2010年03月30日

≪今日の聖書≫

終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。 エペソ 6:10
タグ:聖書
posted by ♪Sunny at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月29日

今日のお菓子/エルの非常持ち出し袋

 今日は、エルがお友達のおうちへ遊びに行くというので、おやつにロイヤルミルクティのシフォンケーキを焼きました。
 前日、散々、「お菓子は何が良いか」と相談したのですが、エルは「春らしいお菓子が良い」と言い、「シフォンケーキ」をリクエストしてきました。
「ふわふわで春らしいから」という理由だったようです。
「何味のシフォンケーキが良いか」でまた相談しましたが、結局、「紅茶で良い」ということになりました。
 以前は、紅茶味のケーキはあまり好きではなかったように思うのですが、いつのころからか紅茶味のケーキを喜んで食べてくれるようになりました。
 そういえば、今日の夕食の東坡肉も、以前は豚肉の脂身や八角の香りが好きではなかったのですが、今日は「もっと欲しい」と言うほどでした。
 いつの間にか味覚がちゃんと育ってきているのだな、と嬉しくなりました。

10_03_29.jpg

 シフォンケーキは崩れやすいので、切らないで持っていったため、わたしは食べられなかったのが残念でしたバッド(下向き矢印)



 昨日、エルが、「絆創膏(傷バン)を2枚ちょうだい」と言って、救急箱替わりの引き出しから持って行きました。何をしているのかと思っていたのですが、夜、ベッドのところで、幼児園の登園に使っていて、今は使わなくなったリュックサックに何やらいろいろ詰めていました。
 話を聞くと、「何かあった時(洪水や地震があった時)に、持っていくもの」だそうです。
大事なぬいぐるみや、風呂敷(寒い時にかぶったりできるようにだそうです)、絆創膏など、色々考えに考えて準備したようです。
 エルの話では、砂漠に行くことまで考えて準備したのだそうです。何ゆえ「砂漠」なのかは不明ですが、本人は大まじめでした。
 「あとは水を入れなくちゃ」というので、「水は、買ったものを入れておかないと、家でペットボトルに水を入れたものはすぐに腐ってしまうよ」と言うと、「わかってる。水は今度買って入れるの」と言っていました。
 考えてみたら、自分が子供のころは、こういうことは兄弟の間で、考えてこっそりやっていたことだったような気がするのですが、姉妹がいないこともあってか、こういうことをすっかり親に話してくれるのが、なんともかわいいと思いました。
 非常持ち出し袋を準備しているなんて、冗談ごとではないのかもしれませんが、どこかで、秘密基地を作るのに通じるような、ちょっとしたドキドキ感があるのではないかな、
 しかし、エルはエルなりに、大真面目に一生懸命考えているようです。
 そういう子供の一生懸命さを、笑ったりしないで見守ってやりたいと思うこの頃です。
posted by ♪Sunny at 23:59| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月27日

Without Youが新聞に!!/今日のお菓子

 マイミクさんのなんばひろみ。さんやにしやんさんの所属するゴスペルクワイヤWithout YouとCDのことが神戸新聞に載ったそうです。
ネットからも見ることができます。
http://www.kobe-np.co.jp/news/bunka/0002816734.shtml

 「Without You」は1999年に小坂忠さんのサポートバンドとして結成されたグループで、メインボーカルの一人、なんばひろみ。(難波裕美)さんはミクタムプレイズ&ワーシップのアルバム「I・N・O・C・H・C・I」にも参加、2曲ソロを務めておられるシンガーです。
 また、2006年に行われた単独コンサートではキャパ1000人というクレオ大阪中央大ホールが満員になったというすごいグループでもあります。
 7月には、結成10周年ライブを、大阪中央公会堂で開催予定とのことです!!
 「Without You」の詳しいプロフィールは、サイト(http://withoutyou.cc/index2.html)の方でご覧ください。
 「Without You(以下WOY)」との出会いは、リーダーのにしやんさんの教会に、2004年に父共々お招きいただいたのがきっかけでした。
 父とともにお招きいただいた日、WOYのメンバーの何名かの方も来てくださってご紹介いただいたのです。
 …が正直に言うと、その日の印象はあまりなく…でも、にしやんさんはとてもまじめで真摯な方で、父を招いて下さるにあたり、本当に素晴らしい心遣いをして下さって、「この方のやってはるクワイアのゴスペルをぜひ聞いてみたい」と思っていたところ、翌年の2005年に滋賀県大津市に来られたので、そのコンサートに参加させていただいたのが本当の出会いでした。
 いつもコンサートに行きたい、と思いつつ、なかなか参加させていただく機会がなく、ライブに行ったのは2005年の大津と、2006年のクレオ大阪だけなのですが、いつもそのパワフルで個性的な活動には注目し、祈りの中で応援させて貰っています。
 その、WOYが昨年、CDをリリースされたので、遅ればせながら今年になって購入させていただき、最近車でよく聞いています。このCDは新聞にも紹介されている通り、刑務所でのライブコンサートにスタジオ録音の曲を加えたもの。刑務所でのコンサートのライブアルバムなんて、すごく珍しいのではないか、と思います。
 アルバムの中では特に、1曲目の「The Time To」(9.11同時多発テロやその後の追悼会等で朗読された詩「If I Knew It Be Last Time」に触発されて書かれた作品)と2曲目の「凛として」(阪神淡路大震災とその10年後に起こったJR福知山線脱線事故を背景として作られた曲)の2曲(両方ともオリジナルソング)は何度聞いても、胸がいっぱいになって、心に迫るものがあります。
 そのほかの曲も、愛と励ましと神様の力に満ちていて、試練の中にある人にぜひ聞いてもらいたいと思うアルバムの一枚です。


 今日は、午前中家庭集会でした。
昨夜焼いたお菓子は、焼き芋のパウンドケーキ。
生地にも薩摩芋のマッシュを入れ、また、サイコロ状の焼き芋も入っていて、お芋の風味豊かなケーキです。
 このケーキは、薩摩芋が決め手で、美味しい薩摩芋でなければこうは仕上がらないと思います。
生地に混ぜ込んだ薩摩芋とサイコロ状に切った薩摩芋は別の種類なのですが、どちらも美味しい薩摩芋だったので、ケーキが美味しく仕上がって、感謝しています。

10_03_27a.jpg  10_03_27b.jpg

 今日来られた方も、本当に大変な環境におられる方で、お話をうかがっていて、日本の行政の、福祉に対するあり方に大いに疑問を抱き、また憤りを覚えてしまいました。


 午後は、Kさんのお宅で、日本語の学びをした後、またまた、韓国式のマッサージをしてもらいました。
 いつものように、本当に楽しく興味深いひと時でした。

 今日も、恵みの一日が過ぎて行きました。
 明日の日曜日も、皆さんの上に、祝福が豊かにありますように!!

10_03_27c.jpg

10_03_27d.jpg

 写真は、家庭集会をしたOさんのお宅の近くにあった見事なミモザ。
こんなに見事なミモザを初めて見ました。
 黄色が鮮やかで眩しくて、UPの写真はハレーション気味になってしまいました。


≪今日の聖書≫
私は、私を強くしてくださる私たちの主キリスト・イエスに感謝をささげています。なぜなら、キリストは、私をこの務めに任命して、私を忠実な者と認めてくださったからです。 第一テモテ 1:12

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
↑良ければぽちっとお願いします!
posted by ♪Sunny at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月26日

わたし自身を生きる

 わたしはこの春小学校3年生になる女の子の母親です。

 でも、本当にダメ母で、「これでよく子供が、良い子に育ってくれている」と、驚くやら感心するやら。

 今日も、ギャーッ、と大声で怒鳴りつけてしまいました。
もう少し穏やかに、言い聞かせてやろう、といつも反省するのですが。

 こんな母親でも、エルは毎日何十回も「お母さん大好き」と言ってくれます。
 それで、なんだか、嬉しいやら恥ずかしいやらで、今日もお布団の中で「こんなお母さんでごめんねぇ」と謝りました。
 するとエルは「お母さんはだめじゃないよ。エルちゃんはお母さんのこと尊敬しているよ」と言ってくれました。
 「でも、お母さん、毎日反省、反省だよ」と言うと、エルは「お母さんは反省しなくても良いよ。お母さんはお母さん自身を生きればいいんだよ」と言ってくれました。
 一体エルはどこでこんな言葉を覚えてくるのでしょう?意味をわかっていっているのでしょうか?

 また別の時には、「お母さんがたとえエルちゃんのことを嫌いになっても、エルちゃんはお母さんのことずっと好きでいる。愛し続けるよ」と言ってくれたこともあります。
 女の子って、すごいな、と思います。
母親が子供に言ってやるようなことを子供が親に言ってくれるのですから。

 エルは、普段はとても子供っぽい子です。
しばしば、「わたしが小学校3年ぐらいのときにはもっと大人っぽかったわ」と思うことがあります。
 でも、こんな言葉を聞くと、わたしが小学生のときには、「自分自身を生きる」なんて言葉は自分のボキャブラリーになかったように思います。
 もちろん、母親とわたしの関係も、こんなにベタベタしたものではありませんでした。
 それにしても、エルは、わたしにとってはできすぎた子供です(もちろん、子供ですから未熟な面もありますし、毎日叱らなければならないことはたくさんありますが)。
こんな子供を我が家に遣わして下さった神様に、心から感謝しています。

 今日は、新しいお菓子のレシピ本が届きました。
以前から持っていてよく使っている本のパート2が出ていたのを先日見つけて注文したのです。
 新しいお菓子の本を見ていると、この頃和菓子にはまっていたけれど、やっぱり洋菓子も作りたくなってきます。
 それで明日の家庭集会は午前中ということもあって、朝から和菓子を作る自信がないので、夜の内に洋菓子(焼き菓子)を焼きました。と言っても、材料の関係で、新しい本のお菓子ではなくて、前から持っているお菓子の本からのケーキですが。

 写真はまた明日、UPしまーす。

 


≪今日の聖書≫
しかし、あなたは、どのようなばあいにも慎み、困難に耐え、伝道者として働き、自分の務めを十分に果たしなさい。 第二テモテ 4:5

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
↑良ければぽちっとお願いします!
posted by ♪Sunny at 23:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月24日

ぜんざい公社!?

 今日、祈祷会とオカリナ練習の後、陸運局に行ってきました。
厳密には、軽自動車検査協会に行きました。
 実家から持ってきた車の名義変更をしました。
先日一度行ったのですが、ちょっと書類が足りなくて仕切り直し。
今日はスムーズにいました。
 10番の窓口で、書類の書き方を聞いたら、親切に教えて下さって、まず最初にナンバープレートを返却するようにとのことでした。
 17番の窓口でねじまわしを借りて、自分でナンバープレートを外しました。
雨が降っていましたが、自分でやらないといけないので傘もさせず、濡れながらやりました。
 そのプレートを持って17番に返却。そこで一枚の書類をもらい、それをもう一度10番の窓口に提出。
その後、書類を持って26番の窓口に行くよう言われました。
 26番で新しい車検証を受け取り、今度は24番の窓口に行くように、言われ、税金関係の手続き。
 それからもう一度17番の窓口に行き、新しいナンバープレートをもらいました。
 もう一度、ねじまわしを借り、自分で、やっぱり雨に濡れながらナンバープレートを付けて完了。
 3つの建物にわたって、あっちの窓口、こっちの窓口と、うろうろしました。
窓口を渡り歩きながら、落語の「ぜんざい公社」を思い出していました。
「ぜんざい公社」を御存じない方はぜひ、インターネットで検索してみて下さい。
良くできたネタです。



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
↑良ければぽちっとお願いします!
posted by ♪Sunny at 22:53| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

無力

 本当に辛い、過酷な状況の中にいる友がいます。
けれど、わたしは彼のために何も具体的な手助けをしてあげることができません。
 わたしも辛いけれど、わたしは無力です。

 けれども、主、イエス・キリストは全能のお方なので、ただ、主に期待し、信頼して祈ります。
主が最善をなして下さいますように。



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
タグ:祈り
posted by ♪Sunny at 22:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「さくらさくら」と「ふたつのJ」

 今日、祈祷会の後、午後からケアハウスにボランティアでギターを弾きに行かれるK兄が、ちょっと不安な「さくらさくら」を聞いて下さいとおっしゃって、皆の前で弾いてくださいました。
 そして、皆で歌も歌いました。
「さくらさくら」を歌ったのは久しぶりのことでした。

 「さくらさくら」を歌いながら、ふと心に岩渕まことさんの「ふたつのJ」を思い出しました。
「ふたつのJ」の旋律やコード(厳密にはコードが分かる訳ではありませんが、聞いて感じる音の雰囲気みたいなもの)は、まさしく、「さくらさくら」のような日本の旋律と通じるものがあるし、歌詞の内容も、日本人であるわたし達の心にしっくりきます。
 ぶちさんの曲にはたくさん好きな歌がありますが、「ふたつのJ」は最も好きな曲の一つです。
しかし、ぶちさんの人生の様なものが感じられて、好きだからと言って、自分で歌えない、不思議な曲でもあります。

 「さくらさくら」を聞く時、そして「ふたつのJ」を聞く時、「わたしは日本人なんだなあ」としみじみ感じます。



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
↑良ければぽちっとお願いします!
posted by ♪Sunny at 22:28| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お菓子な毎日

 昨日は急に、生八つ橋が食べたくなって、久しぶりに作りました。
生八つ橋は、電子レンジで作るととっても簡単。
 写真は、すでに味見で何枚か食べた後ですわーい(嬉しい顔)あせあせ(飛び散る汗)

10_03_23.jpg


 今日は祈祷会の後、オカリナ練習でした。
デイケアへの訪問演奏に向けて、選曲したりプログラムを考えたりしました。
なんだかワクワクしてきました。

 お菓子は、先日、ケアハウスの聖書研究会の時に作った「吉野山」に再挑戦。
やっぱり、どうしても赤が強くなりすぎてしまいます。
みどりは、蓬パウダーを使ってみたのですが、どうしても綺麗な発色にならないので、やはり緑の色粉を使いました。
 伸ばし加減が、案外難しいです。
今度からサイズをきちんとはかって伸ばすようにしたいと思います。
出来栄えはともかく、このお菓子、大好きです。

10_03_24b.jpg

 春、作りたい和菓子がまだまだあります。
でも、明日は洋菓子かな?


≪今日の聖書≫
信仰の戦いを勇敢に戦い、永遠のいのちを獲得しなさい。あなたはこのために召され、また、多くの証人たちの前でりっぱな告白をしました。 第一テモテ 6:12


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
↑良ければぽちっとお願いします!
posted by ♪Sunny at 22:11| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月23日

≪今日の聖書≫

あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。 ヨハネ 14:1
タグ:聖書
posted by ♪Sunny at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月22日

賛美の喜び・人違い!?・春!!

 今日は実家でゆっくり目覚め、外出する母をJRまで送っていきました。

 午前中はのんびり過ごし、持って行っていた本を読んだりしてしました。

 午後から、ゆっくり吹田に向かって出かけました。

 あ、実家を出るときは色んな貰い物をしっかり車に積み込んできましたよ。
親って、ありがたいですわーい(嬉しい顔)

 吹田は吹田聖書福音教会で開催の歌声ペトラ関西に行きました。
この教会は過去に何度か出かけているので、車は迷わず近くの市役所の有料駐車場に止めて、教会に着くと、ちょうど集会が始まるころでした。
 受付付近では、春太郎さんが「来られたんですね〜」と声をかけて下さいました。
ぶちさんのブログに「行けるか行けないか?」と書き込んでいたのを読んでくださっていたようです。
他にも顔見知りのスタッフさんたちと無言で手を振り笑顔を振り向いて座席へ。
 遅れて行ったのですが、遠慮しないで前の方へ行き、ばっちり良い席に座りました。
 座ると斜め前方の方が振り向かれ「あれ〜!?」とびっくり。マイミクのもじずりさんでした。

10_03_22a.jpg
 歌声ペトラ関西は、記念すべき20回目!!

 歌声ペトラ関西は、何度も参加しているような気がしているのに、実はこれが二度目。
でも、顔見知りのスタッフさんがいっぱいいるので、もうずっと参加しているような気分で楽しんできました。
 知らない曲、初めての曲でも歌えるのは、それが賛美だからでしょうか。
以前、ワーシップの集会に出ていた時にも思ったのですが、賛美の集会って、曲を知っているかどうかに関わらず、そこに居場所があるんですよね。
 ちょっとぐらい間違えたって誰も笑わないし、自分も、間違えたって気にしないわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)
そんなことお構いなしに、みんなが神様に向かって賛美している、素敵な空間なんです。
 中でもペトラは、日本生まれの賛美。自分たちの言葉で歌っているしっくりした感じに心が和みます。
そんなペトラでどっぷり賛美の恵みに浸って、楽しんできました。

10_03_22b.jpg
いかにも楽しそうなぶちさんと春太郎さん。
後ろに関根先生も。

 気が付いたらあっという間に2時間近くが過ぎてしました。
今回、ペトラでは珍しいと思しき、アンコールがありまして、それまで、リクエストタイムではタイミングが合わなくて採用されなかったのですが、このアンコールに、めでたくわたしの手が司会をしておられたJELさんの目にとまり、100番をリクエスト。
 実はこの100番、歌ペト関西に出席した時の新曲だったのです。懐かしく新鮮な思いで熱唱してきました。



 今回は、関根先生にもちゃんとご挨拶ができました。
その100番を歌った時にも関根先生は来られていたのですが、引っ込み思案のわたしは(誰ですか!?そこで笑っているのは!!だからわたしは引っ込み思案の人見知りなんですってば!!)お声をかけることができなかったのですが、さすがに、ぶちさんとのお付き合い、関西まことクラブの皆さんとのお付き合いも長くなってきたので、気後れすることなく、関根先生にもご挨拶することができました。
ハンドルネームをお伝えしたら知ってくださっていたので嬉しかったです。

10_03_22c.jpg
メッセージされる関根一夫先生

 そうそう、タイトルの「人違い!?」というのは、ペトラの終了後、会場で出会ったY先生のことです。
 一昨年、三田の教会でM君とコンサートをさせていただいたのですが、その教会の牧師先生でわたし達の神学校の先輩です。
 まさか、Y先生が来られているとは思わなかったので、最初は「どこかで見たことある人だな…」と遠巻きに見ていたのですが、やっぱり間違いない、と思って手を振りながら近づいて行ったのですが、なかなか気づいて下さらなくて…。
 「やっぱり人違いかな?」と不安になりながら真横までたどり着いてやっと気付いてくださいました。
Y先生もまさかわたしが来ているとは思っておられなかったようで^^;
 お話しをお聞きしたら、先週、東京でぶちさんにお会いになったそうで、そのよしみで(?)来られたのだそうです。

 話が前後しますが、今日の関根先生のメッセージに引用された百人隊長の信仰の話し、先週シャロームでグイドが話した時にも語られた箇所でした。
 シャロームでこの個所を読んだ時、何度も読んだことのあるこの個所から新たな感動を頂いていたので、今日もここが語られたことがとても嬉しかったです。神様が、この個所を通してわたしに語っておられることを改めて実感しました。

 いよいよ春めいてきました。
 パラリンピックも閉幕、冬季オリンピックもついに終わりましたね。
日本は金メダル3個を含む11個のメダル。大健闘だったのではないでしょうか。
オリンピックに比べてパラリンピックはTVでもそれほど取り上げられませんが、そこには大きな感動がたくさんあったことと思います。
 選手の皆さんお疲れ様でした。

 エルももうすぐ春休みです。
こうして書いている文字が、不思議に「春」を感じさせます。
やっぱり春って、何かワクワクしますね。
 今年も素敵なこと、始まっています。
神様に期待して、前に向かって…!




≪今日の聖書≫
その人は悪い知らせを恐れず、
主に信頼して、その心はゆるがない。 詩篇 112:7


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
↑良ければぽちっとお願いします!
posted by ♪Sunny at 23:59| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月21日

霞か雲か…

 朝からすごい黄砂でした。
 霞か雲か、って言えば桜の歌ですが、今日は、黄砂のせいで空気がもやっとしていて、まるで霧でもかかっているような感じでした。

 中島みゆきの「♪黄砂に吹かれて」を思い出しました。

 その後、礼拝の始まるころから、小雨がパラパラ。
黄砂と雨が混じってまるで泥。
 中島みゆきの「♪泥は降りしきる」を思い出しました。

 いや、別に歌詞はそんなに関係ないんですけど。

 それにしても、その泥のような雨で車がすごく汚れてしまいました。
教会に来られた皆さんもびっくりしておられました。

 でも、礼拝は恵みの雨で、感謝でしたけれど。

 礼拝後は愛餐会と各会。
愛する兄弟姉妹とおしゃべりしながらいただくお食事は美味しかったです。

 その後、グイドは夕方から八幡福音教会へ。
5月の新垣勉さんのコンサートのための祈祷会に出かけました。
 わたしは母と一緒に西宮の実家へ。
久しぶりに母の作る天麩羅を堪能しましたわーい(嬉しい顔)


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
↑良ければぽちっとお願いします!
posted by ♪Sunny at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月20日

チェーンメール

 17日、1通のメールが届きました。
----------------------------------------------------------------------------
緊急祈りの願い
インドの教会のために祈って下さい。

インドの仏教の極端主義者が昨夜、20か所の教会を燃やしました。今晩彼らはオリサ地域にある200か所の教会を破壊しようと計画しています。24時間内に200名の宣教師を殺そうとしています。今、クリスチャンは小さな町に隠れている状態です。彼らのために祈って下さり、この内容をあなたが知っているクリスチャンに伝えてくださるようお願いいたします。
----------------------------------------------------------------------------

 心の中に何か引っかかるものを感じながら、とりあえず、よそへは回さず、エルと二人で祈るにとどめていました。

 その後、昨日になって、このメールが事実ではないとわかったのです。

 このメールを見たとき、2008年のインドでの迫害を思い出しました。
インド東部のオリッサ州カンダマール地区で8月25日、ヒンズー原理主義者の武装集団によるキリスト教迫害が起きた事件です。
(クリスチャン新聞の記事:http://jpnews.org/pc/modules/xfsection/article.php?articleid=1591

 今回のメールはこの時に回ってきたメールと似ているけれど、内容は違うものがあり、また、インドで迫害が起こったのかと思いました。
ただ、文末の「この内容をあなたが知っているクリスチャンに伝えてくださるようお願いいたします。」という一文が気になりました。
 こういう書き方はチェーンメールに特有のもので、わたしはこういうメールは基本的によそへ回さないことにしています。

 そして、昨日、姉のところに、共通の友人からこのメールが真実ではない、と分かったと知らせがあったそうです。
 また同時に、わたしの方でも、ネットを通して以前から交流のあるはちこさんのサイトにこのメール(英語版)のことが書かれていて、これが真実ではないということを知りました。

 日本語では「オリサ」となっている地名は、英語では「Olisabang」という架空の地名になっていることが分かります。日本語では「オリサ」となっていて前回の「オリッサ」とは翻訳の違いなのかな、と思ってしまいますが、英語でははっきりと違うことが確認できるのですね。

 はちこさんが書いておられた日記は、ちょうどわたしが思っていたことをそのまま書いておられるような気がして、ご本人の許可をいただいて、ここに転載させていただくことにしました。
 わたしが自分の言葉で書く以上に、わたしの思っていたことを書いておられるように思いますので。

以下、はちこさんのブログより
----------------------------------------------------------------------------
 とはいえ、このメールを見た人が今回、内容を信じてインドのクリスチャンのために祈った祈りは、無駄にはなっていないと思う。Olisabangという場所は実在しなくても、インドで、また世界のあちこちで、キリストの御名のゆえに迫害されているクリスチャンたちがいるのは事実なのだから。私も、その人たちを思って改めて祈らされた。

 それにしてもこのメール、誰かが意図的に誤情報を流したチェーンメールなのか、それとも数年前のオリッサの件の祈りのリクエストが、伝言ゲームみたいに少し情報がずれて、それが延々とネット上で回り続けているのか…

 祈りのリクエストとはいえ、チェーンメールのように「みんなに回してください」という流し方はやはり問題かもしれない。以前友人から、緊急に大勢の人に回したい情報に関するメールが来たことがあった。彼女は、「チェーンメール化すると困るので、○月×日まではこのメールを回してください。それが過ぎたら破棄してください」と書いていたっけ。そういう配慮がないと、善意の人たちによって、いつまでもサイバースペースを回り続けることになってしまうかもしれないんだなぁ…
----------------------------------------------------------------------------
はちこさんの記事のURLを張り付けておきます。
http://d.hatena.ne.jp/mmesachi/20100319
 因みに、その後の追記で、小さな命を守る会の水谷先生のブログでもこの記事に関することが書かれたことが紹介されたことを紹介しておられ、水谷先生のブログにはさらに、このメールの発信に関わった二人の先生のお詫びの文章へのリンクが含まれています。
 携帯からの方は、リンク・リンクで、うまく見られないかもしれませんが、パソコンの方は参考にしていただければ幸いです。

 エルと一緒に祈るため、わたしが「今インドでこんなことが起こっているんだって」と話した時、エルは「えー!?」と深い声で驚いていました。
 それで、「今回はその情報が間違っていたということをきちんと伝えなければ」と思い、今日そのことを話しました。
エルもびっくりしていましたが、二人で、このメールが事実ではなかったことを感謝しました。
そのうえで、
「でも、2年前(実際には1年半ぐらい前ですが)には、本当にひどい迫害があったし、今でも世界のあちこちでクリスチャンの人がひどい目にあっているから、その人たちのために、続けて祈ろうね」とも話しました。
 今回、このために、エルと一緒に祈ることができたのはある意味で幸いだったと感じています。



 さて、今日はお昼のおやつに餡子巻きを作りました。
先日から、色々とお菓子作りやお餅を食べるのに使った餡子の残りがあったのですが、とにかく量が少しなので、少しだけ作って食べられる餡子まきがちょうどよかったのです。
 4つ作ってエルと二つずつ食べました。(白漉し餡と、小豆粒餡)

10_03_20a.jpg

 夜は、思い立って、先日の「吉野山」で覚えた外郎生地に蓬パウダーを入れて粒餡を包んでみました。変わり蓬餅という感じでした。蓬パウダーは乾燥蓬と違ってすごく色が濃く出てしまうので、なかなか使う機会がないのですが、使わないともったいないので、家族だけで食べる時に使ったりしています。今回も、かなり濃い緑になっていますが、味はそれほど濃い訳ではありません。

10_03_20b.jpg


 明日は日曜日です。
皆さんの上に祝福が豊かにありますように。


★追記

 今回、この祈りのメールは、複数の方からわたしのところへ送られてきました。

 それぞれの方は、信頼できるクリスチャンであり、信仰による善意からされたことでした。
その方にメールを送られた方も同じです。

 今回日本でこのメールを発信された方が牧師であったことからも、それが信仰による善意からされたことが分かります。

 しかし、それだけにこのメールが、もしも意図的なものならばどうにもやりきれない気がします。
 これからも、迫害のために祈るとともに、クリスチャンの善意、熱心が悪用されないようにと願います。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
↑良ければぽちっとお願いします!
posted by ♪Sunny at 23:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月19日

人として

 深みのある人間になりたい。

 自分自身の底の浅さが何とも情けないこの頃。

 自分から出てくることばの浅さは、思慮の浅さ。人間の浅さ。

 神様の深さ広さを少しでも表せる人間になりたい。

 今日、日本語の学びの中で、韓国語の「賢淑」という言葉を聞いた。日本語でなんと言えば良いかと聞かれたが、韓国語のように一言で表現する言葉がない。
聖書では、箴言31章で「しっかりした妻」と訳されている言葉だそうだ。
 謙遜で賢明で慎ましやかな女性。
そんなイメージだろうか。
「賢淑」という漢字はイメージにぴったりだと思った。

 賢淑な女性になりたい。
内側から、人の心に響くことばの溢れる人になりたい。



 若いころからずっと願っていることだけれど、道のりは、遠い。




ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
↑良ければぽちっとお願いします!
posted by ♪Sunny at 23:46| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ことば/夢

 今日は日本語の学びでした。
 以前Jさんと学んでいた時もそうですが、言葉って学べば学ぶほど奥が深くて面白いです。
語彙や、使い方にその国の習慣や国民性が表れています。
 今日も、韓国語と日本語、そして英語についての知識もちょっぴり織り交ぜて、言葉についての深い話ができてとても楽しかったです。
 それがどんなに楽しく興味深い話だったか、ここに書き表わせないのが残念です。

 わたしって、つくづく「ことば」が好きなんだなあ、と思います。

 昨日は、夜遅くというより、明方になってから寝たのですが、眠りが浅かったのか、ずっと夢を見ていました。それも、桜井翔君も出てきたかと思うと白蟻の大群が出てくるような変な夢。
今思い出しても変な夢だったと思います。

 夢と言えば、一昨日の明け方、久しぶりにグイドの寝言を聞きました。
ひとこと目は聞き取れなかったのですが、それからちょっとして今度ははっきりと「ほな行きまひょか〜」と関西弁で。
 夫は寝言はもちろん夢の内容も全く記憶になかったようで「どこへ行こうとしていたのかなぁ」と不思議がっていました。
 それにしても、北海道出身のグイドが関西弁で寝言を言うって、面白いですよね。




≪今日の聖書≫
主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、
あなたのいのちを守られる。 詩篇 121:7


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
↑良ければぽちっとお願いします!
posted by ♪Sunny at 23:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月18日

学校からの呼び出しとスペシャル和菓子

 今日、エルの学校から電話がかかってきました。
 何か良くないことでもあったのか、と最悪の事態を想像しながら、養護教諭の先生の話を聞いていました。説明が長くてイライラしましたが、結局のところ、口の中を切ったということでした。
それも、傷が少し深いようなので、一緒に病院に行くかどうか…ということでした。
「とりあえず学校に来ていただけますか」ということだったので、慌てて学校へ行きました。
 職員室に言ったらちょうど、養護教諭の先生とエルがこちらに歩いてきたところに遭遇。
先生の話だと傷が深いということだったので、相当出血でもしているのかと思ったらそうでもない様子。
 結局、近くの病院が、今日は木曜日で休みなので、様子を見ましょう、ということになりました。
話している横を、給食の職員(わたしより年配の女性)が2度横を通られたのですが、ちらっと見て2回とも、「大丈夫、大丈夫」と声をかけて下さいました。
 わたしが見ても「大丈夫、大丈夫」と思えるような状態でしたので、「給食を食べて帰っておいで」と、残してきました。
とりあえず、大したことがないようでホッとしました。
 帰ってきてからも、ほとんど痛みもないようで、おやつも夕食もデザートも普通に食べていたので、大丈夫でしょう。

 ただ、その、養護教諭の行こうと思っておられた病院、「外科」ではなく、「整形外科」なんですけど…。
言っていたら、見てもらえたのかな?口の中の傷。


 それはさておき、帰ってきた私は、大急ぎで食事をして、ちょっと用事をすませて、グイドとケアハウスへ。
 先月亡くなられたK姉の入居しておられたケアハウスの聖書研究会が、今も継続されています。
K姉の残された大きな宝物です。
 しかも、K姉が亡くなられたころから、人数が増やされてきています。今日は、前回、前々回の出席者数を考えて多めにお菓子を用意したつもりですが、一つ足りませんでした。
大いに感謝なことでした。
 集会も、とても恵まれて、今日は心から神様に感謝するひと時となりました。

 もう一つ感謝なことがあります。この集会は集っておられるほとんどの方がクリスチャンなのですが、一人のクリスチャンではない女性が集ってくださっています。
そのNさんが、K姉の召天前ぐらいから、今までK姉が担当してくださっていたお茶の準備をして下さっています。使命感を持って一生懸命して下さっています。
 今まで、体調が不安定で、お休みされることも多かったのですが、今は、お茶の準備に使命感を持って休まずに出席してくださっています。これもK姉が残して下さった遺産の一つだと感謝しています。

 さて、写真は今日のために作った和菓子です。


10_03_18d.jpg  10_03_18c.jpg

「吉野山」という名前です。
 山の麓から桜の花が広がっていく様を表したお菓子とのことです。写真では少しわかりにくいですが、ピンク(赤)の後ろに緑が入っています。ちょっと緑の色が薄く、赤が濃すぎましたが、見た目、まずまずに仕上がったのではないかと思います。
 本には黄身餡と書いてあったのですが、まだ黄身餡はマスターしていないので、白餡で作りました。皮は外郎生地です。初めて作った生地ですが、レシピよりお砂糖を随分減らしたので、本当にあっさりとしたお菓子になりました。とても美味しかったです。
 モチモチ感がエルのお気に召したようで、エルも喜んでくれました。

 ケアハウスの皆さんも、すごく喜んでくださったので、作った甲斐がありました。
 濃し餡を豆から焚く、というと結構皆さんびっくりして下さるんですよね。特に今回、「餡が滑らか」と好評でした。
 餡はざるで越した後、2回裏ごししています。今回はそのあと十分に晒しているので、本当に上品な餡に仕上がっていました。これまた、手間暇かけた甲斐があったというものです。
 皆さんの喜んでくださる顔を見たら、今度はどんなお菓子にしよう、ってすごく楽しみになります。
 次回は、いつも食事会をして下さるKさんのお宅で、お花見をする予定。桜と、お天気の状況がベストになれば良いな、と思っています。

 明日はエルの学校の卒業式です(もちろんエルは送る側です)。今日のお菓子、お花見の約束…。
いよいよ春だな、と感じます。
 冬から咲き始めたローズマリーも、ますます花が増えています。
マーガレットの蕾も膨らんできました。
スノーフレークにも蕾が見え始めました。
 まだまだこの辺は、♪春は名のみの風の寒さや〜という感じですが、花の蕾を見ると♪春はもうすぐそこまで〜と歌いたくなりますね。
 これからお花が楽しみな季節です。

10_03_18f.jpg  10_03_18e.jpg

10_03_18g.jpg

≪今日の聖書≫
あなたの道を主にゆだねよ。
主に信頼せよ。
主が成し遂げてくださる。 詩篇 37:5


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
↑良ければぽちっとお願いします!
posted by ♪Sunny at 23:59| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

偉そうな飲み物!?

 今日、グイドとちょっと立ち寄ったスーパーで発見。
その名も「ゆずれ」

10_03_18a.JPG



 「『ゆずれ』って何を?それにしても上から目線で偉そうやん。」
と思ってよく見ると「ゆずれもん」でした。

10_03_18b.JPG

 買わなかったので、お味の方はどんなものか、わかりませんでした。
美味しいのかな?



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
↑良ければぽちっとお願いします!
posted by ♪Sunny at 17:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月17日

お見舞い

 昨日は久しぶりに病院に行きました。
と言っても、これはお見舞いではなく、自分の定期診察でした。
前回の検査の結果を聞きました。
まあ、いつもと同じような感じ。安定しています。
前々回の検査の時、肝臓の数値が上がっていたのですが、一時的なことだったようで、それも問題ありませんでした。

 でも、ちょっと寝不足を押して行ったので、疲れちゃったのか、夜は子供と一緒に寝てしまいました。2時頃だったか、目が覚めたのですが、起きないでそのまま寝ました。
 それでもなぜか、今朝は本当にしんどくて…。
久しぶりにずっしり浮腫み感もあって…。
子供を送り出した後、ベッドへ逆戻り。
10時前に目は覚めたのですが、どうしても起きられず、祈祷会をお休みしてしまいました。

 グイドが、祈祷会で、わたしの体調が悪いと報告したら、なんと、お見舞いを届けて下さった姉妹がありました。
 ふんわり苺のロールケーキ。
お見舞いをいただいたことなんて初めてだったので、とっても嬉しかったです!!

10_03_17a.jpg
(生地だけでなく、クリームのところにも、フレッシュ苺も入っていましたよ)

 お見舞いと、みなさんのお祈りで、夕方には随分楽になって、夕食は作ることができました。
お昼は、わたしは食欲もなくて、作れなかったので、グイドが自分で作って食べてくれました。


 夕方、元気が出たので久しぶりに、さくらんぼのパンを焼きました。もちろん、HBで。
エルがプレーンな物が好きなのでいつもはなにも入れないのですが、わたしが、さくらんぼのパンが好きなので。これは、この前と違って中国産の蜜さくらんぼを使ったので、色がとてもきれいです。味もほんのり甘くて美味しいのです。
明日の朝、食べるのが楽しみです。

10_03_17.jpg


 ということで、今日は早めに休むことにします。
お休みなさい!!


≪今日の聖書≫
主があらしを静めると、波はないだ。
波がないだので彼らは喜んだ。
そして主は、彼らをその望む港に導かれた。 詩篇 107:29,30


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
↑良ければぽちっとお願いします!
posted by ♪Sunny at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月15日

この数日

 この数日のことを書きとめておきます。

 土曜日はエルのピアノレッスンでした。
このところエルはちょっとピアノに苦戦しています。
性格的なことも関係しているようです。
勉強のやり方(?)を見ていてもうっかりミスが多いのですが、ピアノにもその大雑把な性格が表れていて、伸び悩んでいます。
 ここを乗り越えるとまた少し前進するのだろうと思いながら、ついついカリカリしながら見ています。


 日曜日の朝は、母が食べたいと言っていた苺大福を作りました。
 今年から作り始めた柔らかい求肥、苺大福の時は少し硬めにしますが、去年まで作っていた求肥よりは柔らかいので、扱いがちょっと難しいです。その分、ちょっと形が整わないのですが、味は◎(*^_^*)
母は2個くれたらいい、というので残りは家族用に。
エルとわたしは、晩ご飯のデザートに3個も食べてしまいました。
甘さ控えめとは言え、ちょっと食べすぎましたわーい(嬉しい顔)あせあせ(飛び散る汗)

10_03_14.jpg

 そのあと礼拝に出かけました。

 午後、お天気が良かったので、久しぶりに庭仕事(?)をしました。

 晩秋に整理した植木鉢の土をそのままにしていたので、その植木鉢の土をふるいにかけたり、秋に挿し芽した植物たちの植え付けをしたりしました。

 エルも手伝ってくれて一緒にやったのですが…。
ガーデニング用に買っていた小さな折り畳みのイスをエルがどこかにやってしまったので、かがんでやっていたら、腰が痛くなってしまいました。同じ姿勢でやっていたからちょっと痛いだけだろうと思ったのですが、少し時間がてっても痛くてちょっとまずいなー、と思っています。
 もう少し、整理する土が残っているのですが、ギブアップ。また次回に持ち越しです。


 月曜日はグイドがドライブに誘ってくれたのですが、腰が痛かったので家でゆっくり過ごしました。
グイドはドライブと言っても仕事関係で、ちょっと遠方の教会に行かなければならなくて、ついでに(?)誘ってくれたのですが、長いこと車に乗るのはちょっと心配だったのでお留守番していました。

 結構時間があったので、朝から、前日に炊いておいた小豆で漉し餡を作り、そのあと水に漬けてあった大手亡豆で白漉し餡を作りました。
 夜は、頂いた金柑を甘露煮にしました。
種を取るのが面倒、というか、下茹でした状態で種を取ればいいんですが、なんだかうまく取れそうになかったのでそのままにました。
食べるときに種を出すのが面倒だけど、良い香りに炊けました。

10_03_15.jpg


 色々ありますが、とりあえず覚書だけ。
細かいことは本当に色々あるんですけれど…。
大きくは特に変哲のない日常を過ごしています。
 次へのステップのために、こういう日常を大切にしなくては、と思いつつ、ついつい無為に過ごしてしまっている自分がちょっぴり情けないこの頃です。



≪今日の聖書≫
人を恐れるとわなにかかる。しかし主に信頼する者は守られる。 箴言 29:25

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
↑良ければぽちっとお願いします!
posted by ♪Sunny at 23:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月13日

≪今日の聖書≫

神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。 ピリピ 2:13
タグ:聖書
posted by ♪Sunny at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2003年 12月 05日≪生い立ちと信仰≫

 わたしが信仰を持つようになったきっかけを、生い立ちとの関係で少し書いてみようと思う。
 辻谷氏のサイトの「Good news!」でも、少し信仰を持ったきっかけを書いたが、今回はもう少し詳しくというか、別の側面で書いてみたい。
 大体、信仰を持つに至る理由は、一つではなく、色々なことが複雑に絡み合っていて立体的なものなので、これを文章という線状的性質を持つ媒体で表現することは非常に難しい。よって、書く(語る)ごとに違う側面が少しずつ現れたりするので、「前に書いていた(言っていた)ことと違う」のではなく、そういう一面もある、ということだと捕らえていただきたい。
 また、「Good news!」に書いたことと重複する部分もあるが、単独で読んで分かる文章にするためには、仕方がない部分もあるのでご了承いただきたい。

--------------------------------------

 皆さんは「落語家」と聞いてどういう人をイメージするだろうか。実は「露の五郎」(私の父の名前)と聞いてもどんな顔かよくわからない、という方も結構おられるのではないだろうか。TVとか、マスコミに登場することが割に少ないので、そういう方がおられてもわたしはごく当たり前だと思っている。むしろ、父の名前を言っただけで「よく知っています!」と言われる方というのは「なんとまあ、奇特な方だろう」と思ったりする。
落語というのは実は非常に歴史のある伝統芸能だ。しかし、「落語」「落語家」というとどうしても「お笑い」というイメージが強いのではないだろうか。
 余談になるが、関東と関西ではこの「落語」の扱われ方が大きく違う。
 関東では、伝統芸能としての地位が確立しており、落語家といえば厳しい修行をしてきた文化人、というイメージがある。しかし関西において「落語」はあくまでも「お笑い芸」の一つであり、娯楽の対象だ。
 従来、どうも関西において「お笑い芸人」というのは一段低く見られる傾向があるように思う。今でこそ、吉本興業は上場企業で、有名人もたくさんおり、「おまえ、吉本行けるで」というのはある意味で「おまえ、おもろいやっちゃなあ」という誉め言葉になる。しかし、私が子供の頃に「おまえ、吉本行ったらええんちゃうか」というのは人を馬鹿にした言葉で、それぐらいしかなれるもんはないやろ、という意味だった。これは、明石家さんまさんなんかも言われていたことがあるように思う。
 そういう訳で、わたしは、どちらかというと人から一段低く見られるような仕事をしている父を持っていた事になる。
 昨今は、関西の落語家さんの中からも人間国宝や、叙勲を受ける方が出てこられ、関西における落語家の地位もかなり向上したかとは思うが。

 そうは言っても、わたしの育った家庭の中では、父は常にエライ人だった。父親の権威、父権というものが確立していた。父は芸人ではあったが大変真面目な人でまた厳しい面もあった。一時期は、夜の大人向けの番組によく出てたりして、結構遊び人というイメージで売っていたことがあった。しかし実際は、娘が言うのも何だけれども、非常に真面目な勉強家だ。
 しかしまあ、大阪の人というのは、やすし・きよしのやすしさんなどに代表されるように、多少くだけた人間、羽目をはずした人間のほうがオモロイ、という面があるので、うちの父なんかもそういうイメージを前面に出していた時期があったのではないかと思う。もちろん、そういう遊び心がまったくないという訳ではないが。
いずれにしても、家庭の中での父は厳しく、しつけもうるさい人だった。
 わたしは、目標を持って生きる、ということ、人道的に、道徳的に生きることを、小さい時からよく教えられたように思う。いや、改めて教えられたというよりは、家庭の中で自然と身につけさせられたというべきかも知れない。
 小学校から中学に上がる時に、将来何になるか考えて、それで中学を公立に進むか、私学に進むか、決めるように、と言われた。といっても私学に入れるだけのお金があったわけではないので、実際は公立中学に進むように誘導されていたのだけれど、とにかく目標を持つ、ということを教えられた。子供だから、まだ知識の範囲が狭いので、それが広がるにつれて変わってもよいが、とにかく、その時その時、目標を持って進むということが大事、と言われていた。
 実際、父に叱られたことはほとんどないように思う。しかし、うちの中で父は絶対的存在だった。3歳の時から内弟子さんが住み込んでいたので、自分が叱られなくても、お弟子さんが怒鳴られる姿を見て、怒らせたら怖い、ということはよくわかっていた。
しかし、わたしはそういう父のことに関して、自分では意識していなかったけれど、非常にプライドを持っていたようだ。またそれだけに「おまえのおとうちゃん、なんでテレビでえへんのや」などと言われると、非常に傷ついた。

 話はわたし自身のことになるが、わたしは中学1年生の時にいじめにあった。当時のいじめは、まだ今ほど陰湿ではなかったように思う。けれども、わたしは、自分のクラスだけでなく他のクラスの男子からも無視され、だんだんエスカレートすると「臭い、汚い」とあからさまに避けられ、輪ゴムのパチンコで紙礫の標的にされ、ある時は、体育の授業が終わって教室に戻るとクラスでこれまた一番馬鹿にされている男の子の机の上に、わたしの机をさかさまにして接着剤でくっつけてあったりしたこともあった。しかし、同じ学年にいた双子の姉はいじめられていなかったのだから、わたしのほうにも何か問題があったのだろうと、今になって思うこともある。
 ただ、わたしは、そういう経験の中からいつしか、そういうふうに自分をを傷つけたり、いじめたりした奴らを見返してやりたいと思うようになっていった。
 それとは別に、わたしは中学2、3年生の頃から舞台女優を目指すようになった。わたしは、芸能人の家庭に育ったことで、「普通」という感覚が人と少し違っていたのではないかと思う。会社員の家庭に育った方には会社員になることは普通だろうが、わたしには会社は何をするところかわからなかった。OLになるより、芸の道に進む方が「普通」だったのだ。芸能人の家に生まれ、子供の時から、歌舞伎、文楽、宝塚と芸事に親しんできたわたしにとって芸能界を目指すことは、ごく自然なことだったと思う。
 中学の時には、丁度ベルばらブームだった宝塚にどっぷりはまって宝塚通いをした。それと前後して歌舞伎にもはまって、今の片岡仁左衛門(当時・孝夫)さん、それと残念ながら今はご病気で舞台を休んでおられる女形の澤村藤十郎さんの大ファンになり、関西に歌舞伎が来ると大阪、京都にもよく出かけた。
 父が落語家で得したこと、というのはそれほどないのだが、歌舞伎の方には色々と御縁があって、現仁左衛門さん、藤十郎さんを始め、仁左衛門さんのご兄弟、我當さんや秀太郎さん、坂東三津五郎(当時・八十助)さん、市川左団治さん、等といった方々とは何度もお会いさせていただく機会があった。
寄席にも、もちろんよく出入りしていた。子供の頃は父が吉本興業に所属していたこともあって、梅田花月、難波花月、京都花月とよく連れていってもらった。家にも、噺家さんがよく出入りされていて、特にもう20年近く前に亡くなられた林家小染さんと、桂ざこば(当時・朝丸)さんのお二人は、わたしが小さい頃、よく家にみえて、可愛がっていただいた。少し前に亡くなられた枝雀(当時・小米〔こよね〕)さんなんかも若い頃よく来られて、私の叔父の英語の家庭教師などもして下さっていたそうだ。また、数年前に、久しぶりに笑福亭仁鶴さんにお目にかかる機会があって、御挨拶すると懐かしそうに「大きなったなあ」と言われ、30歳をとうに過ぎて、今更大きなったもないなあ、とおかしくなった。
 また、わたしが小学生の頃だったか、間寛平さんが木村進さんと共に「寛平・進」で売り出し中で、よく楽屋口で大勢のファンの女性達が楽屋待ちをしていた。その中を「おはようございます」と、大人ぶって、業界人のような顔をして劇場に入っていくのはちょっとした優越感だった。
 小さい時から何度も、TVに出演した事もあったし、子供の時から、そういうふうに楽屋の雰囲気を味わっていたことも、私を芸能の道に進ませた大きな要因ではないかと思う。
 一時は宝塚に入りたい、とも思ったが、背も低いし、昔バレエを習っていた時に少し腰をいためていたこともあって迷っていた時に、新劇に出会った。三重苦の偉人、ヘレン・ケラーの子供時代を描いた物語「奇蹟の人」という芝居に感動し、新劇女優になりたいと志すようになった。そして「こういう素晴らしいことを人々に伝えたい!」と思ったのだった。
 高校三年の時わたしは、大学進学する人が塾に通う代わりに大阪の劇団の養成所に通い、卒業後は上京し、演劇の専門学校(舞台芸術学院)に入った。とても楽しかった。毎日好きな芝居のことばかりを考えて、バイトをしたお金で芝居を見たり、ダンスや歌のレッスンに通ったりもした。
 それだけでなく、親元を離れたわたしは友人達とも自由に遊ぶことができた。未成年であったにもかかわらず、お酒を飲んだりタバコを吸ったり、大人の真似事をして、夜遅くまで、いや朝方まで友人たちと語り合った。
 しかし次第に、私は苦しさを覚えるようになってきた。時々自分の中がカラカラの空き瓶のようになっていることに気付いたのだ。
何かを伝えたいと思っているのに、それが何だか良くわからない。
 当時のわたしはヒューマニストであり、人間の愛の力といったようなものを信じていた。反戦運動や、人種差別問題など、様々なことに関心を持ち、社会を良くするのは、1人1人の人が、意識して変えていかなくてはならないのだと信じていた。自分自身、反戦行動に参加したこともあった。
 しかし、そのわりには自分は醜い、ちっぽけな人間だ。
 実は、わたしはそれまで、自分が結構きちんとした人間だと思っていた。高校は決して進学校という訳ではなかったけれど、大して勉強しなくてもいつもそこそこの成績を取れ、親にも厳しく躾られ、大人の中で育ったわたしは、一般常識をも備えていると自負していた。
 しかし、東京で1人暮しをしているうちにだんだん、自分のアラが、わたし自身にも見えてきた。本当の自分がさらけ出されてきたのだ。自分はいい加減で、嫉妬深く、少しも成熟した人間ではない。お酒を飲んでは友人たちと、他の仲間達のこきおろし大会をしていた。こんなくだらない人間であるわたしにいったい何ができるというのだろうか。
 わたしは人を信じたいのに信じられず、自分自身さえも信じられなくなっていった。
 そういう時に、以前友人の付き合いで行った教会のことを思い出した。なぜか、わたしは教会に行かなければならないと感じたのだ。私は、いつも電話をかける度に私を教会に誘って下さっていた一人の婦人に電話をした。
 その婦人は、教会に行く電車の中で、イエス・キリストがわたしの醜い心を知っておられ、そういう罪深いわたしのために、十字架にかかり、3日目によみがえってくださったという事実、そしてそれを信じるだけで罪が赦され永遠の命が与えられるということを教えて下った。
 その婦人は、一通り語られた後、「信じますか」と聞かれた。頭で考えるより先に、口が「信じます」と答えていた。その時わたしは、理想はあっても汚い競争社会に生きることに限界を感じており、自分の心の醜さを十分理解していた。そして人間にはそこから抜け出す力がないことを嫌と言うほど感じていた。ちょうどその時が神様の時だったのだと思う。1983年2月9日、水曜日のことだった。
 わたしは、その日以来、自分の人生がキリストによって変えられたことを、はっきりと自覚した。
以前は、何を伝えるべきか、それは曖昧なものだった。何か良いことを人に伝えたい、と思っているのに、それが何かを知っている訳ではなかった。お芝居をやるということを通して、台本を読んで、その作品が伝えようとしていることを学びながら、自分自身も成長していこう、という堂々巡りのようなものだった。
 しかし、今はイエス・キリストにゆだねられた福音という、伝えるべき真理を知っている。
 わたしは、有名になること、人に褒められることばかりを求めていた。有名になることで、自分を見下げた人たちを見返してやりたいと思っていた。
 しかし、それらのものを捨てて、イエス・キリストをのべ伝えること、それも舞台の上から大勢に語るのではなく、日々の生活の中で出会う一人一人の人に伝えていこうと思った。
 そして、「神様に、自分のこれからの一切をお任せします」と決心した時、自分をいじめた人々に対する恨みの執念も消えた。自分が握り締めていた「演劇」というものに、むしろ自分自身が縛られていたことに、その鎖から開放されて初めて気付いた。
 両親も初めは反対していた。東京からも連れ戻された。わたしも、親を裏切ったという思いがなかった訳ではない。しかし、わたしが、この道に進んでどんなにか幸せであること、喜びがあること、それを見せることしか、親を納得させる方法はないと信じて歩んできた。
とは言え、わたしの弱さを誰よりもよく知っている親を納得させるのは、口で言うほど簡単なことではなく、「クリスチャンのくせに」と何度も言われてきた。「あんたがクリスチャンになって良かったことなんか一つもない」と言われたこともある。
 しかし、今はその親も、わたし達夫婦の働きを、今の時代にとても大切なこととして応援してくれている。
 そしてすでに書いたように、わたしがイエス・キリストを信じて20年目の今年、クリスチャンとなりバプテスマ(洗礼)を受けた。これは、わたしの力でできたことではなく、ただ神様が与えて下さった恵みだ。わたしはただ感謝するほかはない。
 確かに、弱さも醜さもまだ持っている。しかしイエスさまによって赦された喜びが心にあふれている。
 今わたしは、日々、わたしなりにベストを尽くして精一杯生きている。このわたしをイエス・キリストが用いてくださるようにと願いながら。

「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。」伝道者の書3章11節
 わたしが、この時代のこの両親のもとに生れたことがなぜであるのか、私には分からない。けれども、これも神様の御計画の時であったのだということを感謝している。
 いつもどんな時でも、わたしたちの周りに溢れている一つ一つの出来事もまた、神様のなさったことであり、時にかなって美しいと、わたしは確信している。

(ずいぶん長くなってしまったけれど、これでもずいぶん端折って短くしたつもりなのだ。微に入り細に入り、何もかも一度に書こうとすると、長くなって仕方がないので、抜けてるところはまた、おいおい折に触れて書いていきたい。)


※2003年 12月 05日に書いた文章をそのまま転載しています。
文中に「お休みしておられる」と書いた澤村藤十郎さんは復帰に向けてリハビリを続けておられ、最近では朗読の舞台など、やっておられるそうです。



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
↑良ければぽちっとお願いします!
posted by ♪Sunny at 02:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の文章(信仰・証し) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする