり家で練習したりはしなかったけど。
 この度、母の友人からピアノをいただけるというので、ワクワクしながら、日程調整。ピアノの調律師でもあるK兄に運送屋さんを紹介していただき、格安で運んでいただけることになった。
来週の水曜日には我が家に届く予定。
ちょっとは身を入れて練習に励もう、ととりあえずは思っている。

 そういえば、これは来週じゃなくて、月末の話だけど、月曜日に外国人のお客さんが来られる。お客さんと言うか、短期宣教奉仕者の方が、わたしたちの教会やわたしたちの働きのことを聞きに来られるとのこと。どうやら、わたしがもうひとりの短期宣教奉仕者の姉妹とリトリートの時、お風呂で話したことで、わたしが英語を話せると思われているらしい…。
 どうしよう…。この前話したのはホンの挨拶に毛が生えた程度なのに、多分、エイミーさんが、日本人の教師と話したことがうれしくて、きっとオーバーに伝えたんだ…。だって、仲介されているW先生、「英語で話しましょう」って言ってたもん…。
あー、どうしよう…。まだ10日も先だけど、今からちょっと不安…。ま、W先生は日本語も分かるから何とかなるとは思うけどね。

愛とは、御父の命令に従って歩むことであり、
命令とは、あなたがたが初めから聞いているとおり、
愛のうちを歩むことです。
ヨハネの手紙第二 6節
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月12日

しんどかった…

 今日はしんどかった。
とにかくしんどかった。
咳が出て、吐き気がしてめまいがして、気分が悪くて食欲がなくて頭痛がした。
これほど調子が悪いのも珍しい。
 午前中も寝て、午後からも寝て、とにかく食事の支度だけして、後はほとんど寝ていた。
こういう日もありか、と思って、とにかく寝る。
寝過ぎで頭がボーっとしていたかもしれない。
でも、本当に元気な時は、寝ようと思っても眠れずに本を読んだりしてしまうのだけど、今日はとにかく寝ていたので、きっと眠りを必要としていたのだろう、と思って開き直ることにした。
 神様が下さった休養日だと思ってゆっくり過ごした。
こんな日もあり、だよね。
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月11日

家庭訪問

 数日前から夫がバタバタとあちこち片付けていた。今日が家庭訪問だったから。
今日の午前中も、わたしが詩音ちゃんを保育園に送って帰ってきたら、「しんどい〜」というわたしを尻目にバタバタと掃除をしていた。
 普段からもうちょっと片付けておけば良いんだけど、普段が不断なもので、ホント、大掃除。おかげで、結構すっきりしたリビングで先生をお迎えすることができた。
と言っても、家庭訪問はすぐに終わったけどね。詩音ちゃんは園生活にもなれているし、年齢的標準から見て、「あれができない、これができない」ということもまあないし。
ていうことで、気が抜けるくらい、あっさりと家庭訪問は修了〜。

 その後、わたしはベッドに雪崩れ込み…。
どうも体がだるい。それも単に朝から片づけをしたから疲れた、ってそんなだるさじゃない。最初はわからなかったけど、ふと思い当たった。昨日、詩音ちゃんの自転車に付き合って、無防備に外に出たのがいけなかったようだ。昨日はそんなにカンカン照り、って感じでもなかったから、うっかり、帽子もかぶらずに外に出てしまったしなあ。
 でも、それしか思い当たることがない。
愛・地球博に行く時は、紫外線対策、バッチリしていかないとダメだなあ、とつくづく…。もう、この際雨でもいいんだけど…。
なんて、詩音ちゃんをつれて歩くのが大変だけど…。
 ま、とにかくよく考えて、紫外線対策だけはしっかりしよう、と心に言い聞かせた。

 夕方、詩音ちゃんのお迎えに行くと、詩音ちゃんは「おかあしゃん!」と嬉しそうな声で叫んで、教室の中から駆け出してきた。
ちょっと不愉快だったのは、年長らしい男の子が詩音ちゃんの口真似をして「おかあしゃん」と大きな声でゲラゲラ笑っていたこと。詩音ちゃんは、何も気付かずに先生にバイバイをしてとことこ靴箱のほうに向かっていたからまあ良いけど、なんだかとても不愉快だった。前の園にはそんな子いなかったのになあ。
 帰りに寄った平○堂の食品売り場でバッタリ前の保育園のR君と出会った。お父さんと歩いていたのだけど、少し離れたところにおにいちゃんとお母さんを発見。「どうしはったんですか〜」いやあ実は学区の保育園に変わったんです〜」なんてご挨拶。
聞いたら、今度のクラスは、担任の先生が一人だけで、今まだあまり見かけなかった先生だとか。新しい先生ではないらしいけど。今まで見ていると、たいてい数人の担任の内ひとりは持ち上がりになっていたんだけど、今回は、先生が全く変わった、と言う話を聞いて、内心ちょっとホッとした。ホッとしたというのは変だけど、詩音ちゃんが転園してもしなくても、先生に関する条件はほぼ同じようなものだったわけだ。
 詩音ちゃんは久しぶりにRちゃんとであったのが嬉しかったらしく、売り場中を走り回っていた。Rちゃんとは丸2年一緒だったから、詩音ちゃん、嬉しかったんだろうな。でも、きっと、今の保育園でも仲良しができるよね。

 夕方からも、本当にしんどくて、夕食は超手抜きメニュー。
食べ終わってちょっとしたら、もうわたしはベッドに。しばらく詩音ちゃんが来て、枕元で話しかけたり、ラムネを持ってきてくれたりしたけど、私が本当にしんどそうなので諦めたのか、しばらくしたら上がってこなくなった。
 ふと目が覚めたら11時過ぎ。詩音ちゃんはまだ寝ていない。
慌てて下に降りていって、「もう寝なさい!」
夫は自分がTVを見ていて、時間に気がつかなかったらしい。
 遊んでいた鋏を取り上げられて詩音ちゃんは少し泣いたけど、すぐに眠ってしまった。「おかあさんだいすき」ってほっぺたすりすりしてくれて、手を握りながら…。
 昨日、「ライフ・イズ・ビューティフル」を見ながらも思ったけれど、神様が、この子をわたしたち家族に与えて下さったことを心から感謝する。この子の笑顔をずっとずっと守っていてやりたい。詩音ちゃんが、世の基準に流されず、世の理不尽にへこたれず、しっかりとクリスチャンとして生きていくことができるように、育んでいこう…。
 寝顔を見ながら改めて思った…。

あなたは私に、いのちの道を
知らせてくださいます。
あなたの御前には喜びが満ち、
あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。
詩篇 16:11
posted by ♪Sunny at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする