2005年05月31日

no title

 日常生活に戻った。
今日は、火曜日だったけど、詩音ちゃんにとっては週の初めの日。
心して準備したはずなのに、保育園に布団を持って行くのを忘れてしまった。
詩音ちゃんを保育園に送り届けてから、慌てて持って行ったけど。
そういえば前の保育園でも、ゴミを持って出たらお布団を忘れたってことがあったっけ。
もうちょっとしっかりしないとね。

 今日は、京都のほうに出かけ、京都の病院に長期入院しておられるK兄をお見舞いした。
もっと度々伺いたいと思いつつ、夫もわたしもなかなか時間がとれずにいて、前回うかがったのは1月頃だったろうか、と思う。
 夫はたいてい道をよく覚えている方なので、分かっているのだろうと思ったら、すっかり忘れていたみたいで、なんだかわけの分からないところをぐるぐる回る。
それでもなんとなくは方向を覚えていたので、車を走らせていると見覚えのある皮の名前が出てきたので、そちらへ走って行くと、あったあった。無事にたどりつけた。
 K兄は、寝たきりで、話したりはおできにならないのだけど、前回同様、枕元で賛美をすると反応しておられる。
声にはならなくても一緒に賛美しておられるんだな、と嬉しかった。数曲、夫と賛美し、祈って失礼した。
もう少し度々訪問できるといいのだけれど…。

 夕方、詩音ちゃんのお迎えに行ったら、詩音ちゃんはお絵かき中で、なかなか帰ろうとしない。紙を半分分けてくれて、「おかあさんもかいて」と言う。詩音ちゃんはなぜか、紙の縦横に線を引き、いくつかのマスを作ってそのなかに一つずつ顔を描いては、「これはおかあさん」「これはしおんちゃん」「これは○○ちゃん」と言う。わたしにわたしてくれた紙にも「やったるわ」といって、マスを作り、「ここに描いて」と言う。仕方がないから適当に色んな髪型の顔を描いて(顔はほとんど同じ)マスを埋めた。
 途中で「遅くなったから今日はもうお外で遊ばないよ」と何度も念をおした。
最近、少しは「お約束」が分かってきているみたいだ。とは言っても、自分が我慢できる範囲が決まっていて、何でも言い聞かせれば聞き分けられるという訳でもないのだけれど。
 それで詩音ちゃんの気の済むまでお絵描きをして、保育園を出たら結構な時間になっていた。詩音ちゃんのおやつを買って帰る途中、「お父さん、教会にいるかな〜」と教会の方を見ると、なんだか見慣れない車が止まっている。誰か来ているのかな?と思って教会に寄ると、今日、ミーティングがあるのを忘れていたと言う。時間がいくらもないので、急きょ夕食はお弁当を買ってくることにした。
 お弁当を食べて、お茶の支度をしているうちに、団体の先生方も来られ、ミーティングが始まった。詩音ちゃんだけ、母子室の片隅でいつまでもたべていて、早く早くとせかすものの、なんだか陽気にへらへらしている詩音ちゃん、こののびのびさが詩音ちゃんのとりえなのかもね。ミーティングに来られている先生や、他教会の兄弟もよく知っている顔ぶればかりなので、詩音ちゃんも緊張感がなかったのかもしれない。

 夜日記のまとめ書きをしようと思ったけど、結局土曜日の日記をつけただけで寝てしまった。溜まっているビデオも見たかったのにな。
今日、日記が滞っているのを見て、わたしが寝込んでいるのではないかと心配して、携帯にメールを下さったしまいもおられたので、明日は頑張って日記を書こう、っと。

 そうそう、昨日書き忘れたけれど、車は、実家の援助もあって、修理できることになった。いつまでも親に助けてもらっていては悪いと思いながら、今は、どうにもならないので、とにかく感謝。当分買い換えることは難しいので、大事に乗らなくちゃね。

 それから、今日で、従来版の日記は修了。
これから日記の更新はこちら一本になる。
過去ログも少しずつ移行して、いずれは日記の過去ログの全部をこれ一本で見られるようにするつもり。できるだけシンプルなサイトにしていきたいとは思っているのよね。
ただ、そういう作業って少しずつしかできないから、気長な作業になると思うけど…。

あなたがたは正義の種を蒔き、
誠実の実を刈り入れよ。
あなたがたは耕地を開拓せよ。
今が、主を求める時だ。
ついに、主は来て、
正義をあなたがたに注がれる。
ホセア書 10:12
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2005年05月30日

お休み

 実家でちょっとのんびりした。
ただね、今日に限って詩音ちゃんがいつもよりも早く起きたの。なんでよ〜〜。
それでものんびりして、近くの○イエーに買い物に行って…。泥遊び、水遊び用に保育園でビーチサンダルがいるというので、それも買うことができた。
 昼食を食べて、自宅へ戻った。
夫に連絡をしようと思って電話をかけたけれどもかからない。
何度やってもかからない。よく確かめてみると、発信音が出ていない。
電話機が壊れたのか?と思い、実家にかけてみて、かけてもらったり色々試してみる。
と、そこへ夫から電話。
「かえってきたの?じゃとにかく教会においで!」とのこと。
来る時にお茶を二つ買ってきて欲しいという。
 そういえば、昨日の夜だったか、近くの結婚式場がなくなるというので、長椅子がただでもらえるらしいけど、どうしよう、とか、電話で話していたっけ。役員の方と相談していたようだけど、もしもらうとしても運搬をどうしようとか言っていたけど、手配できたのかな?
とにかく「おいで」って嬉しそうな声だったから、きっと長椅子が入っているのだろう、と思い、電話のことは、一旦置いて、教会へ向かった。
 夫は丁度、まだ運搬のために、その結婚式場との往復中で、教会にいなかったけれど、すでにいくつ物長椅子が運び込まれていた。色も落ち着いたもので、つくりもしっかりしていて、わたしたちの教会にはもったいないほど上等の物だった。買ったらかなり根が張りそうで、わたしたちの教会で手の出るものではなかっただろう。夕方、たまたま用事で来られた団体のM先生も、ご覧になってびっくりしておられた。「恵みですね〜」といっておられた。
夫がいち早く決断して、手配したとは言え、やっぱり一方的な恵みによって与えられたとしか言い様のないものだった。ホント、感謝、感謝。
わたしたち夫婦は、長椅子の教会で育っているので、やっぱり教会は長椅子、っていうイメージもあり、会堂も、ぐっと引き立つ。
 確かに、会堂を多目的に使おうと思うと、かさばる長椅子は敬遠されるのかもしれないけど、やはり、礼拝堂は厳粛な場所であるべきだろうし、将来的には、多目的ホールと礼拝堂が別にできるような会堂をもてれば、それがベストだろうと思う。
 いずれにしても、わたしたちの会堂が、礼拝の場所としてはとてもよいものになったと思うし、夫はとても喜んで、興奮気味でさえあったような気がする。

 そうそう、夫はと言えば、最近ピアノの練習をしている。
夫は、とても喜びやすい人で、教会に長椅子が入ったこともとても喜んでいたけれど、我が家にピアノが来たことも喜んでいた。せっかく本物のピアノが来たのだから、弾けるようになりたい、という思いがあるようだ。
それで、大好きな村松健さんのピアノピースを取り寄せて、最近暇を見ては練習している。
わが夫ながら感心するのは、譜読みは得意ではないはずなのに、なんとなく、ちゃんと両手で弾いていることだ。
わたしなんか、神学校に入ってピアノを改めて習い始めて、と言っても最初に習ったのは、小学一年の頃、数ヶ月習っただけだけど、とにかく、両手で聖歌1曲弾けるようになるのに1ヶ月以上、それも毎日何時間も練習してやっとだったのに、夫は、こともなげに両手で弾いている。
 夫はきっと、音楽的な賜物があるんだろうなあ、と思う。そういえば、クラリネットでも、聞いただけの曲を何気に吹いていたりするものねぇ。
プロになるような賜物ではないと思うけど、音楽を楽しむ賜物が、与えられているのだろうと思う。
今年のクリスマスには、きっと素敵なピアノを披露してくれることだろう。

 そうそう、電話は、色々試した結果、結局IP電話だけが繋がらないということが分かり、モデムの電源を一度気って入れなおしてみたら、繋がるようになった。何かの調子が悪かったのだろう。ちょっとホッとした。
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2005年05月29日

本番!

 朝から、またまた、プレイズさんご夫妻がお迎えにきて下さった。
当初は、自分たちの車でホテルに入り、朝も、Josephさんの運転する車について行くつもりだったけれど、知らないところを運転するのも不安だし、また事故でも起こしたら大変なので、結局、Josephさんの車に乗せていただくことにした。

 朝、教会について、週報を拝見していると礼拝のプログラムの中に特別賛美 ○○先生とわたしの名前が…!そうだった、昨日、賛美のリハの後、ピアノのM先生が「せっかくだから礼拝でも1曲是非」とおっしゃられ、「はい」とお答えしたのだった。
昨日漠然と曲を考えていたので、すぐに聖歌をチェックして、曲を決め、M先生に伝えた。
M先生は午後の曲の中から、と考えておられたようだったけれど、わたしは別の曲を選んだ。M先生への信頼感があったので、ぶっつけ本番でも大丈夫だと思った。
勿論、礼拝では、心から喜んで賛美できた。
 礼拝のメッセージも、教えられることが豊かで、午後の賛美の選曲にも通じるものがあったように思う。
 詩音ちゃんは、すっかり教会になじんでいて、気がついたらその辺にいない。捜してみると、ちゃっかり礼拝堂の後部の母子室で遊んでいた。
礼拝の間中、VickyちゃんとShineちゃんに遊んでもらっていたようだ。

 そしていよいよ、午後の本番。とにかく、父の体調のために、今日まで祈ってきた。最初にお話を頂いた昨年の12月には、一度父の体調のことがネックとなり、お話が延期されていた。
牧師先生も、父の体調を心配して何度かご連絡を頂いた。
何とか、今日まで体調が守られたことが感謝だった。
 教会では、「落語」と言う古典芸能を鑑賞する、という意識からか、着物を着て来てくださっている方々がおられた。浴衣姿の若い娘さんもおられた。そんな風に楽しみにして下さっているのが嬉しかった。
 父の証しが始まった。父の声は、調子が良さそうだ。実は朝から父はほとんど話さなかった。
わたしは本の二言か三言、「うん」とか「ああ」とかいう声を聞いただけだったが、舞台に立つ父の姿を見て安心した。証しは時間を気にしてか、随分すっきりとまとまっていた。
聴衆の皆さんもよく笑ってくださり、よく聞いてくださっていた。
 そしていよいよわたしの賛美。1曲目はいつになく緊張してしまった。
でも、1曲賛美して落ち着いた。あとは心のままに、祈りを込めて賛美した。
 うかがった教会は聴覚障害の方が多く、手話礼拝も行われている教会だった。
実は、家で練習している時から、賛美曲の中の1曲を、どうしても手話で賛美したくて色々調べていた。
自分で分かるものもあったけれど、分からないところもあって調べていた。ただ、実際に手話で賛美するかどうかは、決めていなかった。
けれども、父の証しの間、実際に聴覚障害者の方々と共に座っている中で、どうしてもこの方々と一緒に賛美したいという思いが与えられ、不完全だけれども、手話賛美をしよう、と決心した。
手話は間違えてしまったり、足りない表現もあったかもしれないけれど、ある方は、わたしの手話に合わせて自分も手話で賛美してくださっていたし、賛美のあと拍手してくださった方もあった。わたしの手話も通じたのかな、と思うと嬉しかった。
手話賛美は以前にもしたことがあるけど、実際に大勢の聴覚障害者の方の前で手話賛美させていただいたのは初めてのことで、わたしには貴重な体験だった。
 丁度5曲目の前に、父の準備ができたという合図があり、よいタイミングで賛美を終えることができた。
5曲目は、今までにないアレンジでフレッシュなきもちで賛美できた。父の準備ができた、と言う安心感から、打ち合わせしていた間奏部分を飛ばしてしまって、奏楽のM先生にご迷惑をかけてしまったけれど。
 父の福音落語は、少しずつこなれてきたように思う。体調の回復と共に、落語ももっともっと練られていくことだろう。

 楽しい時間、恵みの時間は瞬く間に過ぎてゆく。
奏楽してくださったM先生とお話をしたり、プレイズさんやJosephさんと写真を撮ったり、名残を惜しんで、教会を出発した。
帰りも、高速の入り口までJosephさんとプレイズさんが車で先導してくださった。
そうそう、プレイズさんからは、昨日、交わりの最中に、姉からの電話で捜して欲しいと頼まれた「カープソース」をお土産に頂いた。
 本当に本当に、名残惜しかった。もっともっと話していたかった。もっともっと交わりたかった。
 それでも、神様の与えて下さった時を、共に分かち合えたことが感謝だった。
神様が祈りに応えて下さり、今回の集会が実現できたことが何より嬉しかった。
きっとまた、イエス様がわたしたちを会わせて下さる。
そんな気がした。
続けて、広島の教会も豊かに祝福して下さいますように…。
そんな祈りを持って教会を後にした。

 車の中では両親と色々話すことができた。
これからの奉仕の予定についても。
わたしは、車の運転は好きだし、苦にならないといっても広島との往復とご奉仕とで少しばかり疲れたので、今日は実家に泊まることにした。
 詩音ちゃんも、詩音ちゃんなりに神経を使ったことだろう。
午後の集会の時、一度だけわたしのそばに来ようとしたけれど、すぐにプレイズさんが呼びに来てくださり、階下に降り、他の子供たちと遊んでいたようだ。
親を困らせない、という点ではとても助かるし、帰りも、「かえりたくない」と言うほど馴染んでいたようだけど、いつもいつも、親の都合で色んなところに振り回してちょっぴり可哀想かな、と思うこともある。逆に、普通の子供にはできない体験をたくさんしていると思うし、どこへいっても可愛がっていただけるので、恵まれた体験でもあるのかもしれないけど。
 とにかく、明日は、詩音ちゃんとちょっとゆっくり過ごすことにしよう、と思う。
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2005年05月28日

広島入り

 まずは、昨日書き忘れていたことから。

 先日、教会の方から、詩音ちゃんの服を頂いた。
古着だけでなく、新しいものも入っていて、とても可愛いものもあった。
嬉しかったのは、比較的大きなサイズの物が入っていたこと。
詩音ちゃんは、もう95cmを超えているのに、ほとんどの夏物は90サイズばかり。今年は少し買わなくては、と思っていたところなので、とても助かった。
 もう一つ、よかったのは、先日から服の整理をしていて、小さ過ぎるものや、くたびれ過ぎたものは捨てようと思っていながら、ひとまとめにしておいたままになっていた。
昨日、保育園からの連絡帳によると、6月からどろんこ遊びをするので、汚れてもいい服を用意するように、とのことだった。
古着をまだ捨てていなくてよかった〜。
神様は、何かと、丁度良いように備えてくださるんだな〜。
いつもながら、絶妙のタイミングに感謝した。
 保育園関係のことで言えば、昨日、保育園のお迎えに行った時に「布バッグを用意してください」と言われた。
週末の色々の持ち帰りのために、布バッグを用意するようにというのは、入園のしおりにも書いてあったけど、詩音ちゃんは、使っているリュックサックが結構大きいので、今のところそれで荷物は全部入っている。だから特に用意する必要もないかな、と思っていたんだけど、ついに用意するように言われてしまった。
リュックで用が足りているんだから、別にいいじゃないか、と思いつつ、気の弱いわたしは「なるべく早く用意します」と答えてしまった。
 保育室に荷物をとりに行きながら他の子供の、残っている荷物を見ていると、特にしおりに書いてある通りの形やサイズの人ばかりでもないので、ま、それなら前の園の通園に使っていたものを利用すれば良いか、と判断したけれど、いずれにしても不経済だなあ。

 さて、今日はいよいよ広島に行く日。
9時過ぎに、自宅を出発し、実家によって車を乗り換え広島へ向けて出発。詩音ちゃんもは、いつも乗っている車が、自分が乗っている時にぶつかったことが印象に残っているのか、朝から何度も「くるま、たいへんなことになってしまったねぇ。くるまやさんにいかないとね〜」とくり返していた。
 自宅を出るのが少し遅れたので、実家に寄ったら車を乗り換えてすぐに出発したかったけれど、母の気遣いでおにぎりを作ってくれたりなんだかんだで結局思っていたより1時間位出発が遅れてしまった。
 途中でプレイズさんに携帯でメールを入れながら、精一杯運転する。眠気が襲ってきたけれど、上手い具合に、そういう時に上手く、給油をしたり、詩音ちゃんのトイレ休憩を取ることができ、何とか乗り切ることができた。
 今回の広島での御奉仕に当たってはプレイズさん、Josephさんご夫妻に、本当に多大なご協力を頂いた。
今日も今日とて、高速の中のPAまで迎えに来てくださるという。
時間的にも、経済的にも大きな犠牲を働いてくださっていることに、とても感謝した。
 詩音ちゃんは車の中でも割りにいい子にしてくれていて、助かった。午後の1時間ぐらいは昼寝をしてくれたし。

 途中、プレイズさんたちご夫妻とも無事に合流でき、本当は、そこで感動のご対面をしたかったけど、予定より遅れていたので、きもちもあわただしく、挨拶もそこそこに教会に向かった。
教会では、先生が待ちかねてくださっていたし、リハーサルをする予定のピアニストの方も2名、きてくださっていた。
伴奏譜付の曲と、そうでない曲を、それぞれ分担して弾いてくださるとのことだった。
 少し、お茶を頂いて休憩しながら、牧師先生とお交わりをし、リハーサル。その間に、先生やJosephさんたち教会の兄弟が荷物を車から降ろしてくださり、準備を進めてくださる。
 実は、のどの状態は、かなり悪かった。
いや、のどは耳鼻科に言って、薬をいただいて少しよくなったのだけど、今度はその薬で胃を悪くしたのか、口の中があれてザラザラになってしまった。下だけでなく、後口蓋の方まで腫れている。こんなことは初めてだった。昨日から、口の中が荒れ始めたので、薬の服用は中断していたけれど、間に合わない。
状況を説明して、リハーサルは、軽めに流して雰囲気をあわせるだけ、と言うことにした。
案の定、高音がうまく当たらない(音程が悪い)。でも、力で押さないように気をつけて、でも、心を込めて歌った。
本番通りに心を込めないと、抑揚や伸ばし方も変わってくるので、雰囲気がつかめないと思ったから。
 ピアニストの方はお二人ともとてもお上手で、安心して賛美することができた。単に演奏が上手ということではなく、こちらの呼吸、思いを汲み取って引いてくださるので、とても信頼し、また安心して賛美することができた。
極端に言うなら、本番で間違えてもこちらにあわせて下さる、と言う安心感があり、共に、賛美しているという喜びがあった。
お聞きしたら、お二人ともピアノを弾かれるだけでなく、歌でも賛美されるとのこと。だから、呼吸やブレスのタイミングもとても大切にしてくださることができるのだ。
 もっともっと練習したかったけど、さらっと通すだけに切り上げて、舞台のセッティングの確認。
こちらもスムーズに進めることができ、両親が広島に到着するまでに少し時間ができた。
 どうせだったら、少し、プレイズさんたちとお交わりがしたい、と思い、あつかましくも、お宅に伺いたい、と言ってみたら、快くOKして下さった。詩音ちゃんと一緒に、Josephさんの車に乗り込み、お宅へ。素敵なマンションで、お家の中もとても綺麗。我が家とはエライ違いだ…。
 詩音ちゃんは、Shineちゃんと、近くまで買い物に行き、おやつを買ってもらった。詩音ちゃんはそれですっかりShineちゃんに心をゆるしたようだった。
 プレイズさんたちとのお交わりはあっという間に過ぎてしまった。もっともっと話していたかったし、もっともっとお聞きしたいことがあったのに…。でも、短い時間に、色んなお話ができ、凝縮された時間だったと思う。時間は足りなかったけれど、またお会いできると信じて、両親を迎えに行くために、教会に戻った。
 教会では、牧師先生が待っていてくださり、先生と共に広島駅へ。
上手い具合に駅前の駐車場に車を入れることができ、駅の構内へ。両親とも上手く合流することができ、牧師先生とわたしたち家族とでお食事に。
父の糖尿病を配慮してくださり、お豆腐料理のお店に案内して下さった。これが父の大好きなものばかりで、しかも安心して食べることができ、お味もよくて、本当に大喜びだった。
 その後、宿舎の方に案内いただき、今日の予定は終了。
両親は、詩音ちゃんが寝た後に少し話したそうだったけれど、わたしは明日、賛美もあるので、早めに寝ることにした。

 明日の祝福を主に祈って、お休みなさい…。
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2005年05月27日

ショック…!

 明日は、朝から広島へ向けて出発しなければならないので、取り急ぎ、今日の出来事だけ、手短に書きとめておく。

 午前中は、O姉宅の家庭集会。
家庭集会と言えばお菓子!ということで、わたしは、にんじんのスチームケーキを持参。O姉は、お得意の美味しい苺大福。それに飛び切り美味しいメロンの差し入れもあって、恵まれた集会だった。って、オイオイ、聖書のお話は?イヤ、それもなかなか面白くてためになるお話だったので、よかった。
新しい方も来られていて本当に楽しかった。
 集会後、というか、居残り組みで、PCやHPの話題に。
わたしの日記が長い、と言う話。初期の頃は短かったんだけどなあ。いつの間にか、書くことが楽しくなってきて、書き出したら止まらなくなっている。
オット、今日は手短に。

 午後から、美容院に。
昨日から、インターネットで色々検索して、捜していたのだけど、なかなか「これ!」と言うところが見つからない。あまりにも、おしゃれで気取っている店はなんだか入りにくい。かと言って、やっぱりお店のセンスが良くないと、入る気にならない。
…で、色々迷った挙句、比較的大衆的な感じのお店に行くことにした。そこに行く途中、ネットでも見た、すごくおしゃれなお店も見つけたけど、やっぱり入りづらくて、素通りしてしまった。
カットだけだとべらぼうに高い訳じゃないけど、なんだか、からーリングとか、色々勧められそうで…。それにやっぱり、わたしみたいなおばちゃんの行く店じゃなさそう、って、店構えだけで気後れしてしまった。
 お目当てのお店は空いていて、すぐに取り掛かってくれた。
シャンプーは別料金とのことなので、パス!
 「どんな感じに?」と聞かれても、長さも、何もかも、決めていないので、迷い迷い答える。
 結局、100%自分の望んでいるヘアスタイルではなかったものの、行く前よりは少しましになったかな?という感じなので不満があるというほどではない。それに、「インターネットで見た」と受付で言ったので、クーポンをプリントアウトして持って言ったら受けられるはずのサービス、500円引きにしてくれたので、とりあえずOK! 次回も一応同じ店に行ってみようと思っている。

 帰って来て、軽く発声練習と賛美の練習。
その後、詩音ちゃんのお迎え。
詩音ちゃんが園庭で遊ぶのにひとしきり付き合って、帰り、朝、コープの商品を取りにいけなかったのがM姉が教会の冷蔵庫に入れてくださっているのをとりに行った…!
 その時、事件が起こった!って程でもないんだけど、壁際に駐車してあった夫の車を追い越して、教会の前に車を寄せた途端「ガ・ガ・ガ・ガ・ガ」と鈍い音が。あちゃー、やっちまった!!
詩音ちゃんは最初教会の手前では「しおんちゃんくるまでまっとく」と言っていたのだけど、自体を半ば面白がって「しおんちゃんもおりてみるわ」と言って、ついておりてきた。
しっかり、夫の車とわたしの車が接触している。教会に飛び込んで「よっちゃん!やっちゃった!!」夫はびっくりして跳び出てきて「何?事故?」「うん」「え、どこで?」「ここ」「えー?!」
夫はあきれて、何度も「信じられない、何でぶつけちゃったの」とくり返したけれど、なんでかわかるぐらいならぶつけない。
今は修理するお金もない。
でも、当分買い換える資金もない以上、この車にまだまだ乗ることを考えたら、なるべく早めに修理はしたほうがいいのだろうけど。後もわたしが何度もぶつけて、だんだんぼこぼこになってきた…。
 車も凹んだけど、わたしも凹んだ事故だった。
詩音ちゃんは、なんだか半分楽しそうに、家に帰ってからも、「くるま、たいへんなことになってしまったねー。どうしようかー。あ、そうだ、こんどからくるまやさんにいこうね。くるまやさんでなおしてもらったらいいよ」
「こんどから」というのは、「今度」という意味らしい。
うーん、そう、車やさんに行って直してもらいたいけど、それにはお金がかかるんだよ…。
何でこんなに経済危機の時に限って、わたしはドジをするんだろう。この前のPCは結局応急処置で(ずっとそのままだけど)、結果的には比較的安くて済んだけど、車はそうは行かないものなあ…。
 とにかく、祈って、一番よいときに、一番よい解決を与えていただくことにしよう。

 明日は、朝から広島に向けて詩音ちゃんとともに出発。
プレイズさんたちにお会いできるのは楽しみ〜♪
そして、集会も、主にあって期待します。
体調が守られますように。
運転が守られますように。
集会の上に主のご栄光が満ち溢れますように。
 帰りは、日曜の夜になるため、掲示板、メールのレスが遅れますことを御了承下さいませ。

 そうそう、もう一つ報告があります。
5月一杯で、Another Frontier版の日記の方は更新をやめることにしました。
色々考えた挙句、結局Blog版一本に絞ることにしました。
 従来の形で愛読してくださった皆様、申し訳ありません。カレンダー版でも続けて読んでくださっていた方もあったようですが、6月より、更新はBlog版のほうだけになります。
また、過去ログを順次Blog版のほうに移し、写し終えた旧日記は、削除します。合わせて御了承下さいませ。

きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、
神はこれほどに装ってくださるのだから、
ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけが
ありましょうか。信仰の薄い人たち。
そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、
何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。
マタイの福音書 6:30,31
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2005年05月26日

まずは外側から…

 つい最近、ちょっとした臨時収入があった。
だから、と言う訳でもないのだけど、今週末から、来月まで、3回ほど、賛美の御奉仕させていただくのに、いつも同じものばかり着ているのもなんだし、少しこましな物を買いたい、と思って大津まで出かけた。
 でも、なかなか思うようなものがない。
っていうか、気がついたんだけど、気に入ったデザインは、自分の体には合わない。
サイズ的に入るから、OKと言うものではない、ということに、最初の試着をした時点で気がついたのだ。
なかなか自分に合うものを売っているお店に出会わない…。
婦人服売り場ではちょっとおばさんぽい物が多いし、そうでなけれやたらと高い。ヤング、ミッシーのフロアでは、デザイン的に合うものがなかなか…。サイズも、普通のサイズのところではなんだかスタイリッシュなデザインが多いし、ちょっといいなと思うものは高いし(お値段が…)、大きなサイズのところへも行ってみたけど、今度は大きすぎてダメみたい。どこへ行っても帯に短したすきに長し、という感じ。
  客観的に見て欲しくて夫にも付き合ってもらったけど、なかなか決まらないので、夫も「なんだかな〜」って感じ。
それとね、ゆっくり見たいのに、いちいち店員さんが声をかけてくるのも面倒くさい。
 それでも、やっと一つ、ちょっといいかな、と思えるものがあって試着してみた。
うーん、着替えながら自分の体を見てショック!!!
いつの間にこんなに太っちゃったんだろう。
太ももが、昔の自分のウエストぐらいあるんじゃないだろうか?
あっちもこっちも「どん、どん、どーんっ!!」ってくらいに肉がついている。
本気でちょっと悲しかった。
今年こそダイエットしよう、とおやつを食べながら書いているわたしって…。

 で、結局、買ってしまったの、ワンピース。店員さんも勧め方が押し付けがましくなかったので、ついその気になってしまった…。
しかし予算をはるかに超えるお値段だった。ボレロ(カーディガン)も欲しかったけど、さすがに手が出なかった。
「家にあるのを合わせてみて、ダメだったらまた来ます」と言って帰って来た。
実際、黒いレースのボレロが一つ、あることはある。それが合うとは思わなかったけど、とりあえずそう言って帰って来た。
帰ってきてから、「一応」と思って、近所のスーパーの婦人服売り場に行ったらあった、あった!バーゲンで、レースのボレロがデパートで見たものの6分の1の値段で売ってた!
神様は、ちゃんと備えてくださっていたのだと感謝。一番いいサイズはなかったのだけれど(バーゲン品だから仕方がない)大は小を兼ねるということで、ま、適当なものを買ってきた。
でも、これで明日美容院に行ったら、臨時収入は差し引きゼロ…。
いつもの如く、神様は必要な分だけを満たして下さる、ってことだよね。多くもなく、少なくもなく、ね。
感謝、感謝。
 ボレロは、夜、合わせてみたら、まあ、ものすごく素晴らしい、と言うわけじゃないけど、とりあえず、おなかの出っ張りは充分に隠れる、と言うところかな。
ただし、6000円もしたチェーンベルトは、やっぱりなくても良かった。その分、ミュールを買えばよかった…と今さら言っても遅いよね。仕方がないからありあわせの靴で我慢。それにミュールのようにかかとの細いものは、歌うのには不向きだし。
どっちにしても、もう少し痩せなくちゃね。
 いずれにしても、とりあえず外側は最低限整ったのだから、後は中身を整えなくちゃ。体調と霊性、良い状態が守られますように。

 昨日は、友人の勧めもあって、夜は詩音ちゃんと一緒に寝て、そのまま夜中に起きることはしないで朝まで眠った。
でも、久しぶりに早く寝たせいか、今度は明け方から目が覚めてしまった。蚊が一匹、耳元にブーンと飛んできたのも耳障りだったし。
それでもしばらくは寝よう寝よう、と思っていたのだけど、夫も蚊のせいで目が覚めてしまったらしく、起き出して行った。
わたしはわたしで、昨日、炊いたものの、残りご飯から片付けて、結局食べなかったご飯をそのままジャーに残してしまって、パッキングするどころか、スイッチを切るのも忘れて保温にしたままになっていたことを思い出して、飛び起きた。
ウチは、麦ご飯にしているので、長時間保温にしておくとご飯が茶色くなってしまう。白米だとそんなことはないのだけど。それに、長時間保温するよりは、食べる分だけレンジで暖める方が経済的なので、どちらにしても、ジャーでの長時間保温はしない主義なのだ。
 結局そのまま起きてしまった。
それでも、いつもよりは少しゆっくり寝ることができたような気がする。のども、薬が効いているのもあって、少しずつ楽になってきた。
何よりも多くの方が祈ってくださっているから、だよね。感謝します。
 昨日は、のどを休めるために賛美練習をしなかったけど、今日は軽く流して、日曜日の曲をさらってみた。
練習不足は否めないけど、後は、神様に委ねて、祈って心から賛美するしかない。
万全の体調で賛美できたことって、本当にないような…。
神様は、わたしに言い訳のチャンスを与えてくださっているのかしら…。イヤ、そういうことではなくて、神様に全てをお委ねするため、なのだろうと思う。自分の力を誇らないために。

 色々と、思うようにならないことが多い。でも、全てのことは神様が見ていてくださる、と思う。
経済的にも、厳しいけれど、先日、久しぶりにお会いしたNさんが、美味しい新玉葱を下さったので、今日は、お昼にはたまねぎをたくさん入れたオムライスができたし、夜の炒め物にも玉葱を入れた。
明日は、玉葱を入れるだけで結構豪華なメインディッシュになるという半調理の惣菜を買ってあるので、それを食べようと思う。
この前、母にもらったのが割りに美味しかったので、そのシリーズで、別のを買ってみたのだ。
こうして不思議にいつも満たされていることに、これまた感謝。

 明日の家庭集会のためには、この前作ったのと同じにんじんのスチームケーキ。本当に簡単で、綺麗にできる。この前少し甘かったように思ったので、お砂糖の量を調節してみた。喜んでいただけるといいな。
 午後からは美容院に行かなくちゃ。
帰ってきたら、土曜日から広島に出かける用意…。
トロトロしている暇はないよね。
焦る必要はないけど、気を抜くことのないように頑張ろう。

そこで、私たちは確信に満ちてこう言います。
「主は私の助け手です。私は恐れません。
人間が、私に対して何ができましょう。」
ヘブル人への手紙 13:6
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2005年05月25日

no title

 今日は祈祷会。
でもその前に耳鼻科に行った。
結果、ポリープなど、何かできているということはないらしく、炎症を起こしているとのこと、やはりうがいだけではちょっと難しいだろうということで、抗生剤が処方された。
これで少しでも改善されれば良いのだけど。

 その後、祈祷会に出席。
賛美には少し遅れたけど、メッセージには間に合ったので良かった。

 日記のことだけど、何人かの人に聞いたけれど、やっぱりどうもアナフロ版が重いとの声が多い。で、最終的には、Blog版一本にしようと思う。
アナフロ版のテキスト変換も、1ヶ月ごととかにできるわけではないので、ログが増えるほどに重くなって、保存も、なんだかうまくゆかない。どうせ手動でやるならアナフロ版をどうしても使う必要はない。
 ただ、どうせやるなら、旧Diaryもまとめてしまいたいので、過去にさかのぼって少しずつ、日記を移行中。
こればかりに時間も取っていられないので、少しずつになると思うけど。全部移行するまでは、過去ログの閲覧のために、古い日記も残すけれど…。
 で、今日は少し、初期の日記を移行した。作業をしていてびっくりしたのは、最初の頃の日記は短い、ということ。最近のはやたら長いものなぁ。
初期の日記を見ていると懐かしかったけど、昨日のことのようにも感じてなんだか不思議な気分だった。

 今日は、一日のどを休めることにして、賛美の練習も、あえてしないことにした。
この時期に、喉を痛めてしまった自分が悪いのだけど、気持ちはあせる。普段から歌いこんでいればこんなにあせることもないのだろうけど…。
もう、祈って祈って祈り倒すしかない…よね。

 詩音ちゃんは珍しく、朝「お父さんモード」
「きのうはかえるとき(お迎え)おとうさんだったから、きょう、おとうさんとほくえんいく」
詩音ちゃんは未だに保育園が「ほくえん」にしか聞こえない。
夫はえー、とか言いながらまんざらでもない様子で詩音ちゃんと出かけていった。
 詩音ちゃんと夫との関係はなんだか微妙。
だってね、詩音ちゃんはお父さんがかまおうとするとすぐに「イヤ〜」と言うのだけど、いないと淋しいらしい。
今日も、夕の祈祷会があるので、夫は先に夕食をすませて教会に戻ったのだけど、詩音ちゃんは、時間をかけてやっと食べ終わり、デザートの林檎を食べるときに「おとうさんにいってくる〜」と言う。
「どこ行くの?」と聞くと「にかい」と言う。
夫が二階にいると言うのだ。「いないよ」と言っても聞かないので、「じゃあ行ってごらん」と言うと、階段の途中まで行って「ほんとや〜いなかった〜」と帰ってきた。
「おとうさんいてほしかったな〜」と、ポツリ。
こういうの、夫に聞かせてやりたい…。
でも、水曜日は結構こんなことあるんだよね。
本当は詩音ちゃん、お父さんのこと大好きなの。可愛いよね。

 あ〜、美容院も行かないといけないし、服も買いに行かなくちゃ…。金曜日は家庭集会あるし…。
ま、何とかなるか。

ただ強く、雄々しくあって、わたしのしもべモーセが
あなたに命じたすべての律法を守り行なえ。
これを離れて右にも左にもそれてはならない。
それは、あなたが行く所ではどこででも、
あなたが栄えるためである。
ヨシュア記 1:7
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2005年05月24日

結構忙しかった!

 午前中は、ケアハウス「ピスガ甲西」での聖書研究会。
ここはキリスト教主義の施設で、他にも日曜礼拝や聖書研究会(?)がもたれている様子。
わたしたちの教会の姉妹の一人が入居しておられる関係で、月に一度、先月から聖研が持たれることになった。
先月は、わたしは風邪をひいていたために遠慮したので、今月は楽しみにしていた。新しい方や、キリスト教は初めてという方も来られて、和気藹々とした雰囲気で、和やかな時間が持てた。何せ、信仰歴も、人生経験も、わたしたちの大先輩にあたる皆さんなので、これから、むしろわたしたちのほうが色々なお話を聞かせていただくこともあるかと思う。楽しみな聖研だ。
来月はまた、スケジュールの関係で、わたしは参加できないのが残念だけど。

 午後からは、あるクリスチャンの姉妹を訪問することになっていたので、聖研のためと、友達のところに持って行くために、お菓子を二品、昨日の夜中に作った。
一つはカボチャのパウンドケーキ。
これはいつも作っているお気に入りのケーキ。
もう一つにんじんがたくさん余っていたので、にんじんケーキのレシピを探すんだけど、自分の思っているものがどうしても見つからない。何種類か、見つかったことは見つかったんだけど、わたしのイメージしているものではない。前から作りたいと思っていたケーキがあったんだけど。で、しつこく捜していると、捜していたものではなかったけれど、にんじんのスチームケーキが見つかった。混ぜるだけで簡単そうだったし、カボチャのパウンドケーキを焼いているうちにできそうだったので、それを作ってみることにした。
これがねぇ、本当にものすごく簡単で、綺麗に美味しくできたのよ〜。
いつもながら、わたしはきび砂糖を使うので、色はちょっと茶っぽくなってしまったけど、しっとりして、ちょっと餅々蒸しパンみたいな感じ。にんじん臭さもなく、逆に、本当ににんじんが入っているの?って感じ。でも簡単だし、美味しいし、今度の家庭集会もこれにしようかな?

 今日、午後は、インターネットで知り合ったお友達Nさんのところへ。いつも手作り石鹸を頂いたり、詩音ちゃんのためのホホバオイルの手作りクリームを頂いている。
栗東からそう遠くないところに引っ越して来られて、1度、教会にも来てくださったけど、日曜日もお仕事でなかなか教会に来られない。
でも、今日はちょっとゆっくり色んなことがお話できて楽しかった。
家を出る時に、少し予定より遅れていたので、夫に「詩音ちゃんのお迎えよろしくね〜」と言って出たので、安心してゆっくりお話しすることができた。
 信仰の話から世間話まで色々できて良かった〜。
わたしはちょっとしゃべりすぎだったけどね…。

 詩音ちゃんは相変わらず、面白い。
朝、車に乗せて保育園に行くと忠、何ごとかひとりでおしゃべりしている。耳を澄ましていると、
「だからね、わたしね、おかあさんがおりょうりするのをいっしょうけんめいおてつだいしているのよ。そしたらね、はらがたってかわいいの」
「詩音ちゃん、お手伝いしたら腹が立つの?」
「うん、はらがたつの」
「それ、ちょっと違うんじゃないの?」
「ちがわない〜!」
「『腹が立つ』ってプンプン、怒ることなんだよ」
「ちがうの!『はらがたつ』っていうのはね、かーわーいーい、ってことなんだよ」
「えーそれ違うと思うけどー?」
「そうなの!」
どこで間違って覚えたのか分からないけど、詩音ちゃんは、「腹が立つ」という言葉の意味を「可愛い」って事だと思っているらしい。夜帰ってきても、まだそういっていたから、本当にそう思っているようだ。
うーん、困った。

私たちは良くても悪くても、
あなたを遣わされた私たちの神、
主の御声に聞き従います。
私たちが私たちの神、主の御声に聞き従って
しあわせを得るためです。」
エレミヤ書 42:6
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2005年05月23日

Blog版Diary

 今日は静かな一日だった。
やることはたくさんあったけれど、何にもしないでボーっとしていたよ。
わたしはどうもこれが多いね。
 今日は特に、昨日メッセージの奉仕が終わったので、ちょっとホッとしたのもあるかな。
 日記が重い、フリーズする、との苦情があったので、とりあえず、Blog版を作成してUPした。前から使っているseesaaは、複数のBlogが作れるし、過去ログ保存も無制限なので、そういう意味では便利。広告も出ないように設定できるし。
ファイルマネージャもあって画像のUPもできるから、日記をこちら一本にしてもいいようなものなのだけど、Another Frontier版には、他にない便利な機能があるんだ。
日記の過去ログを一括でテキストに変換できる。
これを使って、日記を、サーバー上だけでなく、テキスト化して保存しておけば、万が一レンタル元がダウンしても日記を残すことができる。
デザインもシンプルですっきりしていてすきだし、壁紙も自由に変えられるし。
 そんなこんなで、Another Frontier版もやめたくないんだよね。
前に、カレンダー版を一時利用していて、やっぱり面倒だから、ってやめたのだけど、結局2本立てになってしまった。
そのかわり、と言ってはなんだけど、トップページからダイレクトに入れるようにインデックスを設定した。
 Blogを利用するといってもコメント機能は使用しない。
Another Frontier版にも1行レス機能をつけることはできるけれど、あちこちにレスがあるとややこしいので、書き込みは掲示板一本に統一しようと思う。それに、一応、更新情報を公開しているので、どんな方が来られるかわからないし、全然わけの分からない書込みとかあるとイヤだな〜、なんて取り越し苦労をしてしまう。実は、My Blogの3つのブログも、コメント機能は使っていない。トラックバックは一応OKってことにしてあるけど。
「Sunnyの劇的非日常」は、全く信仰と関係のない話題ばかりのせいか、トラックバックをしてくださっている方が、ちらりほらりとおられる。
 でもね、3種類もBlogを使っていると、前にも書いたかもしれないけど、管理画面がそれぞれに違っていてややこしい。
メイン記事の投稿はどれも難しくはないけれど、それ以外の設定に関しては、未だになんだかよくわかっていなかったりする。
今日の日記も、なかなか思うようにならなくて四苦八苦してしまった。
 ま、何とか落ち着いたけど。
それにしてもウチのサイトって、しょっちゅうデザインは変わるし日記なんかもあれやこれやと変わるし、落ち着きのないサイトだよね。
 やっぱり日記も統一した方が良いのかな…。
ま、ゆっくり考えよう。サイトは逃げていかないものね。
 明日は午前、午後と、予定が入っているから、今日はお菓子作りをしたかったんだけど、サイトにかかりきりになってしまった。
 Blogは、「劇的非日常」を久しぶりにまとめて書いたけど。
本当は、もっと色んな記事を書きたいんだ。
でも、重い話は、なかなか進まない。「劇的非日常」は気軽に書けるのでね…。

 今度の日曜日、教会で始めて開かれる読書会に出席できない、と言ったら、リーダーのM兄が、「良かったら何か感想でも書いておいて下さい」と言ってこられた。
出られないし、と半分諦めて、課題図書を読んでいなかったのでちょっとあせっ。「氷点」は何度も読んだので思い出して書けるかな?夏目漱石の「こころ」は読んでないからなぁ。
今週は、やることも色々あるし、読めるかな?
読みかけの本も色々あるんだけど…。

 腰痛は、少しましになってきた。
なんだったんだろう?
とにかく祈りなさい、と言うサインだったのかもしれない。
まだ完全に良くなった訳ではないので、油断は禁物。
土曜日に向けて祈りつつ、体調を整えなくちゃ。

「光が、やみの中から輝き出よ」と言われた神は、
私たちの心を照らし、キリストの御顔にある
神の栄光を知る知識を輝かせてくださったのです。
コリント人への手紙第二 4:6
posted by ♪Sunny at 17:11 | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

no title

 昨日の日記を読まれた方から、掲示板で、メールで、随分とお励ましを頂いた。
 何か、同情をひくような形になってしまったのなら申し訳ないと思いつつ、また、父のことを多くの方が理解して、認めてくださっていることが嬉しかった。
 昨日、実は一瞬、日記に書くかどうか迷った。
日記に書くことで、その人を裁いているように捉えられないか、と懸念したこともある。決してそんなつもりはないのだけれど。
でも、実際に書くことで、わたし自身の弱さがはっきりと確認できたと思う。
そして、思い煩いを神様に委ねることができたと思う。
 ただ、今後は、こういうところに書かないで、直接神様のところにもっていって、祈りの中で解決できるようにならねば、と思う。
少し反省。
でも、もう神様にお委ねしたことと、神様が父を愛してくださっていることを、改めて確信できたので、わたし自身は、すっかり回復している。
日記を読んで心配してお祈りくださった方々に心から感謝!

 今、ふと思い出した。
わたしは中学卒業の時、クラスの友達に回したサイン帳に「あけちゃんはほんとうにお父さんのことを誇りに思っているね」と書かれたことがあった。その時は「えー、そんな風に見えたかなぁ」と、不思議に思ったけれど、やっぱりそうなんだな〜、と思う。
 父の弱さや、欠点もよく知っているつもりだけれど、やっぱり、父のことは、子供のころから誇りに思っていたんだな、って思う。でなきゃ、「小説家になってお父さんの伝記を書く」なんて夢は持たないよね。
 これは、多分私が最初に持った夢だったと思う。小説家にはならなかったけど、父の本を書く夢は実現できるかもしれない、と思う。

 心は元気だけれど、体は相変わらず痛んでいる。
明け方、寝ぼけて朦朧とした意識の中で、「そうだ、痛み止め…」と思いついた。
朝起きて一番に痛み止めを飲んだら、効いたんだ、これが。
嘘みたいに痛みが和らいだ。
メッセージの間、全く痛みを気にすることなくご奉仕することができた。
神様の守りを感謝した。
 でも、完全に癒された訳ではないんだよね。
とりあえず痛みが一時的にひいただけ。薬が切れるとまた痛みだした。
 特別賛美の練習の時にはまだ薬が効いていたけれど、さすがに腰に力が入らず、寝不足もあって声、特に高音が出なかった。
これはヤバイ!
今度の土曜日には広島で賛美ご奉仕がある…。
今回は、多少のどの痛みは残っているものの、前回の賛美のご奉仕よりずっとよいコンディションで迎えられたので感謝していた。それが、ここへ来てこんなことになるとは!
 とにかく祈りなさい、ってことだよね。

 詩音ちゃんの可愛い話。
「ブラック・ジャック」を見せてからピノコの「アッチョンブリケ」(ピノコという小さな女の子が驚いた時に両掌で自分のほっぺたを抑えて「アッチョンブリケ!」と言う)が気に入っている詩音ちゃん。自分の顔だけじゃなくて、人の顔でもお構いなしにアッチョンブリケをするのだけど、この前は両手の人差し指で自分のふたつの小鼻を抑えて「アッチョンブリケ」と言っていた。
「おはなのアッチョンブリケ」だそうだ。
勿論、わたしの顔でもやってくれた。
わたしがウケると調子に乗って、まぶたを押さえて「おめめのアッチョンブリケ」とやっていた。可愛い…。
 可愛いといえば、詩音ちゃんは、わたしのことも時々、可愛い、と言ってくれる。その言い方がまたしょっている。
「おかあさんたら、ほんとうにかわいいわねえ」だって。
「おかあさんはかしこいねえ」と言われたこともある。
それがまるでチビまる子ちゃんのように、大人びた口調で言うから笑ってしまう。

 日付が変わっているので23日の日記として書いた。
今までは、こういう場合も22日の日記として書いていたけれど。
昨日の日記を早々と書いてしまったのでややこしくなっている。
今日は、あとでもう一度日記を書くことにしよう。
≪2:00am≫
posted by ♪Sunny at 02:01 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月22日

no title

 ある方の日記で、父のニュースを見たときのことが書いてあった。
父のこと、「お爺さんだった」って…。
全然知らない人がそう書かれたのだったら、もう少し印象は違っていたと思うけど、わたしがその方の日記を読んでいること、その方は知っておられるのに…と思うと、ちょっと悲しかった。
時間も、短かったということを書いておられたけど、初めから6分程度、とお知らせしてあったのだけど…。
 確かにうちの父はお爺さんなんだけどね、身内としてはこういうのを読むのは辛い。勿論、人の感性を制限することも、誰かの発言の自由を阻害することも、わたしにはできないから、書いて欲しくないなんて言えない。
その方がそう感じられたのは事実なんだから。
 近年、父が老け込んだのを誰よりも強く感じている。
元々父は、年齢よりもずっと若々しく元気だった。それを知っているのもわたしたち身内だ。
だからこそ、老け込んで、弱々しくなった姿を誰よりも淋しく感じている。そこを突かれたことでなんとも言えない、淋しさ、辛さを感じてしまった。これは、わたしの弱さなんだ。
そう、その方が悪い訳じゃないのだろう。わたしは現実を直視しないといけない。
 夫にもそう言われた。夫は続けて言った。「それでもあれだけ頑張って新しいことに挑戦しているんだから素晴らしいじゃない!」
 確かに、脳塞栓のあと2度も脳出血をし、その前後も何度も何度も入退院を繰り返し、わたしでさえ覚えきれないほどの名前と数の病気を抱え、入院する度に弱くなりつつも、生かされて、立って仕事をしていること自体が奇蹟だとお医者様は言って下さった。
あの体で、新しいことにチャレンジし続ける父の姿をわたしは誇りに思う。
主にあって、生かされ、用いられている父を、主にあって誇ろうと思う。
神様はゆるしてくださるだろう…。
 芸風が枯れて、昔よりよくなった、って言ってくださっている落語ファンの方もおられるしね。それはちょっと嬉しかった。
わたしが見ていることなんか全然知らない一落語ファンの方が書いておられたので、お世辞でも何でもないだろうし。

 わたしは、自分をコントロールすることを学ばねばならない、と思う。
罪を犯させるものから遠ざかること、争うよりは距離を置いて祈ること。
落ち着いて、深く神様に心をそそぎだすこと…。
感情的になることを避け、祈り深くなること。
いつも、へりくだって神と共にいること。
神様、わたしの弱さをあなたの御翼で覆ってください…。

 詩音ちゃんはすごく可愛いし健気。わたしが腰がいたい、痛いといっていると手を差し伸べてくれたり、杖にするようにと布団たたきを手渡してくれる。
イライラして怒ってばかりいるのに、「すき」と抱きしめてくれる。
 今日は紙で一生懸命「タコさん」を作っていた。
どんどん知恵がついてきて、自分で工夫して、出来ないところはお母さんして〜って持ってくる。
子供の成長が嬉しい。
それにつけても、昨日の横田早紀江さんのお話を思い出す。
どんなことをしても子供を守ってやりたい、そう思うのが親心だろう。
 ただ、子供の弱さを客観的に見ることも必要。溺愛するばかりが愛じゃないものね。その辺がとってもとっても難しい…。

 夫とわたしの間で流行っている言葉「それはできない」
これは何かと言うと、詩音ちゃんが時々いう言葉なのだ。
詩音ちゃんは「○○しなさい」、と言うと時々「それはできない」とか「それはできないの」と言う。
「じゃあなんだったらできるの?!」とつっこみたくなるけど、その「それはできない」と言う言い方がとっても訳知り顔で、可愛くて、笑いをこらえるだけで精一杯。
で、なんとなく気に入って、夫もわたしも、詩音ちゃんのいないところで、他愛もないことで「それはできない」なんて言って笑っている。
我が家の平和を主に感謝。

だれが自分の数々のあやまちを
悟ることができましょう。
どうか、隠れている私の罪をお赦しください。
あなたのしもべを、傲慢の罪から守ってください。
それらが私を支配しませんように。
そうすれば、私は全き者となり、
大きな罪を、免れて、きよくなるでしょう。
詩篇 19:12,13
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2005年05月21日

生の声

 今日は、午後から、神戸に出かける予定。
午前中に、昨日できなかったメッセージの準備をする。
なぜかサクサク進む。出かけるまでに9割はできた。

 昼前、神戸に向けて出発。
今日は「横田早紀江さんを励ます集い」に出かけた。
主催は「横田早紀江さんを励ます集い」実行委員会になっているけれど、背後にはVIP神戸というキリスト教関係の団体(?)がある。それは別に隠されてもいなくて、集会でも、もともとこの集会はVIP神戸の5周年を記念して持ち上がった企画とのことだった。

 集会は日本基督教団神戸栄光教会で行われた。震災で倒壊し、それ以後新しく建てられた建物で、神戸の県庁のすぐそば、ものすごく大きな教会だ。
普段は300人程度が集っておられるという教会だけれど、その倍以上の人が来られていたと思う。とにかく、人で一杯だった。
 横田早紀江さんは、どちらかと言えば淡々と話しておられた。しかしその背後に、並々ならぬ意思と思いの強さがうかがえた。
伝道メッセージのように、ご自身の救いについて、多くは語られなかったけれど、恵さんが拉致された当初、多くの宗教の方が来られ、責め立てられて辛かったこと、ご自身でも色々な集会に参加してみられたこともあったけれど救いは見出せなかった事、日々「死にたい」と言う思いで過ごされていたこと。今まで、本などに書いてこられたことだと思うけれども(恥ずかしながらわたしは今までその著書を拝読したことがなかった)、その生の声でお聞きする話は、あまりにも生々しく、胸に迫るものがあった。涙を禁じえない人も大勢おられたようだ。斯く言うわたしも。
 そして、イエス・キリストの福音をダイレクトに語られたのではないけれど、心支えられた御言葉、心に残った御言葉などを随所に織り込んで話され、それらの言葉はきっと集われた多くの方の心に響いたのではないだろうか。
 集会は、NHKを始め、新聞各紙、地元TV局などの後援も得て、参加者も取材も多かったので、きっとクリスチャン以外の方もたくさん集われていたのではないかと思う。

 これほど辛い目にあっておられる方が語られる
苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。
私はそれであなたのおきてを学びました。(詩篇 119:71)

という御言葉は、とても重いものに感じられた。

 また、わたし自身、今まで、多くの声なき声をあげて救いを求めておられる人々の横を素通りしてきたことを、改めて示され、その姿勢を神様に正されたような気がする。
 行ってよかった。
これから、続けて、横田さんや埒被害者の方々のためにもお祈りしていきたいと願わされた。

 昨日までと打って変わって、今日は多くの人からのコンタクトのあった1日だった。
神様のされることというのは、本当に時があるのだなあ、と思わされる。

 先ほど、大切なネット友達からの書き込みで、サイトを閉じられることを知った。
正直に言えばとてもショックだった。
淋しかった。
でも、その姉妹が、神様に導かれたこと、祈って決められたこと、騒ぎ立てないで受け止め、祈らせていただきたいと思う。
ご自身も今まで大切にしてこられたものを手放されたのだ。
神様が用意しておられる次のステップにきっと進まれるのだろうと思う。これで交わりが切れてしまう訳でもない。
これからも主にあるよきお交わりは続くのだと信じて、これからの、姉妹の祝福を切に祈らせていただいた。

 腰と背中の痛みはひどい。
以前、夫に背中を踏んでもらって痛めた時と同じ状態だけれど、今回は原因が分からない。
とにかく痛くて、特に横たわっているところから起き上がるときは激痛で、思わずうめき声が出てしまう。
明日のメッセージ奉仕と、来週の広島での賛美奉仕、その次の週は栗東での賛美奉仕…6月中旬まで毎週のようにご奉仕がある。
1日も早く癒されますようにと祈りつつ、自分自身にも気合を入れる。

 さてと、まだ残っているメッセージの準備をしてしまわなくては。
神様に導いていただいた御言葉を、通りよき管として、充分に語ることができますように…。

あなたはいつくしみ深くあられ、
いつくしみを施されます。
どうか、あなたのおきてを私に教えてください。
詩篇 119:68
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2005年05月20日

神様の御業

 昨日から、腰と背中と膝が痛い。明らかに太りすぎと運動不足のせいだ。
それでも、なんだか訳もなく孤独感に襲われる。
そんな日に限ってPCも調子が悪いし、掲示板も静か…。
あちこちのサイトに伺っても、なんとなく書込みできずにすごすごと引き上げてくる…。
 PCと格闘しながら、昨日はなんとなく、そんな風にすごしていた気がする。
 でも今朝目覚めて気がついた。
神様のお取り扱いなんだ。
淋しさの中で、鬱々とした気持ちの中で、より神様が近くなる。
もっともっと、神様の細い御声を聞き取ろうとする。
今日のわたしには一番必要なことだ。
神様、ありがとうございます。

 今朝、詩音ちゃんのことで何か書こう、と思ったのだけど忘れた。今日は昼からも、ずっとPCに向かっているので、思い出したらまた書こう。
≪11:30am≫

 うーん、どうしても、書こうとしていたことが何か、思い出せなかった…。

 語りたいメッセージは心の中にあるのだけれど、なかなかまとまらない。
試験前に突然掃除がしたくなったり手紙が書きたくなる学生のように、突然思いついてバナナクッキーを焼いてみたりした。
本当に思いつきでホットケーキミックスで焼いてみたのだけど、
この前作ったやつのほうが美味しかった。
アイディアは悪くないと思うのだけど、材料の配分と焼く温度と時間、全部調整が必要。
 と、本当はこんなことやっている時間ではなかったのだけど。 明日、日中は横田早紀江さんの証しを聞きに神戸まで出かける。メッセージの準備は夜になるなぁ。
でも、今日、聖書を読んだり色々調べているうちに、とても教えられたことがあって、心に与えられていたメッセージが、深められた。
明日、とにかく神様の助けでまとめられますように。

このように、あなたがたも、
自分は罪に対しては死んだ者であり、
神に対してはキリスト・イエスにあって
生きた者だと、思いなさい。
ローマ人への手紙 6:11
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2005年05月19日

no title

 今日は、朝からPCの調子が悪かった。
インターネットは繋がるのにメールチェックができない。
あちこちいじって格闘するも、どうしてもできない。
それで随分時間を使ってしまった。
 午後からは、ここ数日の疲れや寝不足解消のために少しお昼寝…。
 夕方になってもメールチェックができない。
どうも、アンチウイルスのために入れているソフトの不具合が原因のようなので、アンインストールした。
それでやっとメールチェックができた。
うーん、英語のfreeソフトだったので、やっぱり、使いこなすのが難しい。
ウイルス対策、どうするかな…。

 夕食に、久しぶりにハヤシライスを作ろうか、と言ったら夫も賛成してくれたので、作り始めたのはいいが、冷凍庫にある肉が牛肉だとばかり思っていたら、豚肉だった。
コープで注文する時に勘違いしていたようだ。
慌ててお肉だけ買いに走った。
夕方、スーパーで肉だけ買うなんて珍しいのだけど、駆け込みで行ったら見切り品の国産牛肉が半額で売ってた。ラッキー!
これも神様の恵みだね。
久しぶりのハヤシライス(本当はハッシュドビーフ)はとっても美味しくて、夫はダイエット中だということも忘れてたらふく食べていた。

 最近、詩音ちゃんは、寝坊で朝、いつも遅刻。
早く寝かせないわたしがわるいのだけど、詩音ちゃんもなかなか寝ると言ってくれない。
で、今日も遅刻していったら、もう園庭での体操が始まっていて、たまたま、先日、例のニュースの時に「詩音ちゃんがニュースに映る」と教えてあげた女性の娘さんのSちゃんの横を通った。
するとSちゃんが、嬉しそうに「詩音ちゃんのお母さん、テレビに映ってたよ〜」と言ってくれた。「あ〜、ちゃんと見てくれたんだ!」と思ったら嬉しかった。
もちろん、自分の事を見てもらえたのが嬉しいのではなくて、父のことを、そして教会のことを知ってもらえたのが嬉しい。

 PCの調子が悪かったせいで、メッセージの準備が進んでいない。
デフラグをしている間に、少し賛美の練習などはできたけど。
明日は気持ちを引き締めて、取り組もう。

神のみこころを行なう人はだれでも、
わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」
マルコの福音書 3:35
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2005年05月18日

no title

 午前は祈祷会。
教会は、月、火で廊下の床を修理して、じゅうたんを張り替えた。
新しいじゅうたんはやっぱり気持ちが良い。
色を、至急に決める必要があり、教会員の方々と相談する暇がなかったのだけど、ワイン系の暖かな色で、今までのじゅうたんと比べても違和感がなく、それでいて、優しい雰囲気もあるのでちょうどよかったのではないかと思う。

 午後から、銀行や郵便局を回って、支払いをしたり、目的別に積み立てている口座にお金を振り分けていった。
色々と立替えて支払っているものもあり、いずれもどってくるとは言え、経済はなかなか厳しい。
しかし、今目の前にないものにではなく、与えられているものに目を向けよう。
飢えることもなく、いや、むしろ太りすぎるほどに食べ、TVやインターネットを楽しむこともでき、両親も救われ、夫は優しく、子供は可愛い。
夫との喧嘩さえ、結婚の恵みとも言えなくはない。
もっともっと神様に感謝しなくてはね。

 昨日、寝不足だったので、昼寝をしようと思っていたのに、我が家の資金繰りをしていると、結局午後がつぶれてしまった。
でも、なぜか、その割に元気。
それも、神様に感謝しなくてはね。
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2005年05月17日

ニュース!

 今日は、先日から取材に来ておられたMBSのニュースの流れる日。朝からなんとなくそわそわ。
昨日、今日と、父のご奉仕のことでお問い合わせいただいた先生方にも「ニュースで流れます」と宣伝。
 夫は、朝から新聞をチェックしてびっくり。TVの番組欄に特集のタイトルが、書いてある。それも長々と…。夫が新聞をどこかに片付けてしまったので、何とかいてあったかは覚えていないのだけど。

 で、なんとなく家にいても何もできそうになかったし、そろそろ薬がなくなるので、病院に行くことにした。姉にメールしたら、姉も行くという。
 通り道にある姉の家に寄って、姉と合流して寝屋川の病院へ。
病院はとても混んでいたけど、姉と話していたので気もまぎれた。

 診察が終わって、薬をもらっって外へでたらもう2時前だった。
姉と食事を取って、姉の家により、おかずを一品もらって帰ったらもう4時過ぎ。ざっとメールチェックなどしたり、雑用をしているともう詩音ちゃんのお迎え。
急いで保育園に行ったら、わたしの数少ない顔見知りのと言うか、2人ぐらいしか、保育園関係のお母さんで話ができる人が居ない。前の、アパートの時のご近所の方と、今の家のご近所の方でどちらも年長さんの子供さんのお母さんだ。で、そのうちの前のアパートのご近所の方と出会ったので、「今日、夕方のニュースでうちの父のことが流れるんですけど、詩音ちゃんの写真も出るので、よかったら見て下さい」と声をかけた。
 帰ったら、夫は頭痛がするといい、ビデオだけセットして、薬を飲んで横になった。

 いよいよニュースの放送。番組が始まって15分ほどして父の特集のコーナーが始まった。
 OCCでの様子、福音落語だけでなく、若い頃の落語、もっと若い頃の、芸人中間達との写真、そして詩音ちゃんと一緒に病院で撮った写真…。教会での様子わたしのインタビューもちょっぴり流れた。
たくさん、たくさん収録された中からとても上手にピックアップして、もりだくさんな内容が短時間にまとめられていた。
最後にアナウンサーの方からの補足もあった。
6分程度と言うことだったが結構長く感じられた。
福音落語も、さわりだけだったが
「イエス様が人々の罪を代表して背負ってくださった」と
いうところが、しっかり流れていて、嬉しかった。
でも、全体としては、宗教臭くなく、父が、「生かされている」
ということ、そして、たびたびの病を乗り越えて、まだまだ
チャレンジの人生を送っていること、そういう姿が強調されていたのが、かえってよかったように思う。
 わたし自身は、勿論、信仰の証し、福音宣教の前進、と言った意味でも喜んでいますし、感謝しているけれど、それだけでなく、父の、今のありのままの姿が紹介されたことがとても嬉しい。
このことで、証しのご奉仕だけでなく、父の本業の方にもまた活気が出てくればいいな、と願っている。
それでこそ、証しのご奉仕も生きてくるというものだと思うし。
 民放のニュースで、これが流れたことは、色々な意味で、ものすごく大きなことなのではないだろうか。
本も、タイトルだけだけれど、紹介されていた。多くの方が、「一度読んで見たい」と思ってくだされば、と願う。
サイトで検索したら、アマゾンのリストにはまだ出ていなかったが、ジュンク堂はリストに出てきたし、池袋店で在庫ありになっていた。また紀伊国屋も、在庫はなかったが、検索リストには出てくるようになった。少し前まではまだリストに入っていなかったのだけど。
 今日、夫がミーティングで京都に出た際に、あるキリスト教書店に寄ったら、その書店では売切れていたそうだ。
さすが京都、と夫は感心していた。
父は以前は、京都の放送局で長い間ラジオの生放送をやっていたので、京都で、少し年配の方には他の地域に比べて、父のことをご存知の方が多いように思う。それで、本もよく売れているのかもしれない。
 とにかく、本がたくさん売れることよりも(勿論たくさん売れたら嬉しいけれど)、主に用いられることを願っている。
一人でも多くの方が、この本を通して、主、イエス・キリストへの垣根が取り払われますように。
 そうそう、書き忘れていたけれど、以前京都のレディースランチョンで、90歳を超えた女性(友人のご主人のおばあさま)が「イエス様を信じます」と言われたと書いたけれど、その方が、5月の初めにバプテスマを受けられたと聞いた。
心から感謝して、主の御名を崇めた。

 昨日あちこちに、夫もインタビューされた、と書いたのだけど、それはわたしの勘違いで、夫は記者の方とは話したけれども、収録はされなかったらしい。
でも、メッセージの姿がいい感じで映っていたので良かった!
詩音ちゃんも、教会が映ると「これいつものきょうかいやで」
と言ったり、「グランマ!、グランマ!」といちいち声をあげたりして、嬉しそうだった。

 さて、その詩音ちゃんの話だけれど、昨日書き忘れたことを一つ。
 一昨日の夜、「きょうどこいくの?」と言い出した詩音ちゃん。詩音ちゃんが夜「きょうどこいくの?」と聞くのは、「寝て起きたらどこいくの?」という意味だ。
「新しい保育園だよ」と言うと、またまた「は○まようじえんにいく」と言い出した。それで、懇々と、「遊びに行ってもいいけど、詩音ちゃんはもう葉○東幼児園の子なんだよ。それにもういちご組さんに、みんないないし、先生も変わっているんだよ。詩音ちゃんは、もうお姉ちゃんになったから、葉○東幼児園のくま組みさんでしょ」と説明した。すると、しおんちゃんはあんがいあっさりと「わかった」と言う。「本当にわかったの?」ときくと、「は○まようじえんにはまだかないもーん」と言う。何度聞いても「まだいかないもん」と言う。
どうやら「まだ」と「もう」の区別がついていないらしい。
でも、一応は納得したらしい。
 それでも今朝は、珍しく「ほいくえんにいきたくない」と言い出した。やはりどうも前の保育園と新しい保育園の間で葛藤があるのかもしれない。
とにかく、「お父さんもお母さんもお仕事があるから、詩音ちゃんも保育園に行ってね」と説得するが、「いーやーだ〜」と言い張る。仕方がないので、泣き落とし作戦。
最近は叱るより「詩音ちゃんがいうこと聞いてくれない、えーん」と泣く方が、ずっと効果的なのだ。
昨日の夜も、それで寝かせた。
 今朝も案の定、泣いてみせると「わかったわかった、いくから」と折れてくれた。ちょっと偉そうな態度だったけど、ま、そこは大目に見て「ありがとう」とにっこり笑った。
行ってしまえば、結構すんなりと馴染んで、アンパンマン体操をしていた詩音ちゃんだった。

 今日は、なんだか興奮して眠れなかった。
ニュースのせいだろう。
バナナが古くなりかけていたので、ネットでレシピを検索して、バナナクッキーを焼いてみた。少しアレンジしてみたけど、どうだろう…。まだ食べていないけど、明日、味見をして大丈夫なら祈祷会に持って行くつもり。
 さあ、明日に備えてもう寝なくては…。
主が明日も豊かに祝して下さいますように。

「あなたがたは心を騒がしてはなりません。
神を信じ、またわたしを信じなさい。
ヨハネの福音書 14:1
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2005年05月16日

no title

 最近詩音ちゃんは「アタックNo1」の歌の♪アタック〜アタック〜♪のところばかりくり返して歌っていることが多くて、昨日の夜も歌っていたのだけど、突然、わたしのところにきたと思うと、背中によじ登りながらはっきりと♪キーリーストには〜かえらーれまーせーん♪と歌いたした。音程はいい加減、歌詞もそこだけだったけど、確かに歌っていた。特別賛美のために、わたしが練習していたのを横で聞いていて覚えたのだろう。
なんだかとても嬉しかった。

 今日は、とにかくどっぷり疲れていて、ほとんどボケーっと過ごした。
 ビデオを借りに行こう、と思っていたのに、それもしないで、ボケッとしていた。
あとで気がついたら、こんどの日曜、わたしが礼拝メッセージに当たっている。
しまった。メッセージの準備をすればよかった。
今週は、土曜日に横田早紀江さんの証しを聞きに行くので、金曜日中に準備をしなくてはいけない。
わたしはメッセージの準備に時間がかかるので、早めに始めないと。テーマは決まっているし、少しずつ準備もしている。最後は神様が助けてくださるので、何とかなることは間違いないけれど、よりよい準備のために、余裕を持って取り組みたいとは思うのだけど…。
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2005年05月15日

取材

 今日は、さすがに疲れていた。
落語と証しの会は、昨日で2回目だったけれど、なんだかとっても疲れる。わたし自身が神経を張り詰めているせいだろう。
まして、昨日は色々と取材もあり、なんだか神経を使ってしまった。

 今日も、MBSの方が取材に来られた。
日曜学校をして、両親を草津駅まで迎えに行き、礼拝…。
 今日はペンテコステ礼拝。
でも、カメラマンの方が結構異動しながら撮影されるのが気になって、なかなか集中できない。
教会の皆さんは大丈夫かなあ、とそんなことも心配になったりして…。
夫もメッセージしにくかっただろうなあ、と思う。

 礼拝のあと、H姉がステンシルの鍋敷きをたくさん作ってきてくださって、婦人の方々に一つずつどうぞ、と配ってくださった。本当は先週の母の日に配りたかったのだそうだ。ということで、色々な形、模様の中からみなが思い思いの物を選ばせていただいた。とっても素敵でとても鍋敷きにはもったいなくて、皆さん、飾りにする、と言っておられた。
 今日は礼拝後、6月4日の賛美の練習を奏楽のI姉としよう、と言っていたのだけれど、MBSの方が父をインタビューしておられて、その終わりを見計らって、母のところへ言ったら、こんどはわたしにインタビューしたいと言われた。別の方が賛美の練習を始められたので、奥の部屋に移動して、インタビューに答えた。
けれども、とっても疲れていて頭が回らない。
 まさか自分がインタビューされるとは思っていなかったけれど、何かの拍子にTVに映るかも、と思い、クマを隠すためにお化粧をしておいてよかった、なんて思った。でも、ひどい顔をしていただろうな。民放だし、あまり宗教臭い表現などを避けよう、とは思ったのだけど、とにかく頭が回らなくて、何を答えたのかもよく覚えていない。ま、たくさん撮影されて、放映されるのは6分程度とのことなので、わたしのインタビューも採用されるかどうかは分からないのだけれど。
 結局MBSの方は、明日実家の方にも取材に行かれるのだそうだ。
なんとも熱心なことで、民放のニュース番組で、父の信仰生活のことがこんな風に取り上げられるのは、本当に珍しいことではないかと思う。わずか6分とは言え、ニュース番組の中で特集として紹介されると言うのだから、ただ、「感謝」という言葉で表せない「びっくり感謝」とでも言いたい気持ちだ。
 一人でも多くの方が見てくださり、ただ「露の五郎がクリスチャンになった」ということだけでも知って下さったらいいと思う。また、本のことも紹介してくださると思うので、本を手にとって読んでくだされば良いとも思う。
またもう一方で、父が、数々の病気と戦って、まだまだ現役で頑張っていることを多くの方が知ってくださればいいと思う。
そのことで励まされる方がいてくだされば嬉しいし、また、マスコミ関係の方にも「五郎は仕事をしている」と言う一つのアピールになれば、と思う。

 昨日、詩音ちゃんのことを書かなかったけれども、詩音ちゃんは、いつもながら、とてもいい子にしていてくれた。
いや、別に特別聞きわけがいいとか、お行儀がいいとかいう訳ではない。それでも、わたしがそばにいなくて母にまかせっきりでも、泣いたりわめいたりするわけではなく、時にわがままも言いながら、長い時間を過ごしてくれていた。

 礼拝、取材のあと、6月4日の賛美の練習をI姉とさせていただいた。喉はまだ痛いけれど、声が出ない訳ではない。
無理をしてはいけないと思うけれど、あまり神経質にならないで練習していこう。

 なんだかいっぱい書きたい事があるのだけど、頭が回らない。また明日思い出したら書こう…。

人々があなたがたを引き渡したとき、
どのように話そうか、何を話そうかと
心配するには及びません。
話すべきことは、そのとき示されるからです。
というのは、話すのはあなたがたではなく、
あなたがたのうちにあって話される
あなたがたの父の御霊だからです。
マタイの福音書 10:19,20
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2005年05月14日

露の五郎独演会

 今日は、大阪クリスチャンセンターでの出版記念の証しと落語の会。
 朝から実家へ行くつもりだったけど、なんだかんだでなかなか出られない。
って言うか、朝、なかなか起きられない…。
ここんところの不規則な生活が堪えているな、と思いつつ、何とか準備をして家族で出発。
 実家によって、すでに落語の準備など一式積んである車に乗り換え、両親と共に出発。途中で食事をすませて会場へ。
 会場の駐車場ではクリスチャン新聞の大阪支局長さんが待っていて下さった。
荷物を下ろして、一足先に楽屋入りして昼食を食べていた姉と合流し、まず会場のセッティングのチェック。
 落語の舞台のチェックは姉が一緒だと心強い。なんせ出演し、落語をしゃべる本人だから、マイクテストの時に、ちょっとしゃべってみてください、と言われて、すっと落語の一節をしゃべることができるし、マイクの高さや、高座の高さなどなど、すべからくスムーズにチェックできる。
色々打ち合わせているところへ六大夫さん登場。
差し入れと頼んでいた夫の名刺を持ってきて下さった。
 六大夫さんは、実は、一昨日にも実家の父に差し入れを届けていて下さったそうで、細かいお心遣いに感謝感謝。
それにしても、ネットを通してたくさんの方々に祈られて迎えた今日、父の体調も守られ、天候もよく、本当に感謝なことだった。

 打ち合わせをしていると、PBAの方が挨拶に来られた。ライフ・ラインの関西の事務局をしておられ取材などもしておられると言う。こちらは、まだ番組の内容など、決まっていないそうだけれど、とにかく、機会を捕まえて、先に取材して、あとからまた内容を検討し、もしかしたら追加取材があるかもしれない、とのことだった。そんなことをお聞きしていると、横で、MBSの記者の方が、姉に挨拶しておられる。ライフ・ラインの方は丁度そこに来た夫にバトンタッチして、慌ててMBSの記者の方に御挨拶する。MBSの記者の方は、とっても緊張しておられたようだった。まあ、なんだかんだ言っても、先の上方落語協会会長、上方落語会では上から数えて何番目、と言う人なのだから、若い記者にとっては緊張する相手だろうし、まして、中身が「キリスト教」と言うおそらくご自身、馴染みのない世界のことで、緊張するな、と言うほうが無理、という状況だろう。
 MBSの方は、火曜日(17日)に放送ということで、開演前にも楽屋へ来られインタビューを撮影され、休憩時間にも着替え風景を撮影されたり、会場のお客さんにもインタビューされていた。
更に明日、教会の方にも撮影に来られるという。

 会場には、六大夫さんのほかに、たかはしさんご夫妻も来られていた。
一番驚いたのは、関太朗さん(これもHN)がスタッフの一人として参加しておられたことだった。
会場で、ちょっとお話したい事があり関太朗さんを捜していて、他の人に関太朗さんの所在を聞こうとして、ついつい「関こあらさんはどこにおられますか?」と聴きそうになっている自分に、笑ってしまった。
 帰りの駐車場では関太朗さんが姉に「関太朗です」「雪だるまです」とやっていたのでそこにおられた六大夫さんを紹介。
なんだかプチオフ会のようだった。
 また、秋にお招きいただいている教会の先生や、姉妹もお越しくださっていた。
 とても久しぶりにお会いできて嬉しい方もおられた。わたしたち夫婦が結婚に導かれるきっかけを作ってくださった牧師ご夫妻…。働きながら開拓伝道をしておられる素晴らしい先生方だ。
再会と、父の救い、そして用いられていることをとても喜んで下さった。

 また、サイン会では本当に多くの方が本を買って列に並んでくださった。
中には4冊も買っていかれた方がおられたし、2冊、3冊買ってくださった方も何人かおられた。プレゼントに用いられるのかな、と思い、嬉しかった。
 中でも、バリトン歌手の時田直也さんが、わざわざ列に並んで、父に御挨拶くださったのも嬉しかった。
父はサイン中であまりお話できなかったが、わたしは少し挨拶をさせていただいた。まだ時田さんの歌はお聞きしたことはないけれど、いつか是非聞きたいと思っている。またお出あいできるのを楽しみにしたい。

 肝心の舞台の方だが、わたしは、バルコニー(音響の方などのおられたところ)で、夫と共に進行を見守った。まず主催者やいのちのことば社の方の挨拶があったのだけど、その最中に、客席で携帯電話が…。慌てて1階の会場のほうへ走る。主催者側の方に、「携帯がなったんですけど…。アナウンスしてください」と言うと、一応その段取りにはなっているはずなのだが、と言いながら会場の方に行かれた。
 父の証しは何事もなく進んでいく。証しを短めにしよう、と打ち合わせしていたわりにはスローペース。かと言って内容的には割りにシンプルに話しているんだけど。結局予定より10分ぐらいオーバー。予定していた終了時間頃に、姉に時間が延びていることを伝えようと、楽屋に行ったがもうスタンバイしていて、こんどは舞台袖に。姉に、短いバージョンで、と打ち合わせをして、そこで、父の証しの終了を待ち、講演用のステージから、落語用のステージへ舞台の転換。
装置の移動は係りの方がしてくださったが、お手伝いと確認。
 これはスムーズに行き、今度は父の様子を見に行く。
しばらくして、下に降りると姉が高座に上がっている。もう一度楽屋に戻って、その旨を告げて、またバルコニーで見守る。
姉の落語は、身内のわたしが言うのもおかしいかもしれないが、なかなか面白い。
 そしていよいよ父の福音落語。
前回よりは少し良くなった。やはり、70歳を過ぎて新しいネタを、2度も3度も血管が詰まったり切れたりした脳で覚えるのだから、並大抵のことではないだろう。
回を重ねるごとに、もっともっとよくなっていくことだろう。
お客様は、とにかく、証し、姉の落語、福音落語、よく笑ってくださった。それが何より、こちらとしても嬉しい。

 先にも書いたように、多くの方が本を購入してサインの列に並んでくださった…ということは、きっと、父の証しや落語が聞いてくださった方々の心に響いた、と言うことなのだろうと思う。
いや、神様が響かせて下さったのだろう、と思う。

 わたしは、自分も女優を目指していたり、芝居の演出をした経験から、こういった公演でも、ついつい、神様の導き、御聖霊様の御支配、と言うことを忘れて人間的な目で、時間配分、内容などを捉えてしまう傾向がある。
それはそれで必要な部分でもあるけれど、そればかりになってしまってはいけないと思う。
わたしは、わたしの思いの中で、父の証し、落語で「ここをもっと強調したら…」などと考えてしまったり、「今日はあのエピソードが抜けた」「あの部分がくどすぎた」などと思ってしまう事があるが、結果として、聞いた皆さんの心に届いたことを用いてくださるのは神様だということを忘れてはいけないと思う。
 わたしが証しやメッセージを語るときでも、準備したとおりに語れないことはしょっちゅうある。自分では「あれが抜けた、これが抜けた」と思うけれども、聞いてくださった方は、初めて効かれるのだから、「あ、ここが飛んだ」なんて思われない。
むしろ、神様が、語るべきことを語らせてくださったのだ、と思う。きっと父の証しや落語も同じなのだろう、と思う。わたしは中身をよく知っているから、色々思うけれども、結果的に、神様が一番良いところを語らせて下さっているのだろう。そして、後の事は神様に委ねるしかない。
 主が父の残りの人生を、大いに祝福してくださり、用いてくださるように祈ってやまない。
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2005年05月13日

no title

 昨日は、早々と日記を書いてしまったので、夜のことが書けなかった。

 詩音ちゃんは、本当は「101匹わんちゃん」のビデオが見たかった。
でも、夫が「アタックNo1」のビデオをセットしていたので、ビデオは見られなかった。
「一緒に『アタックNo1』見よ!」と説得したら、詩音ちゃんは納得したものの、まだ後30分ある。ということで、30分ぐらいのDVDを見せることにした。
久しぶりに「たいせつなきみ」を取り出したら「これみる!」と詩音ちゃんも乗り気。何度も見た事があるんだけど、結構集中して見ていた。主人公のパンチネロが木箱を高く積み上げたのに昇っていく時は「こわい〜」といってわたしのそばにやってきた。
その詩音ちゃんが見終わって一言「イエスさまいたね〜。おおきかったね〜」
 ヘー、詩音ちゃんは、エリが神様のことだ、ってちゃんとわかったんだ。だって「イエスさま」なんて名前はどこにも出てきていないのに。ある意味で、子供の感性は、大人よりももっともっと鋭いような気がする。多分、これを見ても、エリが神様のことだとわからない人はいっぱいいるだろう。勿論、クリスチャンは「エリ」と言う名前だけでも父なる神様のことをさしているとわかる人もいるだろうけど、クリスチャンでない人は?。
そう考えると、これは、詩音ちゃんの中にはしっかり神様が存在しているということだよね。しかも、父なる神様=イエス様なんだ…。大人は三位一体、なんて言葉で理解しようとして余計にわけが分からなくなるけど、子供はもっときっと素直に受け入れているんだろうね。
ちょっと感動の一時だった。

 今朝は、詩音ちゃん、起きたときからなぜか、前の保育園モード。寝起きはいつもの如く悪かったけど、起きてからはなんだか元気がよくて、「きょうはどこいくの」「新しい保育園だよ」と言うと、「さいしょはあたらしいほいくえんにいって、そのあとは○まようじえんにいくの!」「がんばってきゅうしょくたべるぞ、おー!」とか、言っていた。「○○するぞ、おー!」というのは、励ますときに夫が言い始めてから、「頑張ろう!」って時によくつかう掛け声。
 保育園についてからも、先生に「きょうは、ほいくえんおわってからは○まようじえんにいくの〜」と言っていて、先生もびっくりしておられた。
前の保育園の先生が「また遊びに来てね〜」と言って下さっていたのを、詩音ちゃんはいつまでも覚えていて、わたしも別に連れて行きたくない訳じゃないんだけど…。
ただ、通常保育の次官に行っても、先方も迷惑されるだろうし、かと言って5時過ぎに行っても、ほとんどの子供や先生はおられないし…。行っても詩音ちゃんの会いたいお友達や先生に会えないかも…と思うと、なんだか、連れて行くのを躊躇してしまう。
あるいは、詩音ちゃんが、そこに自分の居場所がないことで、ガッカリするのではないか、という気がしたり…。
 それにつけても、今年、転園しておいてよかった、と思った。
これが、来年、再来年になるほど、きっと、詩音ちゃんは前の保育園に未練が強くなって、辛くなるんだろうな、と思う。幸い新しい保育園がいや、ということでもなさそうだし、お友達の話もよくしてくれるので、すぐに前の保育園のことも忘れていくんだろうな、と思う。良い思い出だけが残っていってくれればいいな。
 保育園のお迎えにいった時、「は○まようじえんにいく!」って言うかな?と思ったら、1日、保育園で過ごしたら(本当はこちらも幼児園なのだけど)すっかり忘れてしまったようだった。
「どこいくの?」「どこも行かないよ」「イヤ〜、おかいものいきたい〜」
来た来た、と思いながら、どうせそう言うだろうと思って用事を作っておいたので、「コンビニ行ってコピーしてから、帰って101匹わんちゃん見よう!」と言うと「コンビにも(「コンビニ」と言えない)おかしあるよね〜。チョコボール、もうなくなったから、おかあさんのためにかってあげる〜」
この「おかあさんのために」というのは曲者で、そう言えばわたしが喜ぶと思っているらしい。結局は自分が食べるんだけど。

 今日は、賛美の練習も、少し時間を取ることができた。
声が出ない訳じゃない。でももうずっと喉の痛みが取れない。
広島でのご奉仕までもう2週間ほど。
それまでに何とか、健康なのどにしておきたい。
向日かおりさんに教えていただいた漢方薬を試してみようかな…。でも、まずは地道なうがい、だよね。わたしはこの「地道」って言うのがどうも苦手なんだよね…。

 OCCホールでの、父の講演会&福音落語はいよいよ明日。
MBSの取材も来られると言うし、PBA(ライフ・ラインというTVの福音番組を作っておられるところ)も取材に来られると言う…。
神様、なんだかとっても父を用いようとしてくださっておられるようでこちらの方が驚いてしまう。
わたしが何かする訳じゃないのに、少しばかり緊張感がある。
主が、明日全てを最善に導いてくださいますように…。

あなたがたは、世界の光です。
山の上にある町は隠れる事ができません。
マタイの福音書 5:14
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